78話「豊穣のまじない」
「穏やかじゃないわね。それが本当だとしたら、犯人が一人殺す度に、犯人の方も、人を一人犠牲にしてるってわけだけど……」
「そうです。だから、殺人は二人ずつ起きてるです」
「直線的に捉えれば、そうなるけど……あのさ、梓。梓は何でそこまで、このウェブサイトの情報から特定できるわけ?」
「あ……杏香さん、私、疑ってますね?」
「まあ……梓に隠してもしょうがないわよね」
「付き合いも結構長くなりましたですしね。でも、私じゃないですよ。心霊の面だけじゃなく、解呪の面でも教育はちゃんとされてましたからね」
「教育……」
「そうです。まじないの基本は自然に対する祈りです。つまり、豊作、豊穣のまじないです」
「へえ、そうなのね」
「まじないの殆どは、そこから派生するものなので、それについては色々なまじないを覚えました。それで、その中の一つがブードゥーの、豊穣のまじないなんです」
「なるほどね……事情は大体分かったわ。疑ってごめんなさいね」
「いえ、謝ることないですよ。杏香さんからすれば、疑うのは当然でしょうから。……それで、このブードゥーの豊穣のまじないについて、共通点というか、同じだと思う理由がもう一つあるんです」
「まだあるの」
「はい。元となったブードゥーの豊穣のまじないには、豊穣の神様を模った像を使うんです。そして、その像に、集落で亡くなった人の骨をお供えすることで、儀式の準備をします」
「確かに似てるわね。元の方が平和的だけど。既に亡くなった人の骨を取っておくのなら、誰かを殺すわけでもないし、墓荒らしってわけでもないもんね」
「ええ……そこまでは、かなり平和的な儀式ですね」
「ああ……それから、本当の供物が必要になるのね」
「そうです。そして、その本当の供物というのが、集落に住む人の中から、年に一度選ばれる、豊穣の巫女です」
「巫女を生け贄にか……確かに、そこは物騒だけど、昔話にはありがちな話よね。当時からしたら、それほど残酷ではないのかもしれない」
「はい。つまり、その部族はまじないによって、一年に一回、巫女と引き換えに豊富な作物を手に入れていたんです」
「なるほど……でも梓、それは新たな証拠じゃないわね。今までの共通点を洗い流して顕現させただけだと思うわ」
「ええ。問題は、その像なんです。ええと、ちょっと地下の書庫に行ってきますね」
「あら、何が出てくるのか楽しみね」
「ふふ……」
梓は杏香に微笑みかけつつ、階段を下りていった。
「色々あるのねぇ、まじないとか、呪いとか、祈りとか……」
杏香がズズズ……とお茶を口に運び、「ふぅ……」と軽く息を吐いた。
不意に手持ち無沙汰になった杏香だが、梓が戻るのには、そう時間はかからなかった。
「これです、これ」
「これって……クトゥルー神話じゃない!」
「ええ、そうです。クトゥルフとか、ク・リトル・リトルとか、色々と呼び名がありますけど、それです」
「それは……本当に神様なの? 色々とオカルトは目の当たりにしてるから、ある程度は信じられるけど……これは出どころがはっきりしてるわよ」
「出どころ……ですか」
「ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの創作。それ以下でも、以上でもないでしょ」
「あら、なんか、杏香さんらしくないですね、見ないうちから突っぱねるなんて」
「あたしだって、信じられるものと信じられないものくらいあるわよ。それにつけて、クトゥルフが出来たのは、さすがに近代過ぎるわ」
「じゃあ、杏香さんは、聖書や古事記も信じないんですか。時代は大きく違ってますけど、これも現実的に考えれば、誰かが考えた創作でしかありませんよ」
「そりゃ、そうだけど……」
「幽霊、UMA、宇宙人、妖怪……未知なる存在って、大昔から言われてる存在だけじゃないですよ」
「ああ……魔法もそうかも。でも、見てみる価値はありそう……ってレベルだけどね、まだ」
「じゃあ、見てみてください。信じるか信じないかは……」
「あたし次第ってことね」
杏香が珍しく怪訝な表情をして、納得のいかなそうな返事を返したのを見て、梓はにやりとしながら、手元の本を開いた。
「えーと、『じ』だから『し』だから……」
梓がブツブツ言いながら、分厚い本をペラペラとめくっていく。
「あれ? ……あ、か、さ……ああ、もうちょっと前です」
梓がペラペラと、今までとは逆の方へと本をめくり始めた。
「あれれ……か行ですね、ええと、もうちょっと後……」
梓が少し慌てながら、更に逆の方向へと本をめくる。
「うーん、この……」
パラパラとめくる梓の手を、杏香はじーっと見ている。
「本を持ってくるのは早かったのに、何故そこでトロくなる!」
「私、こういうの苦手なんですよー!」
「意味分からん……つまり、何故かうまく索引からページが開けないと?」
「そういうことです……あれ、今度は『ね』行に……」
「これは……もしかして呪いがそうさせてるんじゃ……」
杏香に緊張が走る。もしそうなら、こうしている間にも誰かに見られていて、妨害もされているということではないのか。
「いえ……辞書とか、こういうの引くのって、昔から苦手なんですー」
困り果てた様子で梓が言う。
「そ、そういうことなの……ちょっと貸してみ……あれ、普通に出来るじゃない。……ほら」
杏香は半ば分捕るように梓の本を取ると、ペラペラとページをめくった。
「『し』行でしょ?」
「ああ、ありがたいです。でも、『す』からの方が近かったんです……」
「あのねー梓、あんたね……」
「ああ、大丈夫です! ありました!」
ウンザリした様子でじとりと睨む強化を尻目に、梓が叫んだ。
「ああ、あったのね、どこどこ……って、本当にこれ?」
「本当にこれですよ」
「そうなの……? でも、これって……」
梓の様子を見るに、嘘ではなさそうだ。杏香はそれでも信じられずに、もう一回、めくられたページを凝視した。
梓はクトゥルー神話の神々の中で、誰のページをめくったのでしょうか。




