エレンとアルの出会い
二人の出会いから学園卒業までの話を書きたくなりました。
両親が嫌いというわけでもなかった。公爵家の後継者の兄との仲も良くも悪くもなくごく普通。エセル自身にも前世の記憶が蘇らなかったら、きっと何の不満もなく、毎日を優等生みたいな公爵令嬢として過ごしていたと思う。
彼女の名はエセル・ヴィヴィアン・アビントン。青銀色の髪とスターサファイアの瞳の瞳を持つ彼女は十歳の年に始めた魔法の勉強で、突然魔法が暴走し魔力を枯渇する。魔力切れに倒れた彼女は、その際に前世を朧げながらも思い出した。彼女は地球という星の一応平和な部類に入る日本という国で料理好きな女子高生をしていたらしい。どうして亡くなったのかとか詳しくは思い出せない。それでも、料理が好きだったせいなのか、倒れた時に生活魔法の上位魔法である料理魔法を覚えたのである。
前世の記憶は曖昧ながらも時折流れ込んでくるビジョンにとても心惹かれていく。それに比べて今世はつまらなく色褪せて見えた。ゲームもないPCもないテレビも携帯もマンガも映画も遊園地もないのないない尽くしの毎日が耐え切れなかったのだ。刺激が欲しかった。面白いことをしたかった。そこのどこが悪い?
幸い、エセルには魔力があり、魔法を覚えることができた。その魔法が料理魔法だった。それで単純に料理人になろうと決めたのだが、公爵令嬢では料理人になれない。と言うことで、地道に料理魔法を練習しつつ、厨房には入れてもらえなかったので、代わりになぜか料理魔法で庭にある花で香料などを作ってみたりとか薬草で薬などを造ってみたりとかどんどん方向性が違ってきたので、これは本格的に料理を習ってみようと思い、公爵令嬢の身分を捨てて庶民として生きようと最初は思ったのだ。そう最初は。
偽装した父親の推薦状を携えて、公爵令嬢のエセルは名をエレンと変え、髪も顔も別人仕様にして王宮の下女に潜り込んだ。食材にあふれていた日本での生活を思うと、やはり、食材が豊富にある場所と言えば王宮よねという単純な考えだったのだ。
新入りは一番きついと言われる騎士団の洗濯場に押し込まれた。ドロドロでヨレヨレの洗濯物の山からひどい悪臭がする。思わず、簡易マスクを作った。それが、下女仲間に喜ばれてみんながマスクをするようになったのは彼女のせいじゃない。悪臭退散!!
洗濯機の無い世界の洗濯は、手と足を使う。汚れのひどいものには石鹸で汚れをごしごしと落としながら手で洗い、それほどひどい汚れでなければ、棒でたたいたり、床に叩きつけたりすることもある。シーツなどの大きなものは大きな盥に数人で入り、足で器用に全体的にごしごしとこするように踏む。洗濯機も洗濯板すらない世界。夏場は水遊びみたいで楽しいが、冬場は水が冷たく、手足が凍り付きそうになり、アカギレがひどくて冬の間は痛くてたまらないと先輩の下女からどれだけこの職場がブラックであるか教えられる。
そこでエセルは考える。洗濯機の要領で洗えないかと。盥の中で水の渦が巻き起こり、石鹸で泡立てた洗濯物をぐるぐると洗濯機のイメージで回転させていく。先輩下女は何が起きているのかわらないらしく呆然とそれを見ていた。ピコ~~ンと音が鳴り、前に料理魔法を覚えた時の様に、どうやら洗濯魔法を覚えたようだ。
「な、なにこれ」
「洗濯魔法です」
しれっとしていうと、皆が口をポカンと開けたまま唖然としてエセルを見る。
洗い終われると洗濯物を残して汚れた水だけが流される。そこに新たな水を魔法で作り注ぎながら先ほどの洗いを繰り返す。要するにすすぎ洗いである。最後に盥の中で洗濯物の水気を脱水の要領で飛ばす。う~~ん、出来ればもっと深さのあるものがあると便利だなあと思っていたら、そこに一人の男の子がやってきた。
「お前、今、何を使った?」
そいつはくそ生意気な子供だった。一応従僕の恰好をしているが、態度が偉そうで、エセルはカチンとして、同年代のその男の子を睨んだ。
「怪しげな魔法の源を探ってきたら、一体、これはどういうわけだ」
「洗濯魔法を使いましたが何か?」
またしれっと答える当時十一歳のエセル。それが同じ年の王太子アルヴィン・イリス・アラス・フォーテリオンとの最初の出会いだった。当時は従僕のアルという名前しか知らなかったし、エセルもエレンという名前で誤魔化していたから、お互い様だ。それに顔も二人とも別人仕様だった。従僕と下女がそれぞれ王太子と公爵令嬢だとわかるはずもない。
「洗濯魔法?」
「はい、私は生活魔法しか使えないのですが、その中で洗濯をする魔法のことですわ」
そう言いながら、もう一度、魔法で洗濯機の実践をしてみせる。もちろん、洗濯機などの原理を知らなければ、こんな使い方はしないだろう。初めて見たアル自身も盥の中を洗濯物がぐるぐると回る様子にぽかんと口を開けていた。気分は前世の高校生の時、友達がこぼしていた運動部のマネージャーの気分だ。汗臭い男どもの洗濯物を大量に洗濯する魔法はそれからとても重宝されることになる。
洗濯魔法でちょいちょいと洗濯しているとなぜか、騎士団の洗濯物以外も押し付けられるようになり、お昼過ぎまでずっと洗濯魔法を使いまくる羽目になる。一体どこからこんなに大量の洗濯物が出てくるのかと思うくらいに大量だ。まるで、王宮内の洗濯物を全部持ってきたのではないかと疑う。洗濯はエセルの仕事になったが、干すのは別の下女たちの仕事だ。ただひたすらに盥の中で洗濯魔法を使う日々、段々とやさぐれてしまう。
「毎日よく飽きもせずに頑張ってるな」
エセルが一人洗濯魔法を使っているとよく従僕のアルが見に来る。
「また、遊びに来て、仕事の方は大丈夫なの」
最初は、高圧的な態度のアルに対して、反発していたエセルだったが、毎日のようにやってきて最初はまるで監視でもするように見ていた彼が少しずつ話をするようになり、そのうち、くだらない話で笑えるようにまで仲良くなっていた。
「うん、王太子殿下がまたどっかに雲隠れしたから、探し中ということで遊びに来た」
アルは王太子付きの従僕らしいが、「おい、それでいいのか」と突っ込んでいいものか悩みながらも、スルーすることにした。アルと話をしているとどんどんスルースキルが上がっていく。下女の身分では知ってはいけない話までするものだから、聞かなかったことにしている。そうでなくても、エセルの周りにはおしゃべりな人が多すぎるのだ。貴族たちのスキャンダラスな話が耳に入ったら、喜んで周りに拡散していくだろう。その噂の出所を調べられて、王宮を首になるのは拙い。なので、すべてスルーだ。
「洗濯魔法とはまた便利な魔法だな」
毎回、感心するように見ているアル。金色のぼさぼさ髪8従僕の身嗜みとしてそれでいいのかと突っ込んでみたがスルーされた)と眼鏡の奥から見える紺色の瞳のちょっと幼い顔。身長もエセルと大して変わりがない。同じ年頃の男の子としては平均ということだろう。今の時期は男の子よりも女の子の方が成長が早い故に、アルはエセルと同じ身長であることが気に入らないらしい。
「調べてみたのだが、洗濯魔法とは生活魔法の上位魔法らしいな。だが、洗濯魔法を使えるものは今はほとんどいないし、魔法自体もお前のような使い方をする者はいないらしいぞ」
「え、そうなの?」
そこは驚いた。エセルには前世の記憶が朧げながらもあるせいで、洗濯と言えば、洗濯機だよねとイメージして使っているのだ。この世界に洗濯機があるかどうかわからないが、あるとすれば、魔道具の一種ということになるのだろう。魔法はイメージで使う。イメージが強いほど、魔法効果が高くなる。だが、王宮にも洗濯機と似たような魔道具はない。つまり、洗濯機は存在しないのだ。
「実はここしばらく調査されてきたのだが、お前がその怪しげな洗濯魔法で洗濯したものは、汚れが一切ないし汚れにくい効果がある。更に洗濯物には強度がつき、騎士団員の服には防御力が付加されているらしい」
アルの言葉に「はあっ」と間抜けな声を出し、固まってしまった。動いていた洗濯物は一時ストップ。何そのチート発言?アルの顔をまじまじと眺める。いやいや、そもそもだよ。エセルの洗濯魔法の効果を調査するってどうなの?もしかして、エセルって不審人物扱いだったのかと初めて呆然となる。
一応は公爵家の紹介状を提出している。実際にはエセルが勝手に父親の公文書偽造したものなのだが、まさか、そこを突っ込まれて、怪しまれたのかと子リス並みにびくびくしてみる。これは不味い結果になりそうだと頭を抱えたい。もしかして、牢屋に入れられるなんて最悪な結果になったらどうしようとさあっと血の気が引き、顔が青白くなる。これが普通の貴族令嬢なら気絶ものだろう。
今のエセルは庶民のエレン、気弱な貴族令嬢でなく、そんなことで気絶などできない。雑草のごとく生き延びるのだと頭の中で考えがぐるぐると回る。
「おい、返ってこ~~い!!」
気がついたら、目の前でアルがエセルの肩を揺さぶっていた。
「ええと、あの、その、それってやっぱり拙いことなんでしょうか?
「お前さ、考えすぎっていうか、自分の中でいろいろと考えて自己完結するタイプだろう?」
それは脇に置いて欲しい。エセルのがどんな人間かは問題ない。それよりもやらかしてしまったことが気になる。
ええっとなんだっけ?汚れが付きにくく、防御力が付加された?なんでだ?
「そんなもん知らんわ」
思わず、声が出た。今度はアルがエセルの肩に手をかけたまま固まっている。
「洗濯で汚れが付きにくいならいいじゃないの。それに防御力がついたのは意味不明だけれど、それに何の問題がある?洗濯魔法でそういう効果がつくならいいじゃないということで仕事を再開」
エセルは再び洗濯魔法を使い始め、深く考えないことに決めた。ここで考えても答えは出ない。どうしてそんな効果がつくのかなんてわかるはずがない。学者や研究者ならいろいろ調べるべきものなのだろうが、今の彼女は一般庶民の下女、下働きの最下位の位置にいる新入りの下女。仕事に専念するに限る。
「アルもさぼるのやめて仕事しなよ。首になっても知らないよ」
と、親切に忠告する。考えるだけ無駄。それよりも、いい加減、洗濯係からバージョンアップできないかなあともう違うことを考え始めた。
そんなエセルの態度に復活したアルは、開いた口が塞がらないと言った感じで、しばらく彼女を見ていたが、そのうちどこかに消えて行った。
王太子付きの従僕って暇なんだろうかとエセルは毎回そう思う。毎日のようにやってきて、無駄口をたたいて行くアル。それにしても、王太子は毎日一体どこに行ってしまうのだろうか?毎日のように姿を消し、そのたびにアルが探しにやってくる。不思議だ。
先輩下女から聞いた王宮七不思議の一つに加えておこうと心に決めた。あれ?一つ増えたら七不思議でなく八不思議?それってまずくないか?それにしても七不思議ってどこの世界にもあるんだなあと感心する。そういう与太話好きはどこの世界でも共通なのかもしれない。七不思議って結局のところは都市伝説扱いになるし、本当に不可解な現象かどうかも怪しいとエセルは思う。
王太子の不可解な行動も意外と簡単な結末があるのだろう。王宮は陰謀が蜘蛛の糸のように張り巡らされている。下女にはもちろん関係がない雲上人たちの世界だが、耳に入るスキャンダルは多い。
休憩時間に下女仲間同士で厨房からもらったたぶん前世で言えば消費期限れすれのお茶菓子(水分が抜けてぱさぱさになっているがそれでも庶民の口には入らない上等のお菓子らしい)をかなり味の薄い紅茶(出がらしの紅茶じゃないかと思う)で飲み下しながら、他愛もない話をする。
「そういえば、また一番目の王子が王太子に嫌がらせをしたらしいわ」
「あら、私は三番目の王子が王太子のおやつに虫を入れたと聞いたけれど」
「ええ、それは四番目の王子じゃない?」
「五番目と六番目も毎日のように嫌味を言いに行っているって聞いたけれど」
「まあ、二番目の王子よりはましじゃないの?あいつってば、まじに命を狙っているらしいから」
と、こんな風に主に王子たちの話ばかりだ。そもそも、下女の身で王子呼ばわり。そこは突っ込み切れずにただ黙っている。庶民なんてこんなものだと遠い目になる。身分を大事にしているのは貴族とかの雲上人のみで、一般庶民にとっては、公の場でなければ殿下などという敬語なんかつけやしない。
それにしても、よくまあ、男のくせに毎日のように嫌がらせとか嫌味とかよくやるよとエセルは王太子が毎日どこかに雲隠れする気持ちがちょっと理解できた気がする。まあ、あくまでも気がするである。王族の争い事などどこか遠くの話でしかない。所詮他人事だ。
側室や愛妾たちの醜い争いも話題になるが、それよりも年ごろの若い女性たちにしてみれば、一応は見目麗しい王子たちの噂話の方が楽しいらしい。だよね。おばさんたちの話よりもやっぱり若い男の話の方が盛り上がる。人気の近衛騎士とかの話題も上る。
いつもの通りノリで書いたものなので、文章力がなくてすみません。読んでいただけるだけでとてもうれしいです。