第4話 リツナの街
少年、金稼ぎに奔走する。
此処に、一人歩く少年がいる。
惨劇の生存者ーーと呼ぶには語弊が伴う彼は、とある小さな村に住んでいた。周囲を森に囲まれ、他の村々とは滅多に交流などしない、閉鎖的な村。あの日、炎に包まれてこの世から姿を消した村。
「ったく……どういうことだよ」
そう呟く少年は訝しげに眉を寄せている。彼の言葉と表情には〝疑問〟の二文字が思い浮かぶ。彼は、歩いてきた道と周囲の森を見比べ、手にした小石を投げつけては、何かを確認しているようだった。
「結界……か?」
それだけの言葉に疑問の全てを込めた彼は、はぁ、と大きくため息を吐いて、小石を森の奥へと投げ、森から目を離す。
「まぁ……調べてみるか」
彼の瞳に映る、森を裂く一本道。舗装も何もされていない、足場の不安定な道。それに何かを感じたのか、少年は口元を緩めて、よし、とだけ呟くのだった。
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「うぉーし! 街道出たぞぉー!!」
森の一本道を抜け街道に合流した僕は、第一声にそう叫んだ。ひたすら続く道を、たった一人で歩くのは苦痛でしかなかったからだろうか、無性にそうしたくなったのだ。
夜も深まるこの時間帯、街道に人の影など見当たらず、街道の脇に広がる緑の絨毯が、月夜の光を受けて蒼白く輝いている。肌にふわりと触れる夜風が、またなんとも気持ち良くて僕の気分も少しだけ紛れた気がした。
「……誰もいないし」
まぁ、わかってたけどねー、と呟き、僕は街道に沿って歩き出す。何故、夜半の街道に人が少ないのか、など聞く者は少ないだろう。だが、あえて答えるならば〝危険〟が多いから、というのが主な理由として挙げられる。
ここで言う〝危険〟は、さっきの屍鬼の類い。つまり怪物の生息域があったり、奴らの主な活動時間が、夜というのも理由として挙げられる。当然のことながら、行商人の荷馬車を襲う盗賊などの犯罪者もいるわけだが。
「あぁ……不安になってきた」
襲われること考えてそうなるのは必然。だが、今の僕は襲われたらそれ相応の、つまりは暴力で追い返すハメになる。それだけは、どうしても避けたかった。
オマケにこの時間帯に、街の門が開いてるかどうかわからないといった具合である。こんな時間帯に街道を歩き、街へと向かうことなど経験したこともない。余計に不安になるのも仕方なかった。
その後は、特に何も起こることはなく、不安な気持ちを抱えながら、ただひたすら街道を歩き続けた。
開いてますように、と願って。
ー
結果、朝まで待つことになった。
「あはは……すみません……ね」
かくいう僕は、守衛のおっさんにヘラヘラと頭を下げている。
僕は現在、街の中。守衛の詰所で談笑中だ。
こうなった経緯を説明すると、辿り着いた【リツナの街】の門は堅く閉ざされており、開く気配のない門の脇で屈み込みながら、しばらくの間、遠くの空が明るくなるのを眺めていたところ、守衛が僕を発見して中に通してくれたというわけだ。
「おうおう、良いってことよ! 随分久し振りに見たが……なんというか、随分変わったな! あ、ちなみにこのことは内緒だぞ? 減らされちまう」
がはは、と豪快に笑うおっさんは、僕のことを一方的に知っているらしい。悪いが、こんな口の臭いおっさんを僕は知らない。
「ーー玉を潰されただって!? 想像しただけでぶるっちまうよ」
「そうそう! 浮気して、二度とってことで奥さんの家族がなぁ……」
さっきからこの手の話ばかり。それに愛想笑いをするのも、肩を叩かれるのも、そろそろ限界だった。この場にいたくない理由を、挙げればキリがない。堰を切ったように溢れさせる自信がある。
「あ、はは。では、僕はこれくらいにしておきますね。ありがとうございました」
肩に回された手を自然に退けて、守衛の詰所から僕はゆっくりとした足取りで立ち去った。
「あぁ……最悪だ。朝からしんどいんだよ、ほんと」
あまり人通りの多くない路地裏に駆け込み、壁に寄りかかりながら、ため息を一つ。道中、葉っぱやら土を使って血を念入りに拭き取っておいて良かった。村のことは、誰にも言えない。言ってしまえば、生き残りである僕が犯人扱いされるのは目に見えているからだ。
「冗談じゃない」
これからの計画について思案しなければならないのだ。
だが、復讐を、と意気込んだものの、大それた計画があるわけではない。考えていることは、単純明快。悪魔の正体を突き止めて、皆殺しにする。たったそれだけだ。〝あの少女〟が次に姿をあらわす時までに、力のことも調べなければならない。
「とりあえずは、金を稼ぐことだな」
ブツブツと呟きながら、僕は薄暗い路地裏に姿を消した。
〝この世界は金で出来ている。〟
どっかの王様の言葉らしいが、まさにその通りだ。金さえあれば命の売買すら出来るこの世界。いかにゴミのような世界なんだろう、なんてよく思ったものだ。【奴隷制度】なんてものを作ったばかりに、ますます金は全てに対する影響を持ち始め、今や大商人が政治に参入するほどの権威を持っている。
「金は全てを手に入れる力となる……か」
頼れる知り合いがいたのなら、もっと楽にことが進んだのだが、生憎、平民かそれ以下の身分しか持たない僕には、知り合いなどほ とんどいない。この街にいるかと言われれば、よく買い物に行っていた店の店主や店員辺りしか思い浮かばないし、かといって、特別親しいわけでもないので、ダメ。
というわけで、辿り着いたのは街の中心に堂々と建つ石造りの建物ではなく、街外れの小さな店。路地裏の薄気味悪い場所にある店には、『ラコ道具店』と書かれた看板が掲げられている。
「さてさて……」
表向きは街の小さな道具店なのだが、裏では、コソコソと法に触れるギリギリの辺りで商売を頑張っている。商売内容は、素材の売買。主に、怪物の。この手の店は、この街のあちこちにあるらしいが、此処が一番〝マシ〟だ、と言う親友の言葉を信じることにした。
「すみませーん」
ぎーっと、不気味な音を立てドアが開くと中は、湿っぽくカビ臭い。雑多に置かれた商品が売れている様子はほとんどなく、棚には蜘蛛の巣。それに店主のおふざけなのか、どれもバカみたいな値段がつけられていた。
「へっへっへ。いらっしゃい、何かお探しですかぇ?」
店の奥から、いかにも、な感じの老婆が出て来てそう言った。皺くちゃの顔を更に歪める恐ろしい笑顔を浮かべながら、手の甲を摩る老婆。一瞬、怪物と間違うような相貌をしている。まるでゴブリンだ。
(よく、平気だったなぁ)
怪しい店内と怪しい店主と怪しい商売。既に黒、法に触れている気がするのだが、そこは気にしないでおこう。
「いえ。〝紹介〟で来たので」
「ーーケッ。売るのかい? 買うのかい? それともこれからかい? なら、武器はあるのかい? 貸し出すなら、後払いで結構だが、逃げるとウチも無駄な労力を割かなきゃならない。さぁ、どれだい坊主」
急に饒舌になった老婆は、しわしわの指を三本立てて僕の顔の前に出す。もちろん、売るべき素材はないし、買う金もない。金がないからここに来たのだから。
「剣の貸し出しで」
これ一択だ。その後は、悪態をつかれながらも、カイルの紹介だということを説明し、何故か上機嫌になった老婆から提示された三本の剣のうち、一番安い剣を借り、素材別の値段の相場を訪ねてから、僕は店を出た。
「ん。手っ取り早いのは……あそこか」
僕が目指すのは、街の北。リツナ旧市街だ。
今回出てきた老婆・通称 皺バアは、良い人です。剣の貸し出しをしつつ、素材も割と良心的に買い取ってくれるのですから。
ちなみに、主人公の親友ライルはよく通っていたので、お気に入りのようです。死んだことは知りませんが。
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