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復讐を誓った少年は天秤を自ら傾ける  作者: 鍋とネコ
第1章 虚無の誓約
3/5

第3話 少年の目的

〝少年は、知らない。〟

 

 少年の目覚めは、幸福に満ちていた。


 毎朝、彼を起こしにくる子供たちがいた。大きな声と小さな身体を最大限に活かして、彼を揺り起こす。彼が目を開ければ、カーテンの隙間から差し込む淡い光と子供たち。鼻孔を(くすぐ)る朝食の香りに心が踊り、今日は、なにかな? なんて会話をしながら子供たちと食卓へ向かう。


 そんな朝を、少年は愛していた。


 彼の幸せな記憶の一部。


 ▼


『ーー起きろ。少年』


「ぅ……うぅ、神様か……?」


 少女の声に、僕は目覚めた。いつもと違う目覚めに、少しの戸惑いと倦怠感を覚えながら、身体を起こす。


 少し重い瞼を擦り、目を開けたその先には地獄が広がっていた。轟々と吹き荒ぶ風に葉が揺れる音。鼻孔を擽る悪臭。光の届かない灰色の世界。平穏が変貌した姿は、地獄そのもの。悪魔たちの(もたら)す災厄。


「こんな、ことって……」


 みんなが死んでいた。見渡す限り、僕以外に動く者はいない。風に攫われ、宙を舞うのはどこかの誰か。つい最近まで、朝目覚めて、友と言葉を交わし、将来を夢見ていた子供たちなのかもしれない。


 彼らの肉は焼け焦げ炭化し、脂肪は溶けて地面に染み出した。骨は薪のように音を立てて燃え尽き、炎に巻かれず残った死骸は、腐臭を漂わせながら蛆虫と蠅の住処となっている。


「……神様、頼む。説明してくれ」


 そう呟き、空を見上げて助けを求めた。


 ◇


 神が語ったのは、事の顛末。


 まず、僕を殺したのは、僕の手足を奪った男だということ。光と音を失い、地に横たわる僕の心臓をひと突きにして殺した。その後、すぐに姿を消したらしい。


 次に、他の悪魔たちは、僕が死んだ後もこの場で遊んだ(・・・)ということ。話によれば、狩りを始めたそうだ。特殊な笛を使い、この周囲の森から化け物を呼び寄せる。餌は僕たちの肉。奴らは、ある程度遊び終えた後、炎をもう一度放ち、この村から掻き消えた。


 聞いていて、吐き気を催すほど狂気に満ちている。


 そして、僕が神と契約を交わしたこと。


『あの時、君はこう言ったね。〝僕は力を望む。復讐を遂げる力を。その機会を与えろ〟って』


 つまり、そういうことらしい。


 神が僕に記憶を戻した時、僕の中で膨れ上がったのは、純粋な怒りだった。なにも守れなかった自分の無力さに対する怒り、僕の家族を理不尽に殺したことへの怒り。あの悪魔は、命乞いをする者まで殺した。女子供も関係なく、等しく剣で貫き、叩き潰した。それを『鼻歌』混じりで、遊戯のように行ったのだ。そこには大義はなかった。


「ーーわかった。ありがとう。改めて誓わせてくれ……! 僕は、それを忘れちゃいけないんだ」


『よろしい。まぁ、そういうことだよ少年。私は君に期待してるからね』


「ははっ、光栄だね。それで……これは?」


 己の手足をぷらぷらと揺らしながら、姿の見えない神に問う。仮面の男との戦闘で失ったはずの部位ーー捻れた右腕の肘先、斬り飛ばされた左腕、失った右足やその他もろもろ。それら全てが、血肉とは少し違った材質のもので修復されているのだ。


気づかないはずがない。


『あぁ、それね? 失った部分は、私が創って埋め込んだ。余りにも損傷が激しくてね。ちなみに、それが私からの贈り物だ。神の創造物ーー復讐のための力。まぁ、使いこなせるかは君次第だが。それと、副作用がある。しばらくは眠れぬ夜が続くだろうが、それを戒めだと思いなさい』


 僕を斬り刻んだ仮面の悪魔の痕跡を跡形もなく消し去った少女は、ため息混じりにそう言った。彼女にとっては、肉体の再生など自慢することでもないらしい。


『また少しすれば会いに来る。次に出会う時までに、天秤ちからを使いこなしておきなさい。その時に、私の願いを聞かせよう』


  その言葉を最後に、神の声はしなくなった。名も知らぬ女神の声は、しばらく僕の物語には現れない。


「楽しみにしとくよ。神様」


 ◆


 その後は、村を見て回った。焼け爛れたのは、この村だけの話で村の周囲を覆う森には一切の被害はないことがわかった。おそらくあの炎が【魔術】により調整されていたからだろう。奴らの中には、それだけの使い手がいる。少なくとも楽な旅にはならないだろう。


 そして、


「ーーこれだけか」


 瓦礫に腰掛ける僕の側には、数個の遺品が置かれている。建物の中を根こそぎひっくり返し、村中を走り回り、火事場泥棒みたいに漁った結果、焼け残った彼らの私物はこれだけしか集まらなかった。両手の指で足りるその数に、僕はただ虚しさを覚えた。


 一つは村の出口付近に突き刺してあった〝親友の剣〟だ。何故、此処にそれがあったのかは僕にはわからない。


 他は装飾品の類い。中には、親友たちが村を出る前に、三人で子供たちにプレゼントした首飾りまであった。


「ーー本当にごめんよ」


 眼前に広がる、無数の墓標。孤児院のみんなの分の墓。中身のない空っぽの墓だ。


 広間の石畳を引き剥がし、この墓を作り終えた頃には、辺りは闇に包まれていた。たむける花も持たない自分が不甲斐ない。大きな後悔と孤独感が僕を苦しめる。僕だけが仲間はずれだった。


「そろそろ行くよ。みんな」


 村の広場に作った墓に笑いかけ、その場を離れる。これ以上、此処に立ち止まることは出来なかった。


 目標は、街に向かうこと。村の西に位置する森の一本道を抜けた先にある街道。そこを東に行けば【リツナの街】がある。親友たちとたまに行った懐かしい場所だ。


 中央に位置する広間を後にして、教会、孤児院の脇を通り抜ける。瓦礫で塞がれた村の入り口は、奴らが僕らを簡単に逃さないためにしたことだ。瓦礫の下から染み出す血は、僕たちを見捨てて逃げたクズどもの成れの果てだ。


「お前らだけで良かったのに……」


 みんなを返せ、とは口が裂けても言えなかった。みんなを守れなかったのは、僕の責任なのだ。このクズは僕よりも非力だった。


 そして、顔を歪める僕が瓦礫に足を掛けた時、


「ーー此処でなにしてるの?」


 突然、声を掛けられた。それは僕の背後、耳元で囁くようなか細い声だった。生気の感じない平坦な声。


「……驚いたな。君も随分と遅い時間に」


 気配はしなかった。この瞬間、声を掛けられるまでは気づくことが出来なかったのだ。あくまで冷静な返事を返し、相手の出かたを伺う。夜、この廃墟で少女がいるはずがないのだ。


 瓦礫の上を小さな石が転がり、音が鳴る。


「ワタシは今日もお花に水をあげるの。私は。ワタシは……お花、摘む。水をあげるの」


 その音に反応するように、空虚な音が並べられた。それは言葉ではない。意味を持たない音だ。


 僕が行動を起こす理由が、それで揃った。


 生前(・・)、僕は勉学に励んだ。将来、子供たちに知識を授けるために。己が世に出る機会があった時に、活かすために。その知識は、教会に寄付される書物から学んだものだ。多種多様な知識の蓄積を十二年間続けた僕に、答えを導き出すことは容易い。


「もう少し、頑張れよお前」


 こいつは人間ではない。それが導き出した答え。背後に迫るのは、死屍累々の地獄で、ハイエナのように死体を貪る存在ーー屍鬼グール。別名を〝死攫い〟と呼び、こいつは声音から判断するに、雌の女屍鬼(グーラ)。雌の屍鬼は、小柄で軽い。


 要は、怪物(モンスター)。バケモノだ。


「ふふ、あははひ。お花に水をあげるノ」


 響く笑い声と頰の辺りを通り過ぎる粘着質の臭い液体。細い糸を引いたそれが地面に落ちてベチャベチャと音を立てる。所詮は化け物の浅知恵。騙されるはずがない。


 屍鬼は、死臭を辿る。『戦場に屍鬼あり』と言われるほどに、人肉を愛し渇望するゴミのような存在を前にして、僕のとった行動を単純で、側から見れば理解不能だった。


「ーー僕の家族を食べるのか?」


 臭い息が掛かり、離れてゆく。振り向きざまに振るった拳は、そいつの頰を捉えて、粉々に吹き飛ばす。生前の力とは比にならないそれに、驚く暇もない。今、心を支配するのは憤怒の炎だ。


「あああああああ!!」


 村中に響く大きな声。遠くの方で鳥が慌てて羽ばたき、飛び去る音が聞こえる。瓦礫の山から飛び降りて、追い掛けた先にいるのは顎の部分を失った化け物だ。


 死んだみんなの顔が思い浮かんで、ギリギリと歯を食いしばり、握り締めた拳からは血が滴る。誰の家族に手を出そうとしたのか。この化け物は理解していない。理解させたい。殺したい。


 だから、何度も何度も何度も何度も蹴り潰す。肉がひしゃげて骨が砕ける音が連続し、化け物の叫び声と怒号が宵闇に溶けて消えてゆく。


 その間、僕がどんな表情を浮かべていたのかはわからない。ただ、甘美な蜜を啜る虫や、血を啜る吸血鬼の心地だったのは間違いなかった。


 膨れ上がった怒りに任せて何度も蹴り飛ばし、踏みつけ、踏み躙り、気付いた時には、ソレは肉塊になっていた。


「……はぁ、はぁ……」


 叫び、蹴り続け、呼吸がし辛い。それでも、足を持ち上げる。狙いを定めるのは、呻き声を上げる頭部。人の家族を食おうとした分際で、助けを乞うように僕を見上げていた。


「ゥカア……ハ、ナぁあ……」


「ーーうるせぇよ」


 そして、後に残るのは僕の荒い息づかい。泥と血で汚れた靴底に、不快感を感じると同時に、今まで感じていた熱が急激に冷めるのを感じた。


 快楽に似た感情と苦痛に似た感情。


「くそが……」


 頭を振るい、思考を遮断する。これ以上先は、考えてはいけない。復讐者が、考えることではない。私情は捨てろ。感情は殺せ。虚無の世界で見たものを思い出せ、現実の世界で見たものを思い出せ。


「今から人を殺すんだ。これくらい平気だろ? アルス。お前は、神の願いを叶え、復讐を遂げるんだろ? そのための機会と力なんだ。大丈夫、大丈夫。僕は大丈夫だ……。みんなは、僕が守るから……」


 胸に突き刺さる不安を押し殺すように、地に転がる死骸を眺め、己を戒める。


 これは、復讐なのだ。神が、あの少女が望むのは、僕の物語ーー〝復讐譚〟の続きなのだ。


 そう言い聞かせ、僕は村から立ち去った。



残酷な描写が多めで申し訳ありません。


今回登場した屍鬼とは、魔物の一種です。ただ、主人公の知識には誤りがあるとだけ、言っておきましょう。後にわんさか登場する回にて、詳しく解説を。


ちなみに、主人公の身体は特別です。


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