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復讐を誓った少年は天秤を自ら傾ける  作者: 鍋とネコ
第1章 虚無の誓約
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第2話 虚無の誓約

 

 あの日、僕は命を落とした。


 僕は必死に家族を守ろうとしたけれど、敵わずにみんなが殺された。僕の家族を殺したのは僕自身の責任だ。僕の無力さが、みんなを焼き殺したのだ。だから、僕は地獄に堕ちると思っていた。


 そう、彼女に出会う時までは。


 白い悪魔みたいな少女は、泣き噦る僕を見つけてこう言った。


「ーー君を探していたんだ』


 ◆


 〝僕の生きた人生に価値はあるのか〟


 それを考える暇は、死後に与えられた。


 死人の魂は、死後に神の審判を受ける。魂の勤め先ーー次の目的地を決められるのだ。記憶の詰まった魂という器を洗い流し、別の人生をなみなみ注ぐ。こう考えれば、意外と神の仕事は作業みたいで退屈なんだなぁ、と僕は思った。


「僕は、あの列には加われないの?」


 永遠と続く蛇みたいな列を離れた所から見る僕は、それに加わるみんなの姿を見てそう尋ねた。僕の傍らには、白い少女が立っていて僕の臆病な手を優しく握ってくれている。


 僕と彼女の視線の先では、肉の塊になった孤児院の子供たちが無邪気に駆け回っているし、血袋になった村の大人は、子供たちを優しく眺めている。みんな楽しそうで、僕はそれを羨ましいなぁ、と思った。


『そうだよ少年。君は特別だからあの列には加われない。それに私が君を彼方へ行かせない。さぁ、おいで。私と遊ぼう』


 少女に手を引かれ、僕は列から遠ざかる。雪みたいに白い彼女の手は、見た目とは違って暖かい。ほんのりと優しさを覚えるような、そんな暖かさだった。だからなのかな? みんなと離れることの怖さはどこかへと吹き飛んでしまった。僕はその優しい手を壊れないように優しく握り返す。


「君は、どうしてここにいるの?」


『君を見つけるためだよ。あとはオマケさ。魂の選定も審判を下すのも』


 魂の選定は、神の仕事。僕は神父様にそう教わった。


「ーー君は、神様なの?」


『私? 私は……そうだね。私は、自分をそんな存在とは一緒にしたくはないけれど。強いて言うなら〝悪い神〟だよ』


 少女の笑顔は花みたいに綺麗で、僕は思わず彼女に見惚れてしまう。とてもそんな風に見えない少女に、僕は安心感を覚えてしまう。知らないはずなのに、僕の記憶の中には彼女の存在があったみたいに。


「ねぇ、神様。僕らはどこに向かうの?」


『ーー此岸へ。君の居場所はここじゃないからね』


 少女に手を引かれ、僕は階段を登る。彼女の足取りは、まるで音楽を奏でるように軽やかで、それに応えるように足元に花が咲き誇る。少女の白く細い足が地を蹴るたびに、様々な花が彩り美しく咲き乱れる光景は、とても綺麗だった。


『ーーさ、着いたよ少年。ここが〝門〟だ。此岸と彼岸を繋ぐための。虚無と世界を繋ぐ門』


 少女はそう言って僕の方を振り返る。すると、その金色の瞳に映る僕の姿が、子供の頃に戻っているのに初めて気がついた。


「ねぇ、神様。君の目的は?」


 僕は少女の手を離し、その瞳の奥を見つめる。彼女の真意を知るために。


『私の目的ね……』


 無邪気に笑う少女は、腰の辺りで手を組んで、僕を見上げる。長い睫毛の下の大きな瞳に、心の奥底を覗き見されているみたいで、僕は唾を飲み込む。すると、少女は屈託のないその目を細めて、僕にこう告げた。


『簡潔に言うよ? 私に協力しなさい少年』


 さっきまでの無邪気な少女のソレは消え去って、仮面の下の冷え切った瞳が僕を覗く。その瞳の奥にある感情を僕は理解することが出来なかった。


「どうして、僕が……?」


『フフッ。君の物語の続きを私が見たいからだよ』


 少女はフッと表情を緩めて、話を続ける。


『君も私もうっかり屋さんでね? うっかり君は死んじゃったし、うっかり私は見過ごした。だから、君の魂はひび割れて、記憶も曖昧。ほら、よく思い出せないだろう? 十六年分の軌跡。水瓶が割れたら、水は漏れ出す。それと一緒さ。その記憶を私が一滴残らず掬い上げて、丁寧に直してあげる』


 彼女の屈託のない笑みに、僕は頷いてしまった。幸せな記憶を思い出すという餌に釣られて。それが同時に全てを変えるとは知らずに。


『ーー少年。君は思い出しなさい。私と同じ小さな感情を。君から全てを奪った奴らのことを』


 少女が、僕の頰に触れる。優しく指先を這わせながら彼女の囁き声は、ひび割れた僕の魂に蓋をして、掬い上げた記憶を注ぎ直した。失った幸せな記憶と、それを塗り潰すようなあの悪夢の記憶を。そこに紛れる少女の一端を。


「なんだ……よ。なんだなんだなんだなんだ……!」


『君が死の淵で誓った言葉を。さぁ、思い出せ。君に必要なのは〝復讐〟だ。君の魂にあるのは、大きな価値だ。私が認めた。〝神〟が認めた。我が力を与えてやる。さぁ、契約を。剣を持ち、天秤を掲げ、物語を綴れーーアルス』


 宙に浮かぶ少女は、耳元で囁き、くすくす笑う。首筋を這う少女の指が僕の顎に触れ、唇に触れる。その瞬間、僕の奥底にあの赤い花が咲いた気がした。


 そして、僕は少女に言葉を返す。


「僕はーー」


 物語の終幕は、僕が決める。


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