第1話 ヒガンノハナ
最近投稿し始めました。
見切り発車ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
更新頻度は、早くはありませんがそれなりに頑張ろうと思っています。
〝ーー此岸に花が咲く。〟
仄暗い空を赤色に染めあげる炎は、天高く渦を巻き、少年の世界に現れた。それは、まるで大口を開けた蛇のように辺りを飲み込んで、少年の平穏を貪り喰った。
その日、少年は復讐を誓った。
村を見渡せば、あらゆる場所に死体が転がっていて、皮膚をぶすぶすと燻らせながら灰へと還る準備を進めている。山積みの死体から染み出す魂の通貨は、まるで寄り添うようにひとつになって、赤い海へと姿を変えている。もう、誰が誰なのかも判別出来ないほどに、焼け焦げてゆく。
「……ぁぁ、あああ!!!!」
己の背に広がる赤い海に身を沈める少年は、顔を歪めて叫び声を上げた。身体を貫く剣の影が、炎の揺らめきに合わせて伸びたり縮んだり、少年を往復する。
少年の姿は、まさに紙屑のようだった。骨の突き出た捻れた右腕と数歩離れた位置に剣で縫い止められた左腕。破れかけの腹部には無数の咬傷を残し、欠損した右足から流れる命の源が遠くから帯を引いている。彼の本来の姿が判別出来ないほどに血と泥で汚れた少年。
彼は、悪魔に立ち向かったのだろう。
しかし、潰れた眼窩から流れる血涙は、それが叶わなかったことを悔やんでいるようだった。
少年は、死の淵で悪夢に魘される。
赤い双眸を揺らす獣が肉を引き裂き、内臓を喰らう光景。異形の者が慈悲も躊躇も微塵の容赦もなく、女子供を叩き潰す光景。鎧を身に纏う八人の悪魔たちが、全てを蹂躙し、薙ぎ倒し、嘲笑の海へと沈める光景。
敵も味方も家族も親戚も親も子供も親友も知人も他人も男も女も種族も身分も関係ない無秩序。
「ーーなんで、だ? なんで……」
少年の引き絞るような掠れた声に、返る言葉はない。
代わりに悪魔たちは、楽しげな『鼻歌』を響かせ、嘲笑を返す。少年の行動を愚行だと罵る。彼の勇気ある行動の全てを、踏み躙った。
『……アルス。お前は、いつもそうだ』
少年を〝アルス〟呼んだ青年は、彼の親友だった。村を襲った悪魔の一員で、少年を殺す男。
「……殺してやるっ、殺して……殺して……」
『お前には重過ぎるんだよ。なにもかも』
両者の間にあるのは、圧倒的な熱の差だ。壊れた歯車のように、相反する光と影のように。噛み合わず、決して交わらない。
「……リベラぁ……、カイル……」
血に溺れた少年は、耳の奥に残る悪魔の嘲笑に、脳を擽る死の臭いに、眼窩で繰り返す悪夢に、心を腐らせてゆく。彼の心にあるのは、怒りだ。地獄の底で燻るちっぽけな感情だ。
『ーーお前の親友は、もう居ないよ』
声と同時に振り下ろされる剣が、少年を貫いた。
〝ーー彼岸に花が咲く。〟
その日、少年の物語は一つの終わりを迎えた。
少年は、恨んだ。己の無力さ。
少年は、望んだ。己の罪過を支払う力と機会を。
薄れゆく世界の中、少年は手を伸ばす。
生に縋りつくためではなく、己の恨みを遺すため。喉からこみ上げる命を吐き出し、口の端に血泡を浮かべながら、少年は震える唇をゆっくり、ゆっくりと動かし呟く。
「ーー絶対、に」
そして、少年の悪夢は終わりを告げた。
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