拳
「おおおおおおおぉ!!!」
正道は間髪入れずに黒服の懐に潜り込もうと突っ込む。こちらの武器は拳1つ、向こうの能力は不明、必然的にこれしかないのだ。
だがそんな事は黒服も理解している。黒服が右手を振った瞬間正道はまたしても鈍器に殴られたような衝撃を全身に受け吹っ飛ぶ。
(やっぱり何にもわからねぇ…)
黒服の攻撃方法がわからないまま勝つことはできない。正道はそう確信していた。
(何とかできねぇのか)
草むらで身を隠しながら打開策を考える。しかし、敵は待ってくれるはずもない。
「うお!?」
またしても衝撃、しかし隠れている正道を見つけられていなかったのか直撃ではなかった。
「人間にしては随分と頑丈だな」
「それだけがとりえでな」
正面で見つめあう二人その距離は50m弱。
「—――—!!!」
正道には突っ込むしか選択肢がない。たいして黒服は自分の距離である。黒服は腕を左から右へ振る。
その時正道はあえて防御の姿勢を取りながら右に飛ぶ。
衝撃とともに吹っ飛ぶが堪える。膝をつくが倒れることはしない。
それを見た黒服は驚愕していた。自分の攻撃を予測したのもそうだがそれに耐えた正道の耐久力。普通の人間なら骨の1、2本は勿論、死んでいてもなんらおかしくはない。それだけの威力を秘めている攻撃にもかかわらず、正道はピンピンしている。
「貴様は本当に人間か?」
正道は立ち上がり膝についた。汚れを払いながら言う。
「人間だよ、だから言ったろ、お前らと対して変わらないってよ」
正道は構えなおし黒服を見据える。だがそんな正道にたいして黒服は時間が止まったように動かない。
そんな黒服の行動にどうしたんだと正道は警戒するが……
「クックックッ――——アッハッハッハッハッ!!!」
突然笑い出した黒服に呆然としてしまう正道。気でも狂ったのかと思った。
しかし、黒服は予想外の行動にでた。
「わかった、お前はどうやら私の知ってる人間ではないようだな。だからこそ…」
黒服はそう言うと自分を覆ってた黒服を脱ぎ捨てたのだ。そこには青い目と青い髪をショートにした豊満な少女が立っていた。
「あらためて名のらせてもらおう。私の名はレイン・ラ・ファル。別名は伏せさせてもらう。ネタ晴らしは面白くないだろう。」
「女だったのかよ。」
「変革者にはあまり関係ないけどね。そういうのって。それで君の名前は何かな?私が名乗ったんだからもちろん君も名乗ってくれるよね?」
「高槻正道だ」
正道の名を聞いてレインは嬉しそうにほほ笑む。それを正道は疑問に思う。
詳細不明という明らかなアドバンテージを放り投げたのもそうだが笑うことに対して。
「なんでそこまで楽しそうに笑うんだよ」
「いや、人間相手に名前を名乗る事なんかなかったからね。何となくおかしいんだ。」
そんなレインの行動に調子が狂う正道、黒服であった時の不気味さは完全に無くなっていた。しかし、正道は代わりに強い悪寒を感じていた。
「さて自己紹介もすんだし、熱が冷めたらダメだよね。そろそろ始めようか。」
明らかに今までとは違う迫力がレインから放たれる。それと同時に正道の本能が言う。ヤバイと…
「いくぞ……」
(本気で来るってことか!!!)
正道は先手を取られまいと今までと同じように距離を詰めようと前に踏み出す。しかし、それが仇となる。
「——————な?!」
レインも前に突っ込んできていたのだ。とっさのことで防御すら取れない。そのままレインの拳が腹部に突き刺さる。それに加え謎の衝撃が真横から来る。それに側頭部を殴られ意識が飛ぶ。
気づいたら倒れていた。空気を求め呼吸しようと意識するが上手くいかない。
しかしレインの攻撃は止まることを知らない。レインが腕を上から下へ振り下ろ姿を見る。
無理やりにでも身体を動かそうとするが足が思うように動かすことができない。それでも地面を転がるように回避行動をとる。瞬間さっきまで正道がいた場所が小さなクレーターと化していた。
(これは本当にやばい)
今までの喧嘩とかとは比べ物にならない。
何とか息を整え口の怪我からでた血をペッと吐き拭う、その額からは血が出てきていた。
「休ませてあげないよ」
レインはふたたび腕を振りぬく。
(何かを操っていることは確かなんだ。それが何か分かればいい!)
レインの攻撃を何とか避けつつ正道は考える。レインが近接戦闘ができるのなら突っ込んでも、さっきの二の舞になることは目に見えている。やはり目に見えない攻撃をどうにかするしか正道に勝機が見えてこないのは明白だった。迷うことこそが負けへと繋がる。だからこそ迷うな!
確実に何かが迫ってきている。正道はそれを見据え…
「————オラァ!!!」
力強く殴った。
「なっ?!」
それを見てレインはまたも驚愕する。実態の見えない物を殴るなんてことは普通ではない。人間は見えない物に恐怖する傾向がある。当たり前だ。それが安全かどうかわからない物なんて触りたくすらもないだろう。だが正道は全く真逆の行動を取る。触れて確かめることを選んだのだ。
正道の右拳からは血が流れ出ていた。だが、正道は笑う。
「なるほどな、目に見えないぐらい透き通ってる球体の氷かよ。そりゃわからねぇはずだよ。」
正道の足元には粉々に砕けた氷が散らばっていた。それを見てレインは痺れるような何かを感じる。
だがそれは悪い物ではない。武者震いの類とレインは結論をだした。
「やっぱり一味違うね、まさかここまでやるとは」
クスクスと笑うレインにたいして正道は痛む右拳を隠して言う。
「お前の攻撃方法は大体わかった。要は氷造ってぶつけてくるだけだろ。ネタが分かれば怖くねぇ。」
正道は今度はこっちの番だと一歩まえに出る。しかし、その言葉にたいしてレインは余裕の笑みを崩さない、崩す必要もない。
「正解、私の二つ名は氷の微笑み(アイス・レシェイン)って呼ばれてるよ。君の予測通り氷を造りそれを操ることができる。」
「随分と親切に教えてくれるんだな。」
「正解者には褒美が必要だし、悪いけど正道こっちも君の事は見ているんだよ。そしてちゃんと学習だってしている。君がどんな行動を取るのか、どんなふうな表情をするのか。予測するよ次の私の行動で君は驚くだろうね。」
レインはそう言うと片手を自分の前に持ってくるそれと同時に夏にもかかわらず冷たい風が吹く。
レインが呟くように言う。
「不可視の氷はその透明度もさることながら叩きつけたときに削れないように硬く造らないといけなくてさ、これが結構しんどいんだ。でも結構不意とかつけれるから使うんだけどさ…」
1つ2つとレインの周りに氷ができ始める。それらは形を形成し物へとなる。
「おいおいおい!まじかよ?!」
レインは笑う今度は笑顔っといっても、冷笑であった。
「君は打撃系よりこっちの方が嫌でしょ?」
何本もの鋭い氷の槍が正道に向けて放たれた。
「こりゃ、まじでやばい!」
正道は夜の街を駆け抜ける。その走った後ろには何本もの氷槍が突き刺さっていた。
「いやぁ、どこまで走るんだい正道君?」
そう言いながらレインは正道の後をピッタリとついてくると同時に空中で生成した氷槍を飛ばしてくる。正道は広い場所をさけ裏路地に逃げ込むことで蜂の巣にされることだけは防いでいた。
(まじでどうしようもない!最悪だ!くそ!!!)
右へ左へと道を何回も曲がる。そしてたどり着く。
「ここは…」
そこには昼間にエーラ、佳代と共に訪れたショッピングモールがまるで正道を招くようにそびえ立っていた。
「正道君どこにいったのかなぁ?」
後方からレインの声が近づいてくる。そらくレインは正道の大まかな位置は把握していることだろう。正道に選択の猶予が無いということは目に見えていた。
正道は全力で走る。今の場所からはショッピングモールは遠すぎる、これでは追いつかれる。
「みーーっけ」
レインの楽しそうな声が聞こえる。それと一緒に氷槍が降ってくる。加えて障害物がない分今までよりも正確に正道を狙ってきている。
「うんぬぁぁぁぁぁあああ!!!」
大声を上げ正道はガラス張りの壁に飛び込んだ。それと同時に突き刺さる氷槍。轟音と共に粉塵が舞い視界を遮る。
ゆっくりと、レインはそこに近づくがそこには誰もいなかった。正道をまた取り逃がしたと思い落胆する。しかしレインはあるものを見つけて再び笑顔になり呟く。
「もうそろそろウサギ狩りは終わりかな」
そこにはおびただしい血がまるで道しるべのように広がっていた。