思い
「そろそろ本腰入れて喋ってくれるよなエーラ」
正道とエーラはテーブル越しに正面に座っていた。どちらも臆することもない、目をそらすこともしない。
「そうじゃの、お主が既に巻き込まれたんじゃ、どうやら時間はあまり残されていないようじゃな」
エーラが渋い顔をしてそう言った。
「どういう事だよ」
正道はすぐに聞き返す。
「我が生きていると奴らに気がつかれた、ただそれだけの話じゃ」
「だからそれだけじゃ良くわからねぇんだよ!」
「まあ、落ち着くのじゃ。お主、どうせ話は長くなる。茶でもわかせ」
「沸かしたら話すんだな」
「おうとも、約束じゃ」
正道は席を立ち台所向かう、そしてポッドで湯を沸かしインスタントの茶葉を入れてそれをエーラの前に突き出した。
エーラはそれを受け取りずずずと飲み、一言「あまりうまくないの」と呟きようやく話し始める。
「お主よ、第二次世界大戦というものは知っておるかの?」
「そりゃあ、知ってるけど…。今この世を生きている人間はたいてい知っているだろうな」
「我が生まれたのはだいたいそれの始まりらへんじゃ」
終わりではなく始まり、そうなってくるとどれだけの時間エーラは生きてきたのだろうか。すくなくとも100年は超えているのではないだろうか。
「どの国家も勝利を手にするため必死にもがいておった、より敵を効率的に殺す兵器というものをな。そして我らが生まれた」
「変革者…能力者がその時初めて生まれたのか」
「いや、超能力者というものはそれ以前からおった。伝記なんかにも記されている怪物なんかもな。それらを元に造られた。いうなれば人口超能力者っと言った感じじゃ我らはな」
「人口超能力者…」
「そして我らは兵器じゃ、大戦が終わればもう用済みじゃな、それに加えて国際法違反の人体実験で生まれておる。排除されるのが運命だったのじゃ。しかし、そんな中に抵抗するものが現れた。ただで死んでやる事なんて認めんと暴れ出したんじゃ。そこからは泥沼の戦いじゃ。変革者の多くは普通の武具だけでは殺害することは困難じゃ。そこで人間達は考えた、目には目を変革者には変革者とな。人間達は自分たちの思いどうりになる変革者を新しく造り我らの捕縛、もしくは殺害をもくろんだんじゃ」
エーラはここで間を置くようにもう一度茶を口にする。
「だがそれも上手くいっているとは言えん。実際我みたいに逃げ延びてる者もいれば、恋に落ち子孫を残し死んでいった者、姿や名前を変えて完全に人間社会に溶け込んでしまった者。最初に言った通り十人十色じゃ、カカカ」
「じゃあ、今回の奴は…」
「確実に追ってという奴じゃな、いや人気者はつらいのぉ」
「ずっとそうやって生きてきたのか?仲間とかはいなかったのか…?」
正道の質問に先ほどまで軽い調子で答えていたエーラであったが、それが止まる。そしてゆっくり話始める。
「良いか、お主よ。他人なんてものを信用したら死ぬ。上辺ではいくら仲良うしていても、いざとなったら他人はなにをするかわからん。だから一人の方が、一人でいるほうがいざというときには強い。そうやって我は生きてきた。そうやって我は戦い生き延びてきた。そう我が話すと他人様は皆嫌そうな顔をするんじゃがな」
エーラのその言葉に正道は何も言えなかった。なぜなら彼自身もそうだからだ。一人で戦い続けている。
一人でいたいのではない。だがその欲しい物が良くわからない。そして何かを求めて今ももがき続けている。
「何も言わんぶんやはりお主はましな部類じゃと我は思ぞ。」
エーラはまたカカカッと笑う。そしていつもの調子に戻ったかのように喋り出す。
「前にも言ったがお主には感謝しておる。命の恩人に加え、寝床、食い物、そのおかげで少しは力を取り戻すことができたのじゃ」
「力を取り戻す?」
「流石に猫からの復活は全開とはいかんのじゃ。だから身を隠す必要があったのじゃ。そして何より感謝しておるのは…」
くるりとエーラは嬉しそうにその場で回る。その遠心力で黒いゴスロリ服のスカートがふわりと浮かぶ。
「久しぶりにこのような服を着た。我は大変満足じゃ」
その姿はやはり可憐で美しく、どこか儚くて、そんなエーラに正道は見とれてしまった。
「流石にお主の家の周りでドンパチやるのはまずいじゃろ。ここからは二手に分かれて行動じゃ、いや違うのお別れじゃ、お主」
「本当に行くのかよ?」
「うむ、あたりまえじゃ。これ以上お主を巻き込むわけにはいかぬよ。よいか?おそらく奴らは最初にお主に会ってくるだろう。奴らはまだお主の中に我がいると勘違いしておる。その時詰問されるじゃろう。その時に主は真実と少しの嘘を言えばよい。血の魔女に脅されていました。そして、そいつはもう私の中にいませんとな。そうすればお主が殺されることはないじゃろう。あやつらの目的は変革者の殺害じゃ。お主は元の日常に戻れるはずじゃ。」
そう言い終えるとエーラは何かを思い出したのか自身の懐をあさる。そこから一輪の白い花を取り出した。
「最後の最後までになって頼み事とは情けないのじゃがこの花をあの猫がいた場所に置いてきてほしいんじゃ。」
「どうも思ってなかったんじゃねぇのかよ」
「確かに命を奪ったことにたいしては悪いとは思っておらんだが…」
エーラは薄く儚い笑みを浮かべ言う。
「感謝はしておる。」
正道は片手ポケットにもう片手は白い花を持ちながら一人夜の街を歩く。そういえばここの道昼間も通ったよなとどうでもよいことばっか考えながら。
そしてある公園にさしかかる。
「んったく、また面倒ごとが増えちまったよ。覚えてねぇよ。あの裏路地の場所なんて覚えてねぇよ、なあ、あんたもそうだろう?」
正道がそう言って振り返ると夜の街灯の陰から黒服が当然のように現れた。
「血の魔女をだせ…」
あいかわずの不気味さにやれやれと肩をすくめる正道。
「あんたも大変だな。毎回こんなことしてるのか?同情するぜ」
「私の要求に答えろ人間」
「人間なぁ…あんた達と俺らの違いってそんなにないと思うんだけどよ。そこらへんどうよ?」
「話にならんな、人間。我らと貴様らとでは力の差は歴然。比べるまでもない。」
「そういう話じゃねぇし、この広い空の下ではそんなの小さいと俺は思うぜ」
正道は夜空に浮かんでいる月に向かって左手を伸ばして重ねる。
「何が言いたい?」
正道の意味不明な言葉に対して黒服が問う。
「俺たちがいかに見えない何かに縛られているかって話だ。」
正道は飄々(ひょうひょう)とした様子で答える。まるで「え?わからないのかよ」っと言ってるようにも聞こえる。
だがその時黒服が腕を払う仕草を取る、それと同時に正道の横にあった自動販売機が何かに潰されるかのようにひしゃげた。
「いい加減にしろ!先程からわけのわからぬこと言って。貴様は私の質問にさえ答えればいいのだ!!!血の魔女を差し出せ!!!」
正道のそんなおちょくった態度に腹が立ったのであろう黒服の威圧感がます。しかし、正道はそれに対してもあまり動じてはいなかった。
「そうだな、そろそろ考え事は疲れたな。あっ、でも最後にいいか?」
黒服は少し考えたのだろうか間が空いた。そして返事が返ってくる。
「いいだろう、だがそれで最後だ。その後にお前の答えを言え」
正道はにやっ、と笑ってわかったと頷き右手に持った花を見ながら質問する。
「やっぱ墓参りとか、そういうものは本人が行くべきだよな」
おそらく黒服はなぜ正道がなぜそんな質問をしてきたのかわからなかったのだろう。今度はだいぶ大きく間が空いた。そして、答えが返ってくる。
「そうだと思うぞ…」
正道はその答えに大きな笑みを浮かべる。
「さあ、今度はお前のばんだ!!!」
その行動が腹立たしかったのかわからないが黒服が大きく叫ぶ。
だからこそそれに対して正道は答える。
両手を前に突き出し、足を肩幅ぐらいに開ける。そして拳を握りしめ、前を見据える、そして少しの笑み。
「これが俺の答えだ!」
人間と能力者の戦いの火ぶたがきって落とされた。