血の魔女
「我の名はエーラ・ファラ・ベルアリア、血肉の魔女とも呼ばれておる。エーラと呼ぶが良いのじゃ!」
エーラはそう言うと偉そうに正道のソファーにとすんと座る。
そして正道によってあたえられたぶかぶかのTシャツとジャージをいじり始めた。
「エーラと呼ぶが良いって…」
あれから幾分時が流れて今は正道の家にいるが、ここに来るまでが一番大変だった。路地裏に裸の少女と男子高校生なんて見られてしまったら確実にお巡りさんが飛んでくるだろう。それに加えてエーラの容姿も普通ではない。
銀色の髪に真紅の瞳、身長は頭一つ分小さいがどこか気品に溢れている。顔は端正に作られたかのような整い方だ。一言でいうなら芸術品。しかも名のある芸術家が自分の命をかけて作ったと言われてもおかしくないほどの。
そんなエーラを日中町の中を連れまわすことなどできず、日が暮れるまで待ち、そして人目を避け帰ってきたのだった。まるでミッションインポッシブルだ。もし見つかっていたらと思うと冷や汗が止まらない。
正道は柔らかいソファーが気に入ったのか立ったり、座ったりを繰り返しているエーラの行動を見ているとやはり普通の年頃の少女にしか思えなかった。
しかし正道は思い出す。
死にかけの猫、
原因不明の血涙
突然現れたエーラ
そして昨晩の出来事。
全てが正道の目の前で起こった事実である。
(やっぱり普通じゃないんだよな…?)
どう考えても普通ではない事が立て続けに起きている現状に頭を悩ます。こういう時にどのような行動をとれば良いのか考え込むがいい案は見つからない。
そして残念なことに、ぼっちな正道には相談ができるような人間なんてものは存在していなかった。
(いや、一応いるにはいるのだが…)
正道は佳代と寛太の顔を思い浮かべるが、それらにバツ印をつける。
「なんでよ~」
「そりゃないぜ!」と頭の彼らが抗議してくるが無視する。
さてどうしたものか…
「お主はその年の割に肝が据わっておるのぉ」
「おぉふ!」
考え込んでいた正道にいつまにかエーラはソファーを離れて目と鼻の先まで移動してきていた。
正道はじっと正道の目を見つめてくるエーラの瞳に恥ずかしくなり目線をずらす。そんな正道の行動にエーラは、フフーンとにやけてなんとTシャツを「少し暑いのぉ」と言いわざと襟を引っ張る、ぶかぶかのTシャツなので大きくもないが小さくもないお椀型の胸が見えてしまいそうになる。
「なにしてんだよ!?」
正道は顔を赤くしてつい声を荒立ててしまった。
そんな正道を見てフヒヒといたずらが成功した子供のように笑うエーラ、からかわれたと理解した正道は溜息をはいた。
「さて、余興もこれぐらいにしておくかのぉ」
ひとしきり笑って満足したのかエーラからそうきりだした。
「意外だな、そっちから切り出すのか」
「まあ、世話になったからの、こっちから話すのは当たり前じゃの、それと、そっちじゃないぞ、エーラと呼べと言ったはずだ。お主」
「俺もお主って名前じゃない高槻正道って名前がある」
「知っておるぞ、何だって今日一日我はお前の中におったのだからのぉ」
「中にいた…?」
そう言うとエーラは再びソファーに座り直して続ける。
「昨晩の事は覚えているじゃろう?我がお主に嚙みついたことも」
「やっぱり夢じゃなかったんだな」
「うむ、あの時あの場所で起こったことは夢ではない。そして、お主が我の命の恩人ということものぉ」
正道は首をかしげる。その様子を見てうむとうなずくエーラ。そしてないわけでもない胸を張りながら言う。
「我が血肉の魔女と呼ばれているという事は既に言ったのぉ、その名の通りの意味じゃ」
「その名の通りって言われてもわからねぇよ……」
当然のことのように話すエーラについていけない正道、その様子を見てしばらく不思議そうな顔をしていたエーラだったが何かを理解したのかうんうんと頷いて言う。
「お主よ世界には多くの物事が隠されておる。その中には夢物語のような物や、超能力者。そんなファンタジーな存在おるのだ!。そしてその一人が目の前におるんじゃぞ?敬うがよいぞ!ぬははははは!」
そうやって両手を頭上にあげソファーの上に立ちどうだ!といわんばかりのエーラの仕草を見つつ正道は心の中で、「んなアホな…」と呟いた。
「そんなわけで話を元に戻すかのぉ」
「お…おう」
しばらくエーラは高笑いをしていたが飽きたのか再びソファーに座り直すして話の続きを始める。
「つまり首を落とされた時、我は自分の能力でお前の体内に逃げ込み、そしてあの猫を媒介にして自分の身体を形成し、再び地上に降り立ったというわけじゃ。」
「まるで吸血鬼みたいだな」
「あんな奴らと一緒にするのではない。あやつらは首を切られたら終わりじゃ。デッド・エンドじゃ。それに比べて我は媒介さえあればいくらでも蘇るぞ」
その言葉で正道は死にかけていた猫を思い出して渋い表情になる。つまりはそういう事なんだろう。
エーラは自分の中に隠れていて媒介を探していた。そしてあの猫の身体を媒介にして蘇った。という事なんだろう。
「罪悪感なぞは持っておらんぞ、どのみちあのままでは死んでおったからな」
「わかってる、それでもあんま気分は良くねぇな」
「なぜじゃ?人が物を食うのと大差ないはずじゃが?」
正道の表情に陰ができる。
「それでもこう、なんかな…」
正道は自分の気持ちが良くわからずどうして良いのかわからなくなってしまった。そして、そんな気持ちを押しのけるようにしてエーラに質問を投げかける。
「ていうかよ、超能力者って一体何なんだよ」
「うぬ、超能力者。我らの間では変革者とも呼ばれておる。そうよの見た目も色々、性格も色々、勿論能力も色々じゃ~、皆違って皆よいというやつじゃな~」
「その説明じゃ全然分かんねぇよ…」
「我も全てを知っているわけではないんじゃ!」
うー!っとうなりだすエーラを見てまためんどくさい奴に出逢ってしまったと溜息がまた出てしまう正道であった。
ベッドのある部屋に侵入する。
その日エーラは床に転がって惰眠していた。正道の家に滞在できたのは幸運だった。
だが…
「暇じゃ…」
そう、とてつもなく暇だったのだ。正道は学校へ行ってしまっているし、ここを出て追手に見つかるなどというのは言語道断である。
「暇じゃ~、暇なのじゃ~。このままでは死んでしまうのじゃ~」
そこでエーラは正道の普段の寝床、つまりはベッドのある部屋なのだが。
「うむ、ないのかぁ?本当にないのかぁ?のぉ~?」
ベッドの下に上半身だけ突っ込み何かを探すエーラだがお目当ての物がなかったのか顔を膨らまして出てくる。
「あ奴は悟りでも開いておるのかのぉ、つまらん奴じゃ」
なんとも理不尽なことを呟きつつ今度は押入れの中を荒らす。
そこには古ぼけた本のような物が色々な物にの中に紛れていた。
エーラは自然とその本に手を伸ばす。開いて確かめてみる。そこには数枚の写真が挟まっていた。
正道の家族だろうか数枚の家族写真が挟み込んである。
「うむ、妹がおったのか来ていなかったぞ」
母親の陰に隠れてしまっていたが可愛らしそうな少女が一人確かに写っていた。
最初は微笑ましく見ていたエーラだったがページをめくるごとに違和感に気づいていく。
「あやつの写真はすくないのぉ…」
何枚も写真はあるのだが正道が写っているのはほんの数枚しかなかったのである。
そして最後のページをめくり終える。
(気になってはがいたがあやつに家族のことは聞かんほうがよいかもしれぬ…)
エーラはそっとアルバムを元の位置に戻すと、はぁ、っと息を吐く
変革者にも様々な者がいるが人間にもいろいろ抱え込んでいる者がいる…そう感じたエーラは一言、独り言を言う。
「お主も戦っておるのだな、正道…」
少しの間、静寂が訪れる。
だが、ほんの数十秒でエーラは思いついたように言い放つ。
「ひぃーまぁーじゃー」
さっきまでのしんみりとした雰囲気はどこかかなたへ飛んで行ってしまったらしく
夏の日照時間は長い、午後6時を過ぎているにもかかわらず、まだ日は沈み切ってはおらず夕日となりあらゆるものを照らす。そんな中ひぐらしの鳴き声を聞きながら高槻正道は自分の家の門をくぐる。
すると物音が聞こえてくるではないか、一瞬泥棒かと思う正道だったがすぐに音の正体を思い出す。
「あいつは一体何をしてんだよ」
正道はそう言うとリビングの方に歩を進めてドアを開けて入る。
エーラが何をしているのか気になったのだ。
「エーラ何してる…!?」
正道は途中で声をとぎらせてしまった。なぜならエーラがまるで世界に絶望したような感じでうつむせに倒れていたからである。
そんな彼女からは黒いオーラが湧き出している幻覚が見える。
「ど、どうしたんだよ、エーラ?」
心配になり声をかける正道するとエーラはうつぶせのまま指をさす。
そこには一台のゲーム機が置いてあった。だいぶ昔に正道が買って遊んでいたものだ。今はもう使ってはいない。
「ゲーム機がどうしたんだよ…」
正道は全く意図がつかめずエーラに聞く。
するとエーラが涙声で語り出した。
「こやつらは悪魔じゃ!せっかく上手くいったと思ったらすぐに!すぐに新しい罠を張りおって!!我の惨めな姿を見て笑う悪魔どもじゃ!!!」
「うわーーん!」っと駄々っ子のようになっているエーラをよそに正道はゲームの画面をのぞいて懐かしいと思った。
『暗黒の命』いわゆる死にゲーというやつだ。
「懐かしいなぁこれは」
そう言いつつ正道はゲームコントローラーを手に取る。それを見たエーラは慌てて正道を止めようとする。
「いかんのじゃ、お主までこんな惨めな気持ちにさせるわけにはいかん!その手を放すのじゃ!いかん思い出しただけでも…うぅ…」
(どんだけトラウマになってんだよ…)
そんなエーラに苦笑しながら正道はゲームを進める。
正道が進むたびに隣でエーラが「危ないのじゃあ!」「そっちからくるのじゃあ!」っと騒ぐ
この状況をはたから見れば、仲の良い兄妹にしか思えないだろう。
そして、ついにボスを倒した瞬間エーラと正道はハイタッチしあう。
「正道はゲームがうまいのぉ」
「ずっとやってたからな」
少し興奮気味のエーラにしんなりと答える正道。
「意外と昔はインドア派だったのか?」
「いや、このゲームだけだ、これだけには凄くはまったんだ」
「この鬼畜遊戯にか?やっぱり変わったやつじゃのう」
そう言われた正道は自嘲気味に微笑んで言う。
「何回も挑めるのがいいんじゃねぇか、諦めない限り終わることはないってことよ」
「いわゆるドMってやつかの?凄いのぉ~」
「それは色んな意味で履き違えてないか?」
こうして夜は更けていく
正道がエーラと出会って既に2日経過した。
あれから正道はエーラに多くの質問をしたがどれもハッキリとした答えは返って来なかった。
分かった点としては、エーラは超能力者でしかも強い方だという事、そしてそのエーラすら倒してしまう超能力者、変革者がこの町に潜んでいるという事だ。
「また厄介なことに巻き込まれなければいいけどな…」
「大丈夫じゃ、お天道様はそんなお主をしっかりとみておるぞぉ~」
そして何だかんだと言って正道宅に住み着いた悩みの種に正道はまたしてもは溜息を吐く。
「そんなに溜息を吐いておったら幸せが逃げていくぞい、お主」
「うるせぇ」
エーラは大きくて手の出ないジャージを着つつ、やれやれと仕草をする。
そんなエーラの姿を見て正道はふと思う。
(いつまでもそんな格好はダメなんだろうな)
幸いにも今日は休日、正道は予定を決めると同時にエーラに言う。
「今日は服でも買いに行くか」
それがまためんどくさい事になるとは思わずに。
「はっなっせー!!!」
「いっやっじゃー!!!
玄関の前でエーラと正道は死闘を繰り広げていた。正道の足元にしがみつくエーラとそれを引きはがそうと躍起になっている正道。
服を買うというビッグイベントについていきたいエーラとそれを阻止したい正道、エーラは金とこの辺りの店の知識を持っていないため正道が必要になってくる。逆に正道はエーラを連れていくと周りからの視線が気になってしまう。知り合いにでも見つかってロリコン扱いにでもされたら最悪である。
「いい加減にしろ!一体何が不満なんだよ!」
「全部じゃ!何故においてこうとするんじゃ!我もつれて行けー!」
「お前は目立つんだよ!ご近所さんの話題にされちまうだろ!」
「そんなんはどうにかなるじゃろ!それよりもお前さん一人でがおなごの服を買う方が問題じゃろぉ!」
「残念だったな!そんな物は買わん!せいぜい買ってジーパンだ!」
「いやじゃー!!!せっかく買うんじゃからフリフリの服がいいんじゃ!!!可愛いのが欲しいんじゃー!!!」
「意外と乙女なんだな…」
「お主は我の事を何だと思っておったんじゃ!?」
そしてそんな正道とエーラの死闘は思わぬ人物の登場で終局を迎えた。
「何しているの正道君?」
成瀬佳代が玄関先に立っていたのである。