飛んできた首
「や!やめて下さい!」
「そんなこと言わずにさぁ、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?なぁ?
「どうよ少し疲れたんじゃないの?俺いい場所知ってるかよぉ、いこうよぉ~ぎゃははは」
その場所は表参道から随分と離れた裏路地、一人の少女が4人の男に囲まれていた。
「ねぇ、いいじゃんかよ~、どうせやっても減るもんじゃねんだからよ~」
男がしたなめづりしながら少女の腕を力強く掴む
「い、痛い!離して!!」
そう言って暴れた少女の片方の手が幸か不幸か偶然一人の男の顔をひっかいてしまった。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
純粋なのだろう謝ってしまう。だがそれみよがしに男たちはにやりと笑うと言う。
「あ~、これはいけないなぁ。暴力振るわれちゃったよ~これはやり返さなきゃいけないなぁ」
「や!やめて!痛い!」
ついに男たちは実力行使に出始めた。男4人に少女1人が敵うはずがない。絶望するしかない少女。
「だ!誰か!誰か助けて!助けて!!!!」
少女が大声で叫ぶが男達は慌てない。なぜならここは男達の狩場である。悲鳴は誰にも届かない。
そう思っていた。
「おい、こんなとこで何やってんだよ?」
驚く男達、まさか人が来るなんてことはないと思っていた彼らにはそれだけで不意打ちとなった。
少し長い黒髪に黒い瞳、身長は170センチメートル前後いたって普通の少年がそこには立っていた。
(あんだよ、ただのガキかよ)
男達はそれを見て安心したのか強い口調で言う。
「なんだてめぇ!こんなところに入ってきやがってぶっ殺されてえのか!?」
こうすればガキなんてもんは尻尾巻いて逃げていく。男はそう確信していた。
だが、今日だけは、この少年にだけにはそんな事を言ってはいけなかったと後悔することになる。
少年は言う。不機嫌になって。そしてその表情はまるで……言葉に出来なかった。
「今晩のおかずはハンバーグだな(ミンチにしてやるよ)」
少女は見た。人が飛行機にも乗らず、羽も生やさず飛ぶという光景を。
少女は見た。鉄パイプがまるで飴細工のように曲がるのを。
少女は見た。化け物という生き物を。
「いってなぁ」
少しだけ切れた唇から出た血を袖で拭う。
高槻正道はそう言いながら夏の夜の街を歩いていた。。
そんな彼はしかめっ面をしながらぼやく。
「背後からの鉄パイプは反則だろ。」
あの後、結局不良4人をぶっ飛ばし、いつものように助けた相手には逃げられ、日が没するという見事な暴君コンボを披露された正道は悩み腕を組む。
昔からそうなのだ、誰かが泣いてる姿がたまらなく嫌だと感じてしまう。腹が立つ。怒りを覚える。
最初は幼稚園の頃に起きた些細な出来事だった、1人の少女が男子の集団におもちゃを取り上げられ泣いていた。
男の子達は楽しそうにしていたが、その女の子は泣いていた。
ぷっつんした。
そして気づいたら殴りかかっていた。
その時はあまり大事にはならなかった。すぐ側に幼稚園の先生がいたからだ。だが、その時から正道は自分の中にある本能というものに気づき始めた。
自分の嫌なことが我慢できないということだ。それからの生活は一言で言うなら『バイオレンス』とにかくぶつかりまくった。
いじめがあると知りながら無視を決め込む教師といじめっ子からはじまり、変質者、詐欺師、やくざまでいった時には誰しもが絶句した。
そう考えたら今回ナンパ?をしていた不良達と殴り合ってきたものは可愛い方なのかもしれない。
しかし、正道自身はそうは思って無いようだった。やっちまったというふうに、空を見る。大きく綺麗な満月が正道を見下ろしていた。
「このままじゃダメなんだろうな」
気に入らない事がどうしても嫌で、それを壊そうとする。明らかに現代から弾き出される性格だ。正道自身わかっているのだがどうしても収まらない。しかも成長するに連れて鋭さがましていっていることが実感できる。
「今日はやけに多いな」
また、呼ばれている。助けてと誰かが叫んでいる。
実際には呼ばれていないし、誰も叫んでいない。
しかし、正道には聞こえる。
正道はその方向に向かって歩きだした。既になれてしまったトラブルへと...
この時まではまだ普通の範囲だったのかも知れない。
ちょっと喧嘩が強いただの青年がちょっとした問題に立ち向かっていくという。ただの日常だったであろう。
美しい月の下で火花が散っているのを、誰かが闘っているのを遠目でもわかる。一人は刀を振るい、一人は傷ついていた。
「なんじゃこりゃ」
明らかに非日常、ただの殴り合いしかしてこなかった正道はその光景に目を奪われた。
家の屋根を走り跳躍、その2人はお互いにすれちがう。正道にはそのようにしか見えていない。しかしどちらかに確実に傷がふえている。
自分の目が捉えきれていない速さで戦っていると正道は理解した。
美しかった。自分がしてきたような血生臭いただの殴り合いではない。本当の戦いであった。
しかし、その幻想のような光景も永遠には続かなかった。
「あっ……!」
正道は思わず声を出してしまった。首が飛んだからだ。なんの比喩もない。一人の少女の首がもう一人の少女の首を刀で切り落とした。
鮮血が舞った。正道の頬に血が付いた。そして偶然か、とんだ首がこちらに落ちてきた。
正道は突然の事に動けなかった。いや、動かなかった。
不思議とそれを迎えてしまった。
そしてそのまま首は正道に首筋に噛み付いた。
「あれ?正道君いないのかな?」
ある一軒家の前で首を傾げる少女がいた。
成瀬佳代は再びインターホンを押す。
やはり返事がない。
佳代はもう1度インターホンを、押しながら考えた。正道がどこにいるのか。
考える
思考中...
思考中.........
「ふぇえ、どうしよぉ...正道君が死んじゃったぁ...警察呼ばなきゃ...」
「死んでねぇよ!!!」
バン!っとドアを開け佳代が警察を呼ぶのを間一髪で止めた正道は、ホッと一息をついた。
「正道君が生き返ったぁ〜...」
「だから死んでない」
涙と鼻水を出しながら抱きついて来ようとする佳代のおでこを片腕で止めながら今度はため息を漏らしながら聞く。
「だいたい何で俺が死んだと思うんだよお前は」
「だって正道君は何だかんだ言って朝にはちゃんと家に戻ってるんだもん!でも、今日はいなかったから何かあったんだと思ったの...」
どんどん尻すぼみになりながら佳代は言った。
そんな佳代に対して少しだけ罪悪感を覚えながら正道は言う。
「何もなかったよ。なんもな...」
首元の傷を隠しながら
蝉が鳴き、蒸し暑さが体育館にこもる。気だるい環境だ。しかし、そんな状況にも関わらず1人の少年は目をキラキラさせて楽しんでいた。
「学校の授業でやっぱり1番何が良いのは体育だよなぁ!なぁ!正道!」
米倉寛太はそう言いながらバレーボールをやっている女子をふむふむと頷きながら見ていた。
「そーだなぁ」
そんな寛太に対して不真面目に返事をする正道は昨日の出来事を思い出していた。
夢のようで実際にあったであろう出来事ということは確認できる。なぜなら証拠に首の傷があるからだ。しかもそれはまるでおとぎ話や映画で出てくる吸血鬼に噛まれたような傷だ。
「なあ、寛太、お前吸血鬼とか信じるタイプか?」
正道は寛太に聞く。すると寛太は一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、やれやれといった様子で答える。
「アニメの見すぎだぜ確かに『ロリっ娘ヴァンパイア吸血ちゃん☆』はいいアニメだったが、所詮二次元!
三次元にはありえないのだぁ!フハハハ!」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
正道は呆れながら首の傷をさすりながら呟いた。
「どうした?正道?そんな質問して、成瀬と何かもめたのか?」
「何でそこで佳代がでてくるんだよ。」
「なんとなくよ。ほら俺の勘ってよく当たるだろ」
「残念ながら今回は全く外れだよ」
「それはショッキングダム!海賊王にオラはなる」
「詰め込みすぎだ」
こうして平穏な時間は過ぎていく。
全ての授業が終わり放課後となった。生徒たちは帰宅するもの、部活動に勤しむものと分かれはじめる。
「じゃあな」
「あーい」
正道と寛太は短い挨拶で教室を出て分かれる。
正道は帰宅する方で、以外にも寛太は部活動に勤しむ方の人間だった。
少し歩いて学校の正門を出るところで正道はテニス部に所属している佳代を見つけた。
楽しそうに友達と話している佳代を見て入学当初の記憶を思い出す。
「正道君は絶対部活動した方がいいよ!特にスポーツ系の!だって凄く運動神経がいいし、体格だって凄いんだし!佳代はそう思います!とりあえず相撲部から行ってみようよ!」
自然と笑いがこみ上げてきた。その時の佳代のやる気具合が妙に可笑しかったのである。
だが、残念ながら正道は自分がそういう集団に向いていないと理解していた。
俗に言う自由人なのであった。
「てか何で相撲部?」
正道はそう過去の佳代に疑問を残して正門を出た。
「俺が素直に家に帰れる日は来ないのかもな。」
「何言ってんだ!あぁ?!」
正道が正門を出て早1時間はけいかしていた。
距離的にはすでに帰宅していてもおかしくない。しかし、現在正道は裏路地にいた。
おまけに人生楽しそうな数人の不良つきだ。
「お前ら何してるんだよ」
正道は不良達を睨む。そんな不良達の後ろには血にまみれた猫が一匹横たわっていた。そして、彼らの手の中にはモデルガンと思われる銃が握られている。
「みりゃわかんだろ。試し打ちってやつだよ。別にそれだけだぜ。誰にも迷惑かけてねぇし、野良猫一匹いなくなってもこまりゃしないだろ。なぁ高槻正道君」
「何で俺の名前を知ってるんだよ」
「いや、あんた結構有名なんだぜ、俺らが楽しく遊んでるとほぼ必ずやってきて邪魔してくるお邪魔虫ってよ。しかもくそ強いって聞くじゃねぇかよ。ボコりたくなるんだよねぇ、調子乗ってる奴って」
そう一人の不良が言うと周りにいた7人の不良達がしまっていたパイプやレンチを取り出した。
どうやら町の人気者になった自分自身に怨念込めた賞賛を送りつつ言う。
「そんだけかよ」
正道も制服の上着を脱ぎ捨て、そして両手を握りしめ構えた。
「あがふっ…」
最後に立っていた不良が正道の拳を腹にくらい倒れた。
8人いた不良はどれも皆苦しそうに倒れているか、意識を無くし横たわっていた。
「化け物め…」
「うるせぇ、お前らが弱いだけだろ。さっさと失せやがれ」
そう正道が言うと覚えてろよと捨て台詞を吐きつつ不良達は路地裏に消えていった。
残ったのは正道と瀕死の野良猫だけだった。
「すまなかったな」血で汚れる事を気にせず猫を撫でる。生きてはいるがもう死んでしまうだろう。
今回の1番の被害者は間違いなくこの猫だった。
正道を呼び出す為に彼らはこの猫を利用したのだろう。
どんどんと冷たくなってくる。
寒気がした。命あるものが失われていくという現実に、そしてそれに対してどうすることも出来ずにただ立ち尽くすことしかできない自分に涙がでた。
真っ赤に染まった赤い涙が。
「なんじゃこりゃ!」
正道は血涙していた。別に不良達の攻撃を受けたわけでも、持病を持っているわけでもない自身の身体から。
いくら拭こうととめどなく溢れてくる。これには流石の正道も恐怖を覚えた。
目から出た血は倒れている猫に降り注いでしまう。だが軽いパニックになっている正道はその事なきが付かない。ふりそそぐ血は量を増していく。
「あれ?止まるんかい?」
あれだけでていた血が急に止まった。そして、目を拭い前を見る。
「うぬ、やはり自分の身体は持つべきものだな。そう思うだろう?お主も」
そこには瀕死の猫はいなくなっていて、ただ一人、綺麗で美しいが猛毒を持っている花のような
女の子が一人生まれたままの姿で立っていた。