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07話 婚約者のお姉様とお話するお話

※前回のあらすじ

王国騎士団団長ゴルドー・ムンブルクの屋敷に訪れたリコルットとその父ルグルド。

ゴルドーはリコに二つのものを渡す。

一つは、ヴェルザルいきつけの飯屋で働くための紹介状。

もう一つは、ヴェルザルがかつての大戦で記録として用いた手帳だった。

そしてリコルットは婚約相手のヴェルザルの姉、サラーサ・ムンブルクとついに対面する。


「お初にお目に掛かります、サラーサ様。ルグルド・ルーデランドの娘、リコルットと申します」


 私は椅子から立ち上がって、裾を持ち上げてそう挨拶をします。


「……これはご丁寧に。私はサラーサ・ムンブルクです」


 サラ―サ様は微笑を絶やしませんが、どうしてか私はその微笑みを前にして動揺しています。


「準備は済んだのか?」


 ゴルドー様がそう尋ねるとサラーサ様はこくりと頷きながら椅子に座ります。


「問題なくできましたよ。……さて、ゴルドーの話はちょうど終わったところのようですね」


「ああ。俺から話しておきたいことはもうないよ。あとは任せる」


「……分かりました。それでは、席を外してくださいます?」


 サラーサ様はそう言って、お父様とゴルドー様に目配せしました。


「心得た」


「女同士でしかできないお話もありますでしょうからな」


 ゴルドー様とお父様はそう言って、立ち上がります。

 

 私はどうやら、これからサラーサ様とお二人でお話をすることになるようです。

 ……手が分かりやすいほどに汗をかいてしまっています。


「それではごゆるりと」


「私たちは食堂で酒でも楽しむことにしよう」


 お二人は楽しげに談話室から出て行かれました。


 そして、部屋には私とサラーサ様だけになりました。

 

「…………」


「…………」


 見つめ合う私のサラーサ様。

 何か話さなければ、と思うのですが緊張と焦りで何も思いつきません。

 ど、どうしたら……


「ふふふ」


 不意に笑い声が聞こえて、それがサラーサ様のものだと気づくと私はびっくりしてしまいました。


「ごめんなさいね。……怖かったでしょう?」


「え、あの、その」


「緊張を解しましょうか。さ、深呼吸の時間です。 はい吸ってー 吐いてー」


「??? は、はい」


 私は言われるがままに深呼吸をしていました。

 それを何度か繰り返すと、サラーサ様はにっこり笑ってぽんと手を叩きました。


「どうですか? 落ち着きましたか?」


「は、はい。ありがとうございました」


 私は目をぱちくりとさせながら、サラーサ様のお顔を見ます。

 部屋に入ってきた時と同じ方とは思えないくらい、のほほんとしています。


「弟が婚約、だなんて話をすると私もなんだか若返ったような気がしてしまいますけど、私はもうおばあちゃんですからね。さっきみたいに人を脅すような真似、なかなか長続きしません。今年で六十一ですよ。歳は取りたくありませんねぇ」


 早口にそう言って大げさなくらいにサラーサ様はため息をつきます。


「さっき、みたいに……?」


「部屋に入った時のことです。怖い顔だったでしょう?」


 サラーサ様はにこにこと笑ってそうおっしゃいます。 

 あの怖さは、サラーサ様渾身の演技だったようです。


「そ、その、すみません」


 私は何を謝っているのかも分からずそう言いました。


「ああ、ごめんなさい。謝らせたいわけではないのです。ところで弟、ヴェルザルにはもうお会いしたそうですね?」


「は、はい。お会いしました」


「どうでしたか、弟は」


 話題がころりと変わって急に尋ねられると上手くものごとが考えられなくて、つい思ったことを端的に言ってしまいます。


「……優しい方だと、思いました」


「あらあら。うら若き乙女にそんな風に言ってもらえるだなんてヴェルザルも罪作りな男ですねぇ。でも優しくとも、あれだけ老けていて怖いと嫌になりませんか?」


「と、とんでもないです」


「でも怖くは、ありますよね?」


「……はい、すみません」


 サラーサ様はくすくすと笑って、楽しそうに私の答えを聞いていらっしゃいます。


「ごめんなさい。こんなお喋りをするのは随分と久しぶりなものですからつい楽しくなってしまって」


「いえ、お気になさらないでください」


 サラーサ様のお若い頃は、きっと優しい面持ちで笑う方だったのでしょう。

 震え上がるような鬼気を漂わせていたサラーサ様とは全く別の方のようで、私は不思議な気分です。


「ふふ。ごめんなさいね。怖がらせたり面白がったりなんて、意地が悪かったですね」


 サラーサ様は、くすくすと少女のように笑います。


「……さて、リコルットさん。私からあなたにお伝えしたことは――いえ、お願いしたいことは、一つだけです」


 サラーサ様はそう前置くと、居住まいを正します。

 私も思わず背筋を伸ばしてしまいますが、サラーサ様の表情は優しいままです。


「ヴェルザルは私のように分かりやすくはないですけれど、怖いだけの男ではありません。笑うこともありますし、泣くこともあるかもしれません。

 どうか、ヴェルザルを一人の男として、愛してあげてください。

 姉の私が言うのもおかしいと思いますけれど、ヴェルザルは不器用ですが真っ直ぐな男です。きっと、あなたを不幸せにするようなことはいたしません。

 どうか、よろしくお願いします」

 

 私はその言葉を、サラーサ様のお願いごとを聞いて、どう反応していいのか分かりませんでした。

 私にとって思いがけないお願いごとで、私はただただ驚いてしまいました。


「サラーサ様。……その、そうおっしゃって頂けるのはとても嬉しいのですが、どうして、私などに」


 そう、私には分からなかった。

 きっとこれまでもヴェルザル様にはたくさんの出会いがあったはずです。

 決してヴェルザル様にとって幸せだと呼べるような出会いでなかったとしても、多くの女性と出会ってきたはずです。

 私もその一人にすぎないはずです。


「そうですね。私もこうして直接会うまでは不安に感じている部分もありました。けれど、こうしてお会いして、お話をして、よく分かりました」


「どんなことが分かったというのですか?」


「あなたもヴェルザルと同じくらい真っ直ぐで不器用な方で、そして優しい方だということが、です」


「そ、そんな。ほんの少しお話をしただけですのに」


 私が狼狽えてそう言うと、サラーサ様はいたずらっぽく笑っておっしゃいます。


「あら。お言葉ですけれど、私これでもリコルットさんの三倍くらいは生きていますのよ? ……面と向かって話すだけで、色々なことが分かるものです」


「そ、そういうものでしょうか」


「そういうものです。もう四十年も生きれば、きっと分かりますよ」


「四十年……」


 私のような小娘には、とても想像できない歳月の長さです。

 私はいったいどう過ごして、どう生きているのでしょうか。


「その四十年を、どうかヴェルザルと、過ごしてみてください」


「ですが、ヴェルザル様のお話も聞かずに」


「ふふ。大丈夫ですよ」


「そ、そうでしょうか」


「はい、大丈夫です」


 何を根拠に、とはお尋ねしませんでした。

 サラーサ様の言葉の不思議な説得力に、私はあっさりと心地よく負けてしまいました。


「……それでは、私たちも行きましょうか」


「どちらにですか?」


「食堂に、です。折角ですから、一緒にお食事にいたしましょう。下ごしらえはほとんど済んでいますから、よければ調理もご一緒に。ヴェルザルにとっての、母の味のようなものも教えられますのよ」


「母の味、ですか」


 ふとお母様のことを思い出して、それからヴェルザル様のお母様のことを考えました。


「母も父も随分早くに他界したものですから、ヴェルザルにとっての母の味は私の料理のことだと言っても過言ではありません」


「そう、なのですね」


 私が少し俯いたのを見て、サラーサ様は励ますように声を掛けてくださいます。


「さ、湿っぽい話はこれで終わりにしましょう。お手伝い、お願いできますか?」


「はい、喜んでお手伝いさせて頂きます」


 私はそう返事をして、ようやく心に憂いなく笑うことができました。





 ――それからの時間はあっという間に過ぎました。

 サラーサ様だけではなく家政婦のシグさんにも手伝って頂いて、色んなお料理を教わりました。そしてそれを一緒に作りながら、色々なお話をしました。

 特にヴェルザル様の幼い頃のお食事の好みや苦手なものはしっかりと胸に刻みました。


 食堂には気づくと馬車の御者のクロドナもいて、お父様たちと楽しくお酒を飲んでいました。そこにお料理を運び、皆で一緒にお食事をしながら団欒をするひとときは、たまらなく楽しいお時間でした。

 私だけ年若いのにあまりにも違和感なく溶け込めてしまっていたのは、もしかしたら私自身が年寄りくさいのかもしれないと思ったりもしましたが、ヴェルザル様とのことを思えばそれはむしろ良いことなのかもしれません。





「また是非来てね、リコルットさん」


「はい、サラーサ様。今日は本当にありがとうございました」


 帰り際、屋敷の前で挨拶をして、私とお父様は馬車に乗りました。

 

「どうだった。楽しかったか?」


 お父様はお酒で少し顔を赤くしていましたが、意識はしっかりしているようです。


「はい、とても楽しかったです」


「そうか。それはよかった。サラーサ殿も随分と楽しそうだったから、ゴルドーも喜んでいたよ。奴の貴重な休暇を有意義な時間にしてやれた」


 お父様は上機嫌にそうおっしゃいました。


「明日はヴェルザル殿行きつけの店に早速行ってみるか」


「はい。行って参ります」


「うむ。どんな店なのかはさっぱり知らないが、ゴルドーが口聞きしてくれているのなら大丈夫だろう」


 私はふと思い出して、ゴルドー様から預かった書状と、ヴェルザル様の手帳をポケットから取り出します。

 

 書状ももちろんですが、ヴェルザル様の手帳は、私にはあまりにも大きなものに思えます。


「……リコ。その手帳を見るのは、もっと後でもいい。見なくてもいいかもしれん」


 不意にお父様が、先程までの上機嫌とはうってかわって静まり返った様子でおっしゃいました。


「どうしてですか?」


「見なくていいものもある。相手のことを本当の意味で全て知ることは不可能だし、相手がそれを望むかどうかも全く別の話だ。……だから、ヴェルザル殿と親密になれた時にまた考えなさい。それまでその手帳は大事にしまっておきなさい」


「……はい、分かりました、お父様」


 私はボロボロの表紙をそっと撫でてそう答えるのでした。





次回からは飯屋さん編です!

手帳の中身は戦争の記録そのものなのでとても重たい話になりますし、それほど本編に関わりません。

もし公開するとしても番外編のような形になるかと思います。

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