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03話 勝手に婚約が決まってしまうお話

 イリシエお兄様とのお食事から十日あまりが過ぎた頃のことです。

 その日は冬の寒さがいくらか和らいできた日差しの温かい日でした。 


「やあやあ、久しぶりだなリコ!」


 王国騎士団に所属するウルデお兄様が東の国境線の任期を終えて、お久しぶりにお屋敷にいらっしゃいました。

 屋敷の入口でお兄様を出迎えて、食堂へとご案内します。


 向かい合ってテーブルに座ってから、私は口を開きます。


「はい、お久しぶりです。ウルデお兄様。……少しお痩せになられましたか?」


「お? そうか? なかなかしんどかったからな! 噂以上だな、東の国境線の物騒さといったらなかなか味わえるものではないぞ」


 豪快に笑うウルデお兄様は、兄弟の中で一番背が高くて、そして身体付きもしっかりしていらっしゃいます。王国騎士団に入団するだけでもすごいことですが、東の国境線近くは野党が多く、かつて戦争をした相手である帝国とも牽制しあうことになるので、実力がある者でないと務まらない任務です。

 笑顔が三十を超えてもどこかあどけないお方で、純粋な少年のような心をお持ちのようにも見えます。

 けれど、人の悪意や敵意には鋭く、それでいてウルデお兄様自身が公明正大な方なので、多くの悪行を暴かれました。その甲斐もあって、貴族から騎士になった珍しいお方ではありますが、騎士団の一員として信頼を勝ち取っていらっしゃいます。

 

「それよりも聞いたぞリコ。縁談に三回続けて断られたそうだな?」


「はい…… お恥ずかしながら」


「はは! 気にすることはない! 俺もウェンディに出会えていなければ今も独り身だっただろう!」


「ウェンディお姉さまはお元気ですか?」


「ああ。ものの売り買いというのは俺にはよくわからんが、よく頑張っているようだ。相変わらず良いものを取り揃えている」


 ウェンディお姉さまは、ウルデお兄様の奥様で、つまり私にとって義理の姉に当たる人です。

 金具屋の一人娘でいらっしゃるのですが、とある時に犯罪者に武器を密造して横流ししている疑いを掛けられて、王国騎士団の監査が入り、その時に二人は出会いました。ウルデお兄様はその嫌疑が他の商店による陰謀だと明らかにして、事件は解決しましたが、その後も二人はお会いするような関係になり、そして結婚なさったのです。


「……ところで、父上はどうした? 俺を呼んだのは父上だったはずだが」


「それが、なんでも火急の用事があるそうで。食事には間に合うとおっしゃっていたのですが」


「そうか。ならば気長に待とう! 食事の支度までにはどのぐらい掛かるのだ?」


「下ごしらえは終わっていますので、小一時間ほどあれば」


「うむ。ならば支度をするのは父上が姿を見せてからでよかろう。それまで色々と話を聞かせてくれないか? この屋敷のことやら父上のこともそうだが、アラガン兄さんやイリシエ兄さんのことも聞きたい」


「はい、ウルデお兄様」


 それから私は近況について色々とお話しました。

 アラガンお兄様もイリシエお兄様も順調に領地を任されてその仕事をこなしていること。

 お父様は私の縁談が立て続けに失敗してしまってしょんぼりしていること。


 そして、私の好みの男性の話について話題が触れた時、ウルデお兄様は唸りました。


「ううむ。リコ。お前はなかなか見どころがある」


「は、はい……?」


 ウルデお兄様は不敵に笑って言います。


「いやな。もしも俺が女性として生まれたのなら、俺もあの人に惚れただろうなと思っていたのだ」


「……なるほど?」


 アラガンお兄様もイリシエお兄様もヴェルザル様のことを尊敬していらっしゃいましたが、ウルデお兄様はそのお二人と比べてもヴェルザル様に心酔していらっしゃいました。

 私に話してくださるヴェルザル様のお話も熱が入っていたのをよく覚えています。


「しかしそうか。ヴェルザル教官のような御仁を探すとなるとなかなか難しい問題だな」


「そう、ですよね」


 当然といえばまさしく当然の話です。

 

「騎士団の奴の顔を全て知っているわけではないし、どいつもこいつもいい奴らではあるが、ヴェルザル教官ほどの男はそうはいないからな。とはいっても貴族から相手を探すよりは騎士団から相手を探す方が好みの相手を探しやすいのは間違いないだろうな。いずれにしてもできる限りのことは協力しよう!」


「ありがとうございます、ウルデお兄様」


 ウルデお兄様の力強いお言葉は、とても頼りになります。

 結果が伴わないこともありますが、言葉に偽りなく尽力してくださるのがウルデお兄様の魅力だと奥様のウェンディお姉さまもおっしゃっていましたが、まさにその通りだと私も思います。


「おっ。もう帰ってたかウルデ」


 話に花を咲かせていると、お父様がご帰宅なさいました。


「父上! お元気そうでなによりです!」


 ウルデお兄様は立ち上がってルグルドお父様の方へと駆けより、抱擁しあってお互いの肩を叩きあいます。


「ウルデこそ。少し痩せたか?」


「はは、リコに言われましたよ。東の国境線はなかなか荒んでましたからね」


 二人はそう言葉を交わして笑い合いながら席につきます。


 私はそれと入れ替わるように立ち上がります。


「それでは私はお食事の用意を」


「うむ、そうしてくれ。食事の後には面白い知らせがあるぞ」


 お父様は不敵な笑みを浮かべています。

 ……あまりいい予感がしません。

 こういう時のお父様はいつもとんでもない知らせを寄越してきます。


 私はそんな疑念が頭から離れないまま、お食事の支度をしました。

 

 それを食堂へと運ぶと、二人とも待ってましたと言わんばかりに目を輝かせています。


「待ってたぞリコ! それにしても相変わらずリコが食事を作っているのか」


「はい。このお屋敷には私とお父様しか住んでいませんから、料理人や家政婦の方を雇うのはもったいないです」


 私は言いながらテーブルに食事を並べます。


「ははぁ。そうは言っても掃除とかは大変だろう? 人は住んでいなくとも屋敷はこれだけ大きいのだから」


「私の日課ですから。逆にこのぐらいしかすることがありません。とは言っても全てを私が完璧にこなすのは無理ですから定期的に家政婦さんや庭師さんを呼んでいます」


 私は食事を並べ終えると、席に着きます。


「……家政婦になった方がいいのではないか?」


「私がやっているのは家政婦さんや料理人の方の真似事に過ぎませんから、それを本業にするのはとてもとても」


「そういうものかな」


 ウルデお兄様はうーんと首を捻ります。


「そもそも侯爵令嬢が家政婦になるなどありえないだろう。一族が没落したと勘違いされてしまうぞ」


 お父様は呆れ顔です。


「それもそうですな! ま、それよりも今は食事にしましょう!」


「はい」


「頂こうか」


 そうして食事を始めると、お二人はすぐに食べ終えてしまって、私は一人のんびりと二人が会話するのを聞きながら食事を続けました。

 私も食べ終えると、食器の片づけなどをしてから再び食堂に戻ります。


「おっ、戻って来たな。……それでは早速だが驚きの知らせだ」


「待ってました!」


 お父様がそう言うと、ウルデお兄様はわくわくとした表情でそれを待ち構えています。

 ウルデお兄様とお父様はこういったところの感性が似ていらっしゃいます。


「実はな! ヴェルザル・クロスガーデ殿との婚約を取り付けてきた!」


「おおおっ!? それは本当ですか父上!?」


「……はい?」


 ウルデお兄様がものすごく感激していらっしゃるのはいいんですけど、鼻高々という様子のお父様に私は言いたいことだらけです。


「あの、お父様」


「どうしたリコ。もっと喜べ!」


「……縁談ではなく婚約なのですか?」


「ああそうだ婚約だ」


「お会いしたこともないのに?」


「そうだ」


 私は眩暈で倒れてしまいそうでした。


「あ、あの。それはヴェルザル様は承知の上なのですか?」


「いや。実はヴェルザル殿の姉上のサラーサ・ムンブルク殿と会う機会があってね。彼女に頼んだらすぐだったよ」


「すぐってそんな簡単に……」


 まるで食事の約束でもするかのように気軽に婚約を結ばれたのではたまったものではありません。

 

「リコ」


「は、はい。ウルデお兄様」


 いまだかつてないほどに真剣な表情のウルデお兄様に見つめられて背筋がピンと伸びてしまいます。


「あの方はたしか今年で五十三歳になられたはずだ。リコは今年で十八だから、三十五年ほどの歳の差がある」


「は、はい」


「様々な苦難がお前を襲うかもしれない。……けれど、俺は応援している。いざという時には俺を頼れ」


「あ、あのお兄様、どうか私の話を」


 ウルデお兄様の中では婚約どころか既に結婚まで決まっているようで、私はそれはもう焦ってしまいます。


「む? ヴェルザル教官が好みなのではないのか?」


「もちろん、お話に聞いたヴェルザル様はとても素敵なお方だと思いました! けれどそれは伝え聞いた話であって会ったこともない方と婚約だなんて」


「それもそうだな。それでは明日にでも会いに行こうか」


「……はい?」


「とにかく姿を見るだけでもいいから、一度ヴェルザル教官を見てみることだ。それからでも話は遅くあるまい。どうだろう父上」


 ウルデお兄様の提案にお父様は満面の笑顔で頷きます。


「うむうむ。ぜひそうしてくれ。頼むぞウルデ」


「お任せください父上」


 二人はガッチリと握手をしていい笑顔を浮かべていらっしゃいます。


「そ、そんな簡単に……」


 私は楽しそうにしているお二人をただただ呆然と眺めることしかできませんでした。


※これまでに登場したリコルット(主人公)の家族のおさらいをします。

 見なくても大丈夫ですが、よろしければ確認にどうぞ!


《リコルット・ルーデランド》(主人公)

主人公。侯爵令嬢。

家事や掃除などが好きで高級なものには興味がない。

貴族らしさが全くない、この世界では珍しい貴族の令嬢。


《ルグルド・ルーデランド》(父親)

侯爵。

白い髪に白い髭の穏やかな見た目の人。

突飛なことが好きだけど、なんだかんだ結果を出す不思議な人。


《アラガン・ルーデランド》(長男)

次期侯爵。

金髪で少し細身の気難しそうな男。

真面目で勤勉で、躊躇いを知らない勇猛果敢な人でもある。

その性格が災いして時に人とぶつかることもある。


《イリシエ・ルーデランド》(次男)

次期子爵。

皆に慕われる優等生のような人。

アラガンとは違ったタイプの真面目な人で、ものごとをゆっくり丁寧にする。


《ウルデ・ルーデランド》(三男)

王国騎士団所属。

兄弟で一番背が高く、そして身体付きもがっちりしている。

豪快で嘘のつけない性格でありながら、人の悪意や敵意に敏感。

言ったことは守る男で、人々に愛されているし信頼もされている。


《ルデリア・ルーデランド》(母)

ルグルドの妻。

六年ほど前に死去している。

夫婦仲はとても良かった。



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