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02話 好みの男性を聞かれた時のお話

 婚約破棄が三件続いてからしばらくして、次男のイリシエお兄様がお屋敷にいらっしゃいました。

 イリシエお兄様は子爵にあたる領地を預かっていらっしゃいます。

 アラガンお兄様に比べるといくらか小さな領地ではありますが、そこを任されて忙しく領内を駆けまわっています。

 その領地経営についてお父様の意見を伺いたいとのことで、折角だから一緒に食事をすることになりました。

 その時に、私の縁談の話になって、イリシエお兄様のご意見を聞くことになりました。


「リコは僕らのせいもあってよその貴族のお嬢さんとは違うのですから、その辺りのことをきちんと縁談の相手の方に説明しないといけませんよ父上」


 イリシエお兄様の物腰は柔らかく、何事にも丁寧に、そして真摯に向き合う方です。

 そのせいか、どんなことをやるのもゆっくりになりがちな方ですが、その懸命な姿勢と包み込むような優しさが多くの領民の信頼を集めているようです。


「そういうものだろうかなぁ」


 お父様は首を傾げます。


「率直に言って、僕ら兄弟も父上も貴族としては珍しい結婚の仕方をしていますから、リコにだけいかにも貴族らしい結婚を望むのは難しいかと」


「そういうものかぁ」


 お父様は嘆息してやれやれと首を振ります。


「リコにはリコの考えがあるでしょうし、そういう意味では断って貰えてむしろ感謝するべきなのかもしれませんよ?」


 そう言ってからイリシエお兄様は私の方を見ます。


「リコ。君がどうしたいか、なんだよ。父上もアラガン兄さんも、決してリコのことを考えていないわけじゃないけど、ちょっと遠くを考え過ぎている嫌いがあるからね」


「ちょっと待ってくれ。イリシエ、それはどういう意味だ?」


 お父様がそう口を挟みます。


「リコ個人の気持ちよりも、大局的に、あるいは客観的に、そして終局的にそれが幸せかどうかで考えているところが父上にもアラガン兄さんにもありますから」


 その口ぶりはなんだかアラガンお兄様に似ていらっしゃいましたが、言われてみると確かにそういう向きがあるように思えます。


「……それは否定できんなぁ」


 お父様は参った、とでも言うかのように目を閉じました。


「それで、リコ」


「はい、お兄様」


「リコはどうしたいんだい? 父上の言うとおりに婚約を結んでいたようだけれど、何か思うところがあるんじゃないのかな?」


「私は……」


 口にするのが少し躊躇われて、お父様とお兄様の顔を窺います。


「遠慮せずにいいなさい」


 お父様は鷹揚に頷きながら微笑んでくれました。


 私は少し躊躇いもありましたが、はっきりと言いました。


「私は、お父様の不安をなくすことができるなら、どなたと結婚しても構わないと思っています。私が結婚もせずに、家政婦の真似事をしていることをお父様は不安がっていらっしゃるようでしたので」


「そんな風に思っていたのか」


 お父様は申し訳なさそうに顔をしかめます。


「リコ自身は、あまり結婚には興味はないのかな?」


「ないわけではありません。お兄様たちを見ていれば、私も結婚とは幸せなものなのだろうと思いますし、それを羨むこともあります。けれど、私には出会いと呼べるようなものはありませんから」


 私には三人のお兄様がいますが、その三人ともが既に結婚していらっしゃいます。

 もっとも、私は十八歳で三男のお兄様は三十二歳なのですから当然といえば当然なのかもしれませんが、皆さまとても夫婦仲も良くて私はどうしても羨ましく思っていまいます。


「結婚自体には悪感情はないんだね。とすると、良い相手にさえ恵まれればいいんだけど。リコはこれまで出会った人で好みの男性はいないかい? その人に似た人柄の男性を僕が探してみるよ」


「……いらっしゃいます」


「いるのか」


 なぜかお父様がものすごく驚いた顔をしていらっしゃいます。


「どんな人? 僕の知っている人かな?」


「ご存知の方です。というより、私はお兄様たちのお話でしかその方を知りません」


「ふぅん……?」


 私がそう言うとイリシエお兄様は首を傾けて少し考える素振りを見せます。

 それからはっとしておずおずと口を開きます。


「もしかして、いやまさかとは思うけどヴェルザル・クロスガーデ教官のことを言っているの?」


「……はい。ヴェルザル様のことを申し上げております」


 幼い頃から、お兄様たちのお話に登場した英雄で、教官で、そして人生の師でいらっしゃるのがヴェルザル様なのです。

 彼の無骨ながら実直な生き様と人柄は、私は伝え聞いただけで直接見聞きしたわけではありませんでしたが、とても魅力的だと感じていました。

 多くの二つ名を持つヴェルザル様ですが、飛び抜けて有名なものは間違いなく『英雄』です。若かりし頃にいくつもの戦場を駆け抜け、そのいずれでも無敗であったと言われています。

 英雄最後の戦いは多勢に無勢を極め、ヴェルザル様はその最前線で闘い続け、ついには敵を退けたと言います。けれどその戦いで取り返しのつかない傷を負ってしまい、戦からは退かれました。しかし、その活躍があって戦争は和解へと進み、今の平和があるのだそうです。

 ヴェルザル様は現役を退いた後は、騎士団の教官の任につき、今でもそれを続けていらっしゃるようで、私のお兄様たちもその指導をお受けになられました。

 お兄様たちはヴェルザル様のお話をたくさんしてくださって、私はそれを聞くうちにまるで私もヴェルザル様に指導を受けているような気持ちになってしまい、さらには憧れを抱くようになってしまいました。 


「ヴェルザル殿か。なるほど彼が好みだとすると、これまで私は随分と見当違いの男をリコに紹介していたことになるな」


「もしもそうだとすると、父上が探すよりもウルデに協力してもらった方が良い出会いに恵まれるのでは?」


 ルーデランド家の三男であるウルデお兄様は、今も王国騎士団に勤めていらっしゃいます。

 少し込み入った話になってしまいますが、王国騎士団に入団される貴族の方はあくまでも王国に属する者としての意識の形成や、いざ戦争となった時の備え、そして貴族同士の繋がり作りなどというものを目的として王国騎士団に入団するのが習いになっています。


 十五の時に入団。

 訓練生として専用の兵舎で二年の訓練。

 実地訓練として国境線近くの兵舎に訓練生たちが散り散りになって、現地の騎士たちに混ざりながら二年の訓練。


 それを終えた頃に貴族の方は退団して貴族としての職務、つまり領地の経営に就くことが多いそうです。

 実際に長男のアラガンお兄様も次男のイリシエお兄様も今ではお父様から任された領地の経営に当たっています。

 ウルデお兄様は領地の経営よりも王国騎士団の一員として働き続けることをお選びになったので、今も騎士団に所属されています。貴族の方では珍しいことだそうですが、ウルデお兄様は周囲の目を気にしてはいらっしゃらないようでした。


「それもそうだなぁ。うむ、ウルデに協力を求めよう」


 お父様はこくこくと頷きます。


「ちょうどウルデも東の国境線の警備の任期を終える頃合いでしょうから、帰ってきたら話を聞きましょう」


 イリシエお兄様はそう言ってにこりと笑います。


「良い相手に恵まれるといいね、リコ」


「はい、イリシエお兄様」


 私もそれにあわせてにこりと笑います。

 私のような小娘を好きになってくださる殿方がいらっしゃればよいのですが。



  ◆◆◆



 父であるルグルドと次男であるイリシエ、そして末娘のリコルットの食事の数日後。

 その日はあいにくの雨で、時折雷が鳴り響いていた。 


 そんな空の下、ルグルドは古くからの友人である王国騎士団団長であるゴルドー・ムンブルクの邸宅を訪れて食事を楽しんでいた。


「久しいなルグルド。それで、相談とはなんだ」


 ゴルドーは白い髭をたくわえていて、その表情も穏やかそのものではあるが、その肉体の引き締まり方やその立ち振る舞い一つをとっても、並みの男ではないことは一目で分かるだけの迫力を持ち合わせていた。

 ヴェルザル・クロスガーデを抜き身の刀身に例えるなら、ゴルドー・ムンブルクは鞘に収まった刀身である。けれども、その鞘の中には紛れもなくこの世の死線をいくつも潜り抜けた逸品が仕込まれていて、見る人間が見れば鞘に収まっていようとも自ずとその力量を悟るほどだった。


 一見すると関わりあいのなさそうなルグルドとゴルドーは、かつての戦争で戦場を共にした仲であった。

 ルグルドはヴェルザルとは直接の面識はなかったが、現王国団長であるゴルドーならば何かを知っているだろうと考えたのである。


「うん。実は娘のことなんだけどね」


 ルグルドはいつもよりも砕けた様子で話した。


「娘、か。確か歳が離れているんだったか」


「十八になったよ」


「十八か。……なんだ、ひょっとすると縁談でも組みに来たのか?」


「間違ってないなぁ。……ここだけの話なのだが、娘に好みの男性を聞いたら、あの英雄の名を答えてね」


「英雄……まさかヴェルザルのことか?」


「そのまさかだ」


 ルグルドが答えるとゴルドーは噴き出すように笑った。


「ヴェルザル殿のような人柄の男性に心当たりがなくてね。心当たりのありそうな人間を頼ることにしたのだよ」


「なるほど、ヴェルザルのような男か。うーむ、そんな男がいただろうか…………む?」


 ゴルドーはふと何かを思い出したかのように声を上げる。


「心当たりの男性がいるのかい?」


「いや、心当たりというか…… ヴェルザル本人はどうだろう、と思ってな」


「……なんだって?」


 ルグルドのとぼけた返答の直後に雷が落ちた。


 ゴルドーとルグルドは、ヴェルザルとは正反対の気質で、奇策を持って敵を押し倒すのが得意であり、そして好みでもあった。

 もっとも、ゴルドーは奇策に頼らずとも敵を打ち倒すだけの器量と実力があったが――単に奇策が好きなのである。

 二人の目はかつての戦場で奇策を思いついた時のように、若々しく輝いてしまっていた。


 ――――このゴルドーの思いつきが、後の婚約にまでつながってしまうことになるのである。





※細かい設定や世界観の解説をします。

 読まなくても大丈夫ですが、読むとより楽しんでもらえると思います。



 《王国騎士団について》

騎士団と一言でいっても色んなものがあります。現実のものに即して考えると、ものすごく宗教色が強かったりただの略奪部隊だったり単に騎兵の集まりだったり色々なのでこの物語ではかなり架空のものになっています。

この物語に登場する騎士団は、警察(行政機構)+自衛隊(救助)+軍隊(国防)の役割を兼ね揃えたもので、身分を問わずに所属することができますが、ほとんどが平民で、正式に騎士になることで貴族とは異なる騎士身分となります。騎士身分はほとんど名誉身分なので、領地を与えられたりすることはありません。けれど訓練期間も厳しいですが、その後の騎士受勲試験がとてつもなく厳しいので、名誉身分とはいえ周囲には尊敬されることが多いのがこの物語の騎士です。

そして王国騎士団というだけあって、王国に直属します。

強い力を持った部隊が王国に直属することで、諸侯貴族が強大な力を持ったりすることがないように、というパワーバランスを成り立たせています。

有事の際には、この王国騎士団が中心となって働き、必要な場合は(戦争など)臨時徴兵されることもあります。その時には貴族が先頭に立って民衆を集めて導くことになり、場合によっては貴族と騎士がもめたりすることもあります。ルグルド(リコルットの父)とゴルドー(現騎士団団長)はとても馬が合い、戦争でも活躍したため、お互いかなりの武勲と功績をあげました。

ちなみに騎士団の資金源は、平民の税金→貴族諸侯→王国→騎士団という流れで賄われています。

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