20話 結婚式前の会議のお話
結婚式開催の知らせの書状には、城への招待状も付属していた。
王国騎士団の教官であるヴェルザルが、国王の住まうその城に招かれることは数十年ぶりのことだった。
城に到着し、会議室に通されたヴェルザルを待っていたのは、見知らぬ二つの顔とそれに従う従者たち。そして、かつての友であり現王国騎士団長のゴルドー・ムンブルクだった。
「まず先に言っておくが、結婚式の開催はお前に対する親切心でもなければリコルットお嬢さんへの意地悪でもない。王国からの正式な要請だ。つまるところ、誰にも拒否権はない。これがその書状だ。こればかりは直接渡すべきだと思ってね」
ゴルドーが目配せをすると、背後に立っている従者がヴェルザルにその書状を渡した。
その書状には、国王からの正式な通達であることを意味する印と署名がされていた。
「…………悪ふざけではないことは分かった。だが理由が分からない。なぜ結婚式を今、王国からの要請でする必要がある」
「それについてはわたくしがお答えいたしますわ」
ヴェルザルの問いに答えたのは、三十代とおぼしきウェーブがかった金髪の女性だ。
気の強さをうかがわせるその大きな目と自信を漲らせた口調は、交渉能力の高さを示しているようだった。
「失礼ながら、貴殿はどなただろうか」
ヴェルザルの問いに、その目をはっきりと見て女性は答えた。
「これは失礼しましたわ。わたくし、王国外交官のディエッタ・ストロンと申します。端的に申し上げまして、帝国との交渉役でございます。この度の結婚式には、帝国穏健派の主力議員と同盟参加国の代表者に参加していただきますわ。そしてそれを一般公開して行いますの。これだけ言えばお分かりになります?」
挑戦的ともいえるディエッタの発言に、ヴェルザルがその気を悪くすることはなかった。むしろ納得したとばかりに頷いた。
「ようやく理解できた。つまり、結婚式を開催し、そこに同盟参加国と帝国穏健派が参加することで、友好関係を築けていることを国民に知らしめようというわけだ」
「概ね間違いありませんわ。正確には、その結婚式の当事者がかつての大戦の英雄であることに最も大きな意味がありますの。先の大戦のことを水に流す、という帝国の考えを王国民に知らせるのにこれ以上の方法はありませんもの。かの大戦において個人でいえば間違いなく最大の働きを示して、帝国に敗北をもたらした男の結婚式に参加するのですもの」
ディエッタは皮肉ではなく、大真面目にそう言っていた。
その大仰さにかえってヴェルザルは不安を覚えた。
「……尋ねたいのだが、穏健派といえども私の結婚式に参列したくなどないのではないか。そもそも、帝国穏健派の人間は信用できるのか?」
「これはこれは。英雄様にそう尋ねられますとなかなか堪えるものがございますね」
ヴェルザルの問いにまた代わって答えたのは、ちょうどディエッタと同じくらいの歳の男だった。短い黒髪のその男もまた自信を漲らせた面持ちで、口調こそ丁寧ではあるが、その瞳にはギラついた強い意志が感じ取れた。
「貴殿は?」
「帝国外交省所属の外交官、ガルド・ロベンダと申します。どうぞお見知りおきを」
ヴェルザルは苦虫を噛み潰したように表情を歪め、ため息をついた。
「帝国の外交官がこの場にいるとなると、もう全ての話は済んでいるわけだな」
「そういうことだ、すまんなヴェルザル」
ゴルドーが軽く謝ると、ヴェルザルは咎めるようにゴルドーを睨み付ける。
「謝るぐらいならもっと早くに相談をしろ」
「旧友を温めるのもよろしいですが、話を進めさせていただきたい。よろしいですね?」
その会話にガルドが割って入る。
「すまない。進めてくれ」
ヴェルザルの応答を少し意外そうに聞いてから、ガルドは語り始めた。
「この度の結婚式には、帝国からは議員十人とそれに付随する護衛四十人、従者二十人の計七十人が王国に入り、実際の式典には議員十人と護衛二十人が参加させていただきます。それにあたって、ヴェルザル様にいくつかのご了承をいただきたいのですが」
ヴェルザルはその眉を顰めた。
ここまでお膳立てをしておいて今更自分に何を尋ねようというのだろうか、と疑問に感じたのだ。
「……なんだろうか」
「まず一つに、我々は式典が始まってからしばらくは王国の外套を羽織ります。我々帝国が会場にいると知らせ、結婚式に外交的な意味合いを持たせるのは結婚式が最も盛り上がったその後にしたい。そうでなければ、一般大衆の目が我々に集まってしまいかねない。あくまでも、結婚式を盛り上げる必要がありますので」
「了承した」
「次に、ヴェルザル様には武器を持たないでいただきたい。これは単純な話で、結婚式に危険がない、ということを一般大衆に理解してもらうためです。もちろん、必要な護衛や警備については王国騎士団が用意することしょう。我々帝国穏健派としても、ヴェルザル様が武器を持っていると、我々が警戒されていると捉えられるかもしれませんのでね。後の和解と協力のためにも遺恨の種はできるかぎり潰しておきたいのです」
「……了承した。その分、警備については口を出す。いいな、ゴルドー」
「ああ、分かったとも」
ヴェルザルとゴルドーが短いやりとりを交わし、ガルドは言葉を続ける。
「最後に、帝国主戦派についてですが……これについてお話した上で了承いただきたいことがあります」
これまで歯切れよく話していたガルドが言い淀む。
「なんだろうか」
「その……信じていただくしかない話で証明が難しいのですが、主戦派と穏健派は対立していると言っても過言ではない関係にあります。現在は穏健派が優位な立場ではありますが、それも絶対的なものではなく、何かきっかけがあればくつがえされるようなものです」
「だとしたら、なんだというのだ?」
ヴェルザルは回りくどい言い方を咎めるようにそう尋ねた。
「主戦派のすることは、穏健派とは一切関わりのないことです。帝国は一枚岩ではありません。それどころか戦争に戦争を重ねた結果、収集のつかないような状態になっています。それをさらに戦争をして成果を得ることで解消しようとするのが主戦派。真っ当に解消しようとするのが、穏健派です。……そのことを、承知していただきたい」
ガルドは鬼気迫る表情で、そうヴェルザルに伝えることが自分の使命だとでもいうかのように言った。
一方のヴェルザルは、それに竦むことも怯えることも一切なく、ただ浮かんだ疑問を口に出した。
「それを私に承知させる意味はあるのか?」
「意味はあります。……ヴェルザル様と敵対するのは主戦派の連中であっても、断じて帝国でなければ穏健派でもない。そのことを承知していただきたいのです」
つまるところ、今後何が起きようともそれは主戦派のせいである。
ガルドはそう言っているのだった。
帝国外交省の外交官の一人に過ぎない男の言葉ではあるが、それは看過できるものではない。なぜなら、国交の代表になる男が、まさしく国交のその現場で言ったのであるからだ。
それは、事実上の主戦派に対する共闘宣言だともいえた。
ヴェルザルは外交についても、帝国の内情についても、それほど詳しくはない。
それでも、帝国の中で主戦派と穏健派が食い合うような争いをしているのだということは理解できた。
そして、穏健派はかつて敵対した王国の力を借りてでも主戦派を潰すつもりなのだということも十分に理解できた。
「……分かった。委細承知した」
「ありがとうございます、ヴェルザル様。帝国外国省からのお話は以上です。残りの細かいお話は、ゴルドー様がなさるのがよいでしょう」
ガルドはほっとした様子も見せずににこりと自信たっぷりに笑って言う。
ゴルドーもそれに鷹揚に頷いて微笑を浮かべる。
「ああ。後は任せてほしい」
「それでは、失礼します。ゴルドー様。ヴェルザル様」
ゴルドーの返事を聞くと、ゴルドー以外の着席者が一斉に立ち上がり、そして従者も連れて会議室から退出した。
そして、会議室の中にはたった二人だけとなった。
「……怒っているか?」
「怒らないとでも思っているのか?」
ヴェルザルはため息をついてゴルドーを責めるように睨む。
ゴルドーは肩をすくめてそれに答える。
「俺も全てを把握しているわけではないのでな。帝国との外交だとか、帝国の内情だとかはさっぱりなんだ」
「白々しい。お前がそうやってとぼける時はだいたい何かしら企んでいる時だ。……実際、あのガルドという男は信頼に足るのか?」
「それなりに、だな。今は帝国穏健派が力を握っているからいいが、主戦派が力を取り戻したらすぐに無力になるような男だからな。ガルドという男は」
「それならば、いつまでも有力な存在でいてもらいたいものだ」
「全くだ」
ヴェルザルとゴルドーはそう言い合って互いに苦笑をする。
「……リコルット殿にはもう既に話を通してあるのか?」
「もちろんだ」
「つまり了承も得られた、と?」
「それももちろんだ。……ついに結婚だな、ヴェルザル」
唐突に、言葉に感動を滲ませるゴルドーの口ぶりにヴェルザルは呆れた。
「なにがついに、だ。人の結婚をなんだと思っている。結婚するとも思っていなかったが、まさか政治の道具にされるとは思ってもみなかった」
「それでも結婚は結婚だ。こんな形ではあるが、できる限り良い式にしよう」
ヴェルザルは、どの口が、と文句を言おうと思ったが、ゴルドーの冗談ではない真剣さを帯びたその言葉を聞いてそれを止めた。
ゴルドーの言葉には憂いさえ籠っているように、ヴェルザルには聞こえた。
それが意味するところをヴェルザルは理解しかねた。
「……ところで、今回のこの結婚式の首謀者は誰だ」
「誰なのかは、言えん」
「ルグルド殿か」
「言えん」
ゴルドーは表情を変えずに、ただそう繰り返した。
「…………そうか」
ヴェルザルはそれ以上の追及は諦めた。
そして深くため息をつく。
「結婚式、か」
かつてリコルットに『必ず迎えに行く』と言った手前、このような形で結婚式を迎えるのは気まずさと気恥しさがあった。
しかし、それ以上にリコルットが結婚式について、そしてなによりも自分との結婚についてどう考えているのか、ヴェルザルにはそれが気がかりだった。
「そろそろ、結婚式当日までの日程について話そうか」
ゴルドーの呼びかけにヴェルザルは思考を現実に戻して頷く。
「頼む」
ゴルドーとヴェルザルは、その後しばらくの間話し合いをするのだった。
《登場人物紹介》
【ディエッタ・ストロン】
三十代の金髪の女性。
王国の外交官。
育ちも生まれも優れている。
漲る自信が威圧的なほどで、敬語を使っていてもやたらと高圧的。
【ガルド・ロベンダ】
三十代の黒髪の男性。
帝国の外交省に務める外交官。
(あえて外務省にしなかったのに深い意味はありませんが、いわゆる大使館の設置などができるほど帝国と友好的な関係を結べている国は今のところないので、現実の外務省よりもずっとその業務は小さい)
物腰は丁寧だが、その目には自信と強い意志を宿らせる。




