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16話 不意の空白と勉強のお話

《登場人物紹介》


【アンリエッタ・ルーデランド(主人公の兄アラガンの妻、女性、商人】

侯爵位を継ぐことになるルーデランド家の長男であるアラガンの妻。四十二歳。

はきはきとした物言いで、道理や理屈を重要視するところもあるが、しなやかな強さも併せ持つ。

リコルットとは仲が良く、可愛がっている。

物語上で登場したのは、リコルットの婚約式のためのドレスを買った時。


【ウェンディ・ルーデランド(主人公の兄ウルデの妻、女性、金物屋】

王国騎士であるルーデランド家三男のウルデの妻。二十四歳。

気さくで誰に対してもくだけた態度を取ることが多い。

リコルットとは仲が良く、まるで姉妹のようである。


 帝国の潜伏者に狙われる可能性の高いヴェルザル様の近辺は危険だということで、お屋敷へと戻ってきた私は正直に言って腑抜けていました。


 ヴェルザル様のお住まいでの生活は、慌ただしくて、常に気を張っていて、色々なことが新鮮で。

 だからこそ充実していたのですが、こうしてお屋敷に戻ってくるとその落差で急に気が緩んでしまいます。


 唐突にやってきたこの空白の時間を、私はどう過ごすべきなのかと思い悩み始めるのにも時間がかかる始末でしたが、お父様のお言葉がきっかけで私はずっと前向きにとらえられるようになりました。


「あの手帳を、読み解いてみたらいいんじゃないかい?」


「手帳というのは、ヴェルザル様のあの手帳のことですか?」


「そうそう」


 ヴェルザル様の手帳。

 帝国との戦争の真っ最中に、記録係として戦争の経過について記したその手帳は、貴重な資料として多くの人が読んでいるそうです。

 私はその原本である手帳を、王国騎士団団長のゴルドー・ムンブルク様から譲り受けたのです。

 これまでは読む必要はないからと言われてそのまま大事にしまっていたのですが、帝国がまさに襲い掛かってくるような事態となった今ではむしろ読むべきなのかもしれません。


「あの手帳だけだとかえって分かりづらいだろうから、歴史書とかも用意しておこうか。いい機会だからちゃんとお勉強してみるといい。……もう無関係と言える立場ではないだろうからね」


「はい、お父様」


 そんなわけで、私は不本意にできてしまったこの空白の時間を、お勉強の時間にすることにしたのでした。




 それは翌々日のお昼過ぎの時間です。

 私はお屋敷の中にある簡易的な会議室のようなお部屋の中にいました。


「はい。それではお勉強を始めましょう」


 向かい合って座っているのは、長男のアラガンお兄様の奥様であるアンリエッタお姉様です。アンリエッタお姉様は凛々しいお声でそうおっしゃいます。


「はーいっ」


 はっきりとしたお声で私の隣に座るウェンディお姉様がそう答えます。


「え、えぇ……?」


 私は少し戸惑いながら、首謀者であること間違いなしのお父様を見ます。


「どうせならしっかりと教えてくれる人がいた方がいいだろうと思ってアンリエッタさんにお声を掛けたんだ。ウェンディさんもこの機会に勉強したいということだったから一緒にね」


「な、なるほど」

 

 なんだか分かるような分からないような理屈でしたが、アンリエッタお姉様もウェンディお姉様も乗り気なようですし、知らなかったのは私だけのようでしたので、いつものように諦めることにいたします。


 アンリエッタお姉様はこほんと咳払いをして語り始めます。


「それでは、さっそくお勉強を始めましょう。まず帝国の成り立ちについてですが、元々は私たちが住む王国から遠く離れた東の地を拠点としていて――」


「どうして戦争は起きたんですか!」


 アンリエッタお姉様のお声を遮って、ウェンディお姉様がはっきりと手を上げておっしゃいます。


「……いいでしょう。一方的にお話をするよりも、質問に答える形式にした方があなたにはいいようですから」


 アンリエッタお姉様は諦めるようにため息をつきます。

 

 アンリエッタお姉様とウェンディお姉様と三人でこうして集まるのは、婚約式を除けば、婚約式のための衣装を購入する時以来です。

 アンリエッタお姉様は四十二歳、ウェンディお姉様は二十四歳なのもあって、お二人がお話をしていると先生と教え子のような間柄に見えてしまいます。


「王国と帝国の大戦が起きたきっかけは、はっきりと言ってしまえば帝国の言いがかりです」


「え? どういうことですか?」


 ウェンディお姉様の疑問にアンリエッタお姉様は待っていましたと言うように答えます。


「帝国の強さは、外へもっと大きく勢力を伸ばそうとする意志とそれに追随する軍事力。そして何よりも圧倒的な人口の多さが理由です。帝国にしてみれば、他の国や領土というのはいずれ帝国の領土となるものであって、侵略対象という他ありません」


「なにそれひどすぎないですか?」


「ええ。ひどいお話です。……ただし、それと引き換えに大きな弱点もあります。まず一つに、帝国全体が一枚岩ではない、ということです」


「帝国の人たちは仲悪いんですね」


「仲が悪いというのは正確ではありません。帝国の人口が多いのは、他の国の領土を侵略して制圧し、併合して大きくなった国だからです。皇帝に対して大なり小なり忠誠を誓うことにはなりますが、併合された国や領土は帝国臣民の一部として平等に扱われます。忠誠を理由に理不尽な命令などが出されることは少ない、と言われています」


「……それを聞くと、なんだか悪いところっぽくないような気がしちゃうんですけど」


 ウェンディお姉様がぽつりと呟くとアンリエッタお姉様は首を横に振ります。


「あくまでも皇帝に忠誠を誓えば、の話です。逆に言えば、皇帝以外に忠誠を捧げる国や人々は全て敵に回すのが、帝国のやり方です」


「もしかして、王国が攻められたのも……?」


 私は半ば確信を持って尋ねました。

 アンリエッタお姉様はこくりと頷きます。


「ええ。その通りです。皇帝以外を玉座に据えるとはけしからん、という理由で王国は攻められました。悪く言えば、皇帝を題目にした大義名分を掲げることで、戦争の動機付けとその士気を高めているのです。実際に、『国王を廃し、皇帝を崇め、帝国に併合されろ』という旨の一方的な文書にお断りのお手紙を出したら次に来た文書は宣戦布告だったそうです」


「ひっどい話だね……」


 ウェンディお姉様は苦々しく言います。

 アンリエッタお姉様は否定することなく、言葉を続けます。


「それに対して王国も慌てて戦闘の準備に入りますが、帝国の圧倒的軍勢に戦線は大きく後退することになります。そして最終的に今の東の国境線にまで戦線は下がってしまいます」


「それってオルゲド山脈のことだよね?」


「はい。それなりに険しい山脈ですし、それ以上に生い茂る木々で視界は悪いので山道に慣れていない人間ならばよほど周到に準備をしても横断することは難しいでしょう。なので、基本的にオルグ大道を通過しない限り横断は不可能です」


「オルグ大道……」


 私は、ウルデお兄様とヴェルザル様の会話の中にそんな言葉が出てきたことを思い出していました。


「オルグ大道の両端に王国と帝国が陣取り、その大道をどちらが完全に制圧するか、という戦いになりました。それとは別に、オルゲド山脈自体を放置するわけにもいかないので、人員を散開させて展開し、互いに牽制することになりました。

 つまり主戦場はオルグ大道で、多くの人間がそこに集められましたが、同じくらいの数の人がオルグ山脈の警戒に当たることになりました。……そして最終的に王国が制圧することに成功しました」


「え、どうやって? よく分からないけど、帝国の方が軍事力もあるし人数も多いんだよね? 勝てなくない?」


 ウェンディお姉様の疑問はもっともだと思いますが、なかなか大胆な言い方です。

 アンリエッタお姉様は少し呆れた表情を浮かべてから答えます。


「おっしゃりたいことはよく分かります。まず大前提として、もともと王国領土の一部だったので、地理的に有利だったことあります。ただ、王国が勝利することができた最も大きな理由は、帝国が山脈の三十名程度での少数精鋭による強行突破をして挟撃を試みた奇襲を打ち破り、大道側の帝国軍が奇襲部隊が現れないことで混乱し、その機を逃さずに追撃できたからです。

 そこに登場する立役者がお二人います。一人は、現王国騎士団長のゴルドー・ムンブルム様。そしてもう一人が」


「ヴェルザル・クロスガーデ様、なのですね」


 私はそのお名前を口に出さずにはいられませんでした。

 アンリエッタお姉様はそんな私を見て穏やかに微笑みます。


「その通りです。奇襲を目論んだ三十名程度の帝国奇襲部隊を打ち破ったのがヴェルザル・クロスガーデ様。そして軍を指揮して混乱する帝国軍を追撃したのがゴルドー・ムンブルク様です。

 オルグ大道での敗北によって帝国国内の主戦派は力を失いました。元々、かなり強引なやり口だったことに対して帝国内で批判もありましたし、多くの死者を出した責任は重かったのでしょう。王国と帝国は停戦交渉を進め、国境線を今のオルゲド山脈とすることで、帝国国内の人々はひとまず納得したようです」


「勝ったけど国土は減っちゃったんだ」


「ええ。その分、他の面では有利な条件での停戦となったようです」


「有利な条件って、賠償金とか?」


「いいえ。今後一切、侵略戦争をしないことを誓約させたのです」


「……それって有利な条件?」


 ウェンディお姉様はむすっとしておっしゃいます。


「ええ。周辺の国々の代表も同席させた上での誓約でしたから。その誓約に反した場合には周辺国家全てを敵に回すことになります。いくら帝国の軍事力が強大だとはいえ、複数の国家と同時に戦えはしませんから」


「……ん? それなら最初から協力すればよかったんじゃないの? 複数の国家が集まればなんとかなるっていうのなら」


「そう容易く協力させなかったのが、帝国の軍事力を押し出した外交の強さと、それぞれの国の思惑の違いです。そして、困難極まる対帝国協力同盟の達成は、王国の熱心な交渉と戦争での勝利の賜物なのです。そのあたりのお話は随分と難しくなりますから、今日はやめておきましょう」


「なるほどなー…… ふぅん……」


 ウェンディお姉様はうんうんと頷きながら唸ります。


「アンリエッタお姉様。質問してもよろしいでしょうか……?」


「もちろん構いませんよ」


「その。それならもう二度と戦争になることはない、と思いたいのですが。もしも戦争になるとしたら、それはどのような場合に起こりうるのでしょうか? その、同盟がある限り心配はないと思いたいのですが」


「……ふむ。なかなか難しいことをお聞きになりますね」


 アンリエッタお姉様は捻り声をあげます。


「それなら僕が代わりに話そうかな」


 アンリエッタお姉様は少し首を傾げていると、代わりにお父様が手を上げました。


「まず前提として話しておきたいのだけど、戦争が始まったと判断するのは、どこかの国がどこかの国の領土をその代表意志による決定で侵略攻撃をした時だ」


「それはその通りでしょうが……」


「この時重要なのは、それはあくまでも代表意志による軍事的な行動であって、個人や小さな集団の暴走ではないということなんだ」


「……? どういうことですか?」


「例えば、帝国出身の人間が王国の中で暴動を起こしたとしよう。それを国家が指示した軍事的な攻撃だと断言することは難しい、というのは分かるかい?」


「はい」


「そうすると、次は帝国出身の人間が複数人集まって暴動を起こすんだ。その次はもっと人数が集まって。その次はさらに人数が集まって。それをどこから軍事的な攻撃だと判断するべきだと思う?」


「そ、それは……」


 もしもそんな事態になったとしたら――それは事実上の戦争行為ではないでしょうか。


「いずれにしても、帝国は軍事的な攻撃はしていないと、そう断言するだろう。そうすると王国には何もできない。現行犯で帝国の人々を逮捕するのがせいぜいだ。もしも帝国出身の人々を王国内から締め出しても、きっと帝国の主戦派は別の手段でまた何かをするだろう。

 ――つまりね。戦争をするために帝国の主戦派は、王国から宣戦布告して欲しいのだ。王国が宣戦布告するまで、帝国はありとあらゆる手段で王国を挑発するはずだよ」


「そ、そんなことになったら同盟が黙っていないのでは?」


「同盟……というよりも他の国々もね。できれば戦争なんてしたくないんだよ。そもそもがそのための同盟だからね。戦争を目的とした、帝国の陰謀だと正しく証明できない限り、同盟は動かないよ。それに、実際に帝国の主戦派の人たちが暴走しているだけの可能性もある。今の主戦派の勢力がどのくらいで、どれだけ帝国内で影響力があるのかは分からないけど王国にとって無視できる存在ではない。それだけ帝国は大きく、何より多様な国なのだよ。現に今は穏健派の人たちが中心になって帝国を動かしている。だから突発的で規模の小さい行動を帝国の総意だとは判断できないだろうね」


「そ、そんな」


 私は頭がくらくらしていました。

 聞けば聞くほど、先日ヴェルザル様とウルデお兄様がお話していたことが、まさしく暴動の前触れだと思えてならなかったからです。

 

 そしてふと気が付きます。 


 その暴動というのは、ヴェルザル様への復讐という名目で行われるものなのだと。

 

「……そんなの、ひどすぎます」


 私はぎゅっと拳を握りしめて、そう呟くことしかできませんでした。


※今回の話は、基本的に前回の焼き直しです。

・帝国の一部の人間(主戦派)は戦争をしたがっていて、ヴェルザルへの復讐を旗印にして暴動を起こすつもりではないかと思われる。そして王国を挑発し、戦争をけしかけさせるのが目的か。あるいは、純粋な復讐か。それが分からないこと自体が、一つの大きな問題。



※同盟などについての詳しいことは、次回のあとがきをご覧ください。

 分かり辛くて申し訳ないです。

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