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15話 不意の訪問と凶報のお話

※ややこしい話が多いです。ある程度は読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

 あとがきにまとめてあるので、もしよかったらご覧ください。

 同棲生活と呼ぶのにふさわしい生活なのか疑問ではありますが、慌ただしく充実した日々を過ごしていました。


 最初の三日は、様々なことを覚えるのに必死でなかなか色々なことに気が回らず、とにかくがむしゃらでした。

 そんな忙しい中でも、お父様がヴェルザル様に対してやけに強気というか、偉そうというか、私に隠れてこそこそとからかっているのがとても気になりました。念のため注意しましたが、大笑いされてしまいました。お父様は困ったお人です。


 三日が過ぎるとお父様はお屋敷へと戻られましたが、私は引き続きヴェルザル様のお住まいに住まわせて頂くことになりました。

 ヴェルザル様は反対されていたようですが、お父様が言いくるめてしまったようで、そういうことになりました。私としては嬉しいような悲しいような複雑な気分です。



 それからの私の一日はこんな様子です。


 朝は近くの市場やお店にその日一日分のお野菜とパンとお肉を買いに出かけて、戻ってきたらすぐに朝食を作ってヴェルザル様と一緒にお食事をします。

 それからヴェルザル様が騎士団の訓練兵舎に向かうのを見送ってから洗濯や掃除をします。朝早くにヴェルザル様がお出かけになることもあってどうしても手を抜きがちになってしまう朝食の代わりに、晩御飯はできる限り充実したものをお作りしてヴェルザル様の帰りを待ちます。

 ヴェルザル様が帰られたらお食事を一緒にして、水浴びの準備をして、ヴェルザル様が寝室に向かわれるのを見届けてから朝食の献立を考えて、私も客室で眠りにつきます。


 ……決して文句を言うつもりなどはありませんし、こうしてヴェルザル様のお役に少しでも立てることはとても嬉しいことです。


 けれど。


 ですけれども。


 ヴェルザル様は私の顔を合わせても短く「ありがとう」「すまない」とおっしゃるだけです。

 感謝や謝意はひしひしと感じますし、ヴェルザル様が気遣ってくださっているのはこれでもかというほどに伝わってくるのですが――夫婦というものはこういうものなのでしょうか。

 お父様とお母様のようにすぐに円満な関係になれるとは思ってはいませんでしたが、ヴェルザル様の遠慮がちなお姿を見ていると、私は自分が何か失態を犯してしまっているのではないかと不安になります。





 私がそんな漠然とした不安を感じながら、けれどもそれをヴェルザル様に気取られないようにしつつ、何か少しでも改善できるところを改善できるように尽くしながら日々を過ごしているところに、不意の訪問がありました。



 それは、とある日の夜のことです。

 扉を叩く音に応えてみると、そこにはウルデお兄様とその奥様のウェンディお姉様がいらっしゃいました。

 普段ならにこやかでお喋りがお好きなお二人が、緊迫した雰囲気を漂わせているのを私はすぐに感じ取りました。


「久しぶり、リコちゃん」


「は、はい。お久しぶりです。ウェンディお姉様」


「突然すまない、火急の用事でな。ヴェルザル殿はいるか?」


「はい。どうぞこちらに」


 にこりともしないウルデお兄様を見て、私は何か深刻な事態が起きているのだろうと察しました。

 寝室のヴェルザル様を起こして、四人掛けの食卓に座ります。


「夜分遅くに申し訳ありません、ヴェルザル教官」


「気にするな。久しぶりだな、ウルデ。……軽く世間話をしたいところだが、そのような余裕はないようだな。何があった?」


「……はい。国境線付近で不審な動きがありました。オルグ大道を通らずに国境線を越える人影が複数目撃されました。密輸の類ではなく、単に帝国から王国に不法入国を試みたようです」


「それを取り締まるのが国境線沿いの王国騎士団の務めのはずだが、どうして取り締まれなかった?」


「山脈から街に辿りつくまでの最短の距離を全力で走破されました。荷物の類を一切持たずに、ただ駆け抜けるような人物が現れることを想定していなかったため、馬で追いかけた時にはもう手遅れでした。街の内情にも詳しいようで、街中に姿を消してからいまだに発見に至っていません。おそらく、潜伏場所を前もって用意していたのか、あるいは用意させていたのだろうと」


 私はウルデお兄様とヴェルザル様の早口な会話の意味をほとんど理解できていませんでした。けれど、それでも伝わってくる緊張と切羽詰まった様子から、何か恐ろしい事態が起きているのだと分かりました。


「ウルデ。お前はその不法入国者の目的はなんだと考えている」


 ヴェルザル様はにらみつけている、と言ってもいいほどの形相でウルデお兄様に目を向けます。お兄様はそれに一瞬ビクリとされてから、意を決して口を開きます。


「まず考えられるのは、次の戦争に向けた偵察の類です。しかし、それはないと思われます。不法入国の手口があまりにも雑に過ぎることと、偵察するにあたってわざわざ不法入国をする必要はありません。何より、停戦を結んだ以上、これほど露骨なやり方はしないでしょう」


「理屈が通った考えだ。他の考えは」


「次に考えられるのは、王国に対する挑発行為です。帝国の主戦派にしてみれば、先の大戦の損害をなかったことにするのに最も適した行動は、再び戦争をして王国を滅ぼすことです。挑発行為をすることで王国が帝国に宣戦布告するような事態になれば、帝国の主戦派にとっては歓迎すべき事態です。それを考えれば、十分に挑発行為をする動機はあります。しかし、それにしてはあまりにも行動が杜撰すぎる。挑発行為だと誰もが認識するようでは挑発行為の意味がありません。それに王国騎士団に対して姿を見せる始めの機会がこれでは、我々に警戒をしろと言っているようなものです。帝国の主戦派の一部が暴走していて冷静さを失っているのかもしれません。……しかし、私はこうして杜撰な手口を見せること自体が目的なのではないかと考えています。王国に侵入する際の杜撰さと、侵入してからの慎重さと準備の周到さがあまりにもちぐはぐです」


 すらすらと難しそうな言葉を話すウルデお兄様を見て、私は率直に言って驚いてしまいました。いつも穏やかに笑っているウルデお兄様が、厳しい表情でヴェルザル様とお話をしていらっしゃいます。今更ながら、ウルデお兄様が王国騎士なのだと強く感じました。


「ふむ。それも理に適った意見だ。そこから導かれる結論は私のところに来たことから想像できるが……言ってみろ」


「はい。帝国の目的は、ヴェルザル教官への復讐だと思われます」


「えっ!?」


 私が思わず大きな声でそう言うと、三人の視線が集まります。


「し、失礼しました」


 恥ずかしくなって顔を伏せて謝ると、ウルデお兄様が気の毒そうに苦笑されました。


「ごめんな、リコ。……話を戻しますが、ヴェルザル教官への復讐という線で間違いないかと思われます。婚約をしてどうにも順調らしいという話は、その騎士団の中では持ちきりの噂でありますし、どこから情報が漏れ出たのかは分かりませんが、市井にもヴェルザル殿が誰とは知られていませんが女性と同棲生活を送っていることまで知られているようです。そして、その情報が流れるようになってから、国境線のあたりがにわかに騒がしくなったそうです」


「なるほど。よく分かった」


 ヴェルザル様は半ば予想していたのでしょうか。ウルデお兄様の言葉に特別驚いた様子もなく頷きます。


「私の身の回りについては特に警戒する必要はないが…… 問題はリコルット殿だな」


「ええ。幸い名前も顔も知られていないでしょうから、とにかく一度屋敷に戻ってもらおうかと思います。すまないが、そういうことだ、リコ」


「は、はい」

 

 唐突に私に話が振られ、私は戸惑いながら頷きます。


 私は話の早さにきちんとついていけていないようで自信がありませんが、つまりヴェルザル様が今後誰かに狙われることを考えると、その近くに私がいては困るということでしょう。

 私は自分の身は守れないですし、ヴェルザル様の心労になるのも避けたいです。

 ……本当のところ、不甲斐ない自分が恥ずかしくもなりますし、もっと一緒に過ごしてお役に立ちたいという気持ちはありますが、それが空回ってご迷惑になっては元も子もありません。


「本当にすまないな、リコ」


「ウルデお兄様はどうして謝るのですか?」


「王国騎士団にもっと力があれば……」


 ウルデお兄様は本当に悔しそうにそうおっしゃいます。


「こうして危険を伝えてくださるだけでも私は大助かりですから。……それで、今すぐにでも出発すべきですか?」


「ああ。婚約者がリコだという情報が広まらない内に移動するべきだな。幸い、婚約式は身内だけだったわけだから、情報はそう簡単には拡散されまい」


「分かりました。それでは支度をしますので、少しお待ちください」


「ああ。……本当にすまないな」


「いえ。それでは、失礼します」


 私はそう言ってあてがわれている客室へと足を向かわせるのでした。




   ◆◆◆




「……ヴェルザル教官」


 リコルットの姿が見えなくなったのを確認してからウルデがそっと口を開く。


「リコルット殿には聞かせられない話か。そちらの奥方が話してくれるのだろうか」


「は、はい」


 ヴェルザルの言葉にびくりと反応するのはウェンディだった。


「なぜ、わざわざ奥方を連れてきたのか不思議だったのでね。それで、話とはなんだろう」


 ヴェルザルはウェンディに話すように促すと、緊張した面持ちでウェンディが語り出す。


「その、どこまで本当の話か分からないので、そういう噂がある、ぐらいに収めてほしいんですけど」


 ウェンディはそう前置いて言った。


「その、私は実家が金具屋をやっていて、金属製品全般の卸売を引き受けることが多いんです。それで近頃、武器の売れ行きが妙にいいのがとても気になって」


「……ほう」


 ヴェルザルはその言葉の意味する先を想像して、表情を険しくする。


「それも、たくさんの人が買いに来る、という感じではなくて一人の人が複数の武器を購入して帰る……ということが多いんです。それでいて同じ人が二回以上来ることがないのがすごく不自然で」


「……それは確かにきな臭いな。しかし、武器の貿易は禁止されているはずだが」


 ヴェルザルがウルデに視線を向けると、ウルデは頷いた。


「はい、その通りです。オルグ大道の検閲はこれ以上なく厳しく行われています。また、大量の武器を持ってオルグ大道以外を通行することも不可能でしょう」


「……つまり、その武器を大量購入している人々は、この王国内のどこかにその武器を溜めこんでいるということだな」


 ヴェルザルは目頭をぐっと抑えてそう呟くように言った。


 たしかにわざわざリコルットに伝え聞かせて不安がらせる必要はないような話だというのはヴェルザルも強く感じるところではあったが、その話が事実であれば、それが意味するところはあまりにも重い。それこそ、リコルットだけではなく、王国の領民全てにとって由々しき事態になりえた。

 王国内で暴動を起こすつもりなのか。あるいは英雄であるヴェルザルへの純粋な復讐なのか。その真の目的は、再び戦争を起こすことなのか。いずれにしても、王国に住む人々にとっても、王国騎士団にとっても、頭痛の種という他ない。


「――――戦争は、いつ終わるのだろうな」


 ヴェルザルはそう漏らすように呟き、その表情を歪ねた。




 かくして、王国内における騒動の幕は、知らずの内に上がっていくのである。



《今回のお話の概略》

・国境線沿いで帝国民が不審な動きを見せる。

・その行動が杜撰すぎることから、帝国の一部の人間の暴走である可能性。あるいは、あえて杜撰さを演出することでそう思わせることが狙いか。

・今後の帝国は、おそらくヴェルザルへの復讐。あるいは、復讐を名目にした王国に対する挑発行為。

・ヴェルザルの周囲は今後危険が予想されるため、リコルットは屋敷に戻ることに。



王国と帝国についての細かい話は、次回のお話で出てきます。

これまたややこしいお話になるので、あとがきにまとめるつもりです。


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