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12話 同棲生活を始めることになるお話

《登場人物紹介》


【リコルット・ルーデランド(主人公、女性、侯爵令嬢)】

高級なものを好まず、家事が好きな貴族らしからぬ少女。十八歳。

自分の身を助けてくれたヴェルザルに対して怯えた態度をとってしまったことを後悔し、同時にヴェルザルの優しさに触れたことで、改めて恋い焦がれている。


【ルグルド・ルーデランド(主人公の父親、男性、侯爵)】

リコルットの父。愛妻家であったが、妻を病で亡くしている。五十六歳。

どこかのんびりとした空気を漂わせている。

突拍子もないことを言いだしたり考えたりするところがあり、近しい人間ほど彼を警戒することになる。


【ヴェルザル・クロスガーデ(主人公の思い人、男性、王国騎士団教官】

かつて英雄と呼ばれた男。五十三歳。

帝国との大戦において、戦場の最前線に立ち続けて武功を重ねた。

そして戦争を経て、大の男ですら怯えるほどの覇気を纏う。

そのせいか、女性との縁はまるでなかった。

 婚約式は、ごくごく少数の親しい身内の方のみを集めた小さな式でした。

 顔を知っているだけに、とてもくだけた雰囲気の式で、私もとても気が楽で、緊張もせずに祝福を受けることができました。

 それはとても幸せなことだったのですが、肝心のヴェルザル様は式の最中ずっと上の空でいらっしゃったのがとても気がかりでした。


 ヴェルザル様が上の空になってしまった原因ははっきりとしています。

 それは、私の年齢です。

 十八という歳は結婚をするのには早い歳ではありませんが、五十三にもなるヴェルザル様にしてみれば幼すぎると感じられるのは無理からぬことでしょう。

 それも、私の歳を三十一だと聞いていらっしゃったのですから、動揺するのはむしろ当然のことのように思います。


 婚約式の最中もその後も色んな方とお喋りをしたり、今後の話をしたりと楽しい時間を過ごせたのですが、肝心のヴェルザル様とはほとんどお話できませんでした。

 そしてその翌日は様々な後片付けだったりご挨拶だったりと忙しく片づけをしているうちにあっという間に過ぎてしまいました。お父様は私とは別行動で、挨拶周りをしていたようで、その真意については問いただすことはできませんでした。



 ◇◇◇



「お父様。私の年齢を偽ってヴェルザル様にお伝えするのもどうかと思いますが、それにしても限度というものがあると思うのですが」


 婚約式の翌々日の朝です。

 食堂には私とお父様がいます。


 気分が滅入るような話は食事を終えてからにしようと思い、私はその時を待ち構えていました。

 お父様は私にこうして詰め寄られることを予想していたのでしょう。

大げさなまでに渋い顔をしたお父様を私は問いただします。


「あれはよかれと思ってだね」


「ヴェルザル様をあれほどに動揺させて、よかれと思ってだなんてそんなこと」


「いやいや、本当にすまなかったとは思ってるんだが、十八だなんて伝えたらそもそも婚約式の場にすら現れないかもしれなかった。ヴェルザル殿にしてみれば、まさか十八の娘が自分を慕っているだなんて思いもしないだろうし、無理やりなものだと判断されてしまうのはこちらとしては不本意だろう?」


「それはそうですが……」


 最初から十八の娘だと聞かされていらっしゃったら、『相手の女性が可哀想だ』とおっしゃって何をやってでも破棄させたのではないか、という予感はいたします。

 けれどだからと言って何をしても良い訳ではないとは思うのですが、代案が浮かぶわけでもないのでそれ以上強く何かを言うことはできませんでした。


「ちなみに私を含めて今回の一件を企んだ人間にはヴェルザル殿からお声が掛かっていてね。そこでしっかりと説教なり罵倒なりを受けることになるだろうから、それで許してほしいな。

それよりも、今後の話をしよう」


「今後、ですか」


「そう、今後だ」


 許してほしい、だなんて直前に口にしたとは思えないほどに、お父様の表情は悪戯を思いついた子供のように輝いています。


「婚約式が終点なわけではないのだから、もちろん今後のことも考えなくてはならない。つまりは、結婚に向けて、ということだね」


「……はい」


 私は身の引き締まる思いがいたします。

 

 ――本来、婚約というものは気軽にできるものではありませんし。

 ひとたび婚約をしたのであれば、そのまま結婚をするのが世の常です。


 そういう意味では、ヴェルザル様は世の常からは大きく外れてしまった方です。

 爵位の高い貴族と強引に婚約を取り交わされ、それを相手の娘に気を遣って破棄。

 そんなことを繰り返してしまえば、ヴェルザル様に限っては婚約というものの価値は本来の婚約とは異なるものになってしまいます。

 もちろん、だからといって全くの無価値というわけではありませんが、婚約していただけたからといって結婚できるというわけではないことは確かでしょう。


「リコはどうするべきだと思う?」


「私が、ですか?」


「うん。リコが」


 てっきりまた唐突に何かをするように言われると思っていたので、少し驚きました。


「私は……もっとお話をする機会を作りたいと思っています」


「ふむ。そのためにどうするの?」


「えっと、一緒にお食事をしたり」


「飯屋デカンズで食事をするのは無理だろうし、他にヴェルザル殿の行きつけのお店なんてものがあるのか僕は知らないけど、リコにはどこかいいお店の心当たりなんてある?」


「うっ、それは……ありませんが……」


 今日のお父様はいつにも増してなんだかいきいきしていらっしゃいます。


「だとすると、お食事っていうのは難しいかもしれないね。他に案は?」


「え、えっと……ヴェルザル様のお休みの日に一緒に散歩などは」


「ヴェルザル殿はあの風貌で人を怖がらせてしまうことに気を遣っている方だよ? どこを散歩するつもりかは知らないけど、それはヴェルザル殿も喜べるものになるのかな?」


「うぅ……」


 まるで私の考えを全て知っていたとばかりに口早に反論されてしまっては返す言葉がありませんでした。


「もしもリコに考えがないのなら、私に良い考えがあるんだが、どうだろう? 聞いてみないかい?」


「……どうか、お聞かせください」


 完全にお父様の術中にはまってしまったようです。

 私にこれだけ回りくどく言うことを聞かせようとするということは、きっととんでもないことを言うに違いありません。


「同棲生活、してみたらいいんじゃないかなと思うんだ」


「……はい?」


 私は自分の耳を疑いましたが、にっこりと微笑むお父様を見ているとどうもそうではないようでした。


「同棲。ヴェルザル殿にはお仕事があるだろうから、リコがヴェルザル殿のお宅に住まわせてもらうことになるかな。明日ぐらいには行けるように手配しよう」


「住まわせてもらうことになるかな、ではなくてですねお父様。そんなことをまたヴェルザル殿に無断で思いついて当然のようにその計画を進行させるのはおやめください」


「まあまあ。そうは言うけど多少強引に動かないとヴェルザル殿と仲良くなんてなれないからね」


「それとこれとは全く話が別です」


 私がそう強く言い切ると、お父様は苦し紛れにとんでもないことを言いました。


「まあまあ。実はもう手配は始めているんだ。それにヴェルザル殿に話は通してあるし、了承は得られたんだ」


「…………え?」


 お父様がしれっとおっしゃったことの意味が一瞬よく分かりませんでした。

 

 手配は始めている。

 話は通してある。

 了承は得られた。

 

 もしも全てが本当だとすると、先程までの問答の意味はほとんどないようなものです。

 それにお父様があの大げさなまでの渋い顔の裏でこれだけの計画を隠していたとすると、私はもうどうにかなってしまいそうなほどに悔しい気分でした。


「最初からそのつもりだったのですね、お父様」


「うん。だけど一番納得できる形がいいかなと思ったからね」


「そうですか……」


 私は深くため息をついて、改めてお父様と向き合います。


「分かりました。……本当にヴェルザル様にご了承を頂けているのですよね」


「それはもちろん。どんな手段を用いても、ヴェルザル様に嘘の了承を得られたりはしないさ」


「…………」


 どの口がそんなことを堂々とおっしゃるのでしょうか。

 私は呆れながら、同時に諦めてもいました。

 私がどのようなことを考えても、お父様の策謀に勝てるはずもありません。


「分かりました。それでは支度をいたします。どのぐらいの間住まわせて頂くことになるのでしょうか?」


「ヴェルザル殿には三日程度とお伝えしてある」


「三日、ですか」


 私は持っていく衣服などの数量を考えながらそう答えました。

 

「そう三日。ヴェルザル殿が許せば、いつまでも滞在してくれていいんだよ」


「そんなまた簡単におっしゃらないでください。とにかく三日ですね。そのつもりで支度をします。それでは失礼します」


 私はそう言い残して食堂から厨房へと戻りました。




 今朝の食事に使った食器や調理具を片付けながらも、同棲の話が頭から離れませんでした。

 熱を出したかのようにうかれてしまいます。


「ふぅ」


 いつもよりも落ち着きがないせいか、少し時間が掛かってしまいましたが一通りの後片付けを終えると、私はほっと一息つきます。

 そして、私はお父様の言葉を思い出します。

 あのヴェルザル様のお住まいに、住まわせて頂くのだということを。


「……どんな格好をしていけばよいのでしょう。きちんとお顔を見てお話できるでしょうか。それにお食事を作らせて頂ける機会があるといいのですが、果たして満足して頂けるのでしょうか」


 考え始めるとキリがなくなってしまいそうです。

 ふわふわとした思考が頭の中を巡り続けていて酔っぱらってしまっているようでした。


「ヴェルザル様……」


 私はそう口に出して、ふと思います。

 

 あのヴェルザル様が、そんな簡単に同棲を許してくださるのでしょうか。

 もしも認めてくださったのであれば――それは私を認めてくださったということにもなるのではないでしょうか。


「……えへへ」


 不意に笑みがこぼれてしまって、慌てて気を引き締めます。


「気を緩めてはいけません。これからです! 頑張ります!」


 私は厨房で一人そう誓うのでした。




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