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11話 婚約式のための衣装と化粧を考えるお話

※登場人物確認


リコルット・ルーデランド………主人公。18歳。


ウェンディ・ルーデランド………主人公の兄ウルデ(32)の妻。金物屋の娘。24歳。

               肩に届かないくらいのふんわりとした茶髪。

               活発できさくな女性。


アンリエッタ・ルーデランド……主人公の兄アラガン(36)の妻。商人の娘。42歳。

               綺麗な金髪を几帳面に切りそろえている。

               いかにもおカタい、真面目な女性。

 その仕立て屋さんは、お兄様たちの結婚式の際にもお世話になったところで、街にある仕立て屋の中では高級店に当たる大きなお店です。

 当日のお化粧や着付けも手伝ってくださるので、非常にありがたい仕立て屋さんで、少しお値段は張りますが、それ以上のお仕事をしてくれるお店です。


「あら。アンリエッタ様に、ウェンディ様。それにリコルット様まで! 何か目出度い催しでも開かれるのですか?」


 店員さんは私たちの来店に気が付いて声を掛けてくれます。


「ええ。リコルットさんが今度婚約式を開くことになりましたので、そのための衣装をお願いします」


 アンリエッタお姉様がそう答えると、店員さんは目を見開いて、それから手を合わせて喜んでくれました。


「おめでとうございます! それではとびきりのドレスをお仕立てしなければなりませんね! どのようなものをお求めですか?」


「派手過ぎず、幼過ぎずって感じのドレスが理想かな?」


 ウェンディお姉様は店内を見渡しながらそう答えてくださいます。


「なるほど。派手過ぎず、幼過ぎず、ですね」


「できれば、相手の方を安心させられるようなものだと嬉しいです」


 私がそっとそう付け加えると店員さんはにこりと笑います。


「お任せください。少々お待ちください」


 店員さんはそう言うなり店の奥へと消えてしまいました。


「今のお願いでドレスを仕立てられるのですか……?」


 私がこれまで仕立ててもらっていたドレスが、お父様や店員さんに任せきりだったので、こうして実際にお話をしてドレスを仕立ててもらうのは初めてです。


「とりあえずいくつか案を考えてくれると思うよ。そんなすぐには決まらないし、長丁場になると思うから覚悟してねー?」


 ウェンディお姉様はいたずらっぽく、おどかすようにおっしゃいます。


「こういうものは一生の記念になるものですから、妥協せずにしっかりと選ぶのですよ、リコちゃん」


 アンリエッタお姉様は、真剣な表情でそうおっしゃいます。


「……なんか意外ですねー」


 ウェンディお姉様がそう言うと、アンリエッタお姉様は眉をぴくりと動かします。


「意外とは、どういう意味ですかウェンディさん」


「あ、別に悪い意味じゃないんです。ただ、やり手の商人っていうイメージがあったので、なんだかそういうところへの出費は嫌いそうだなーと」


 ウェンディお姉様はアハハと笑いながらそうおっしゃいます。

 アンリエッタお姉様は呆れ顔でため息をつきます。


「私のことをどう思っているのかよく分かりました。……もっとも、そう考えていた時期もあったのですが」


「そう、なのですか? どうして心変わりを?」


 私が尋ねるとアンリエッタお姉様は失敗した、と言うように目をそらします。


「……それは」


「私も聞きたいです! あ、もしかしてアラガンさんの影響ですか!?」


「……!」


 ウェンディお姉様の言葉にアンリエッタお姉様は分かりやすく反応を示して、それから諦めたようにまたため息をつきます。


「ええ。そうです。あの人の影響ですね」


「どんなことを言われたんですか?」


 ウェンディお姉様は情け容赦なく追及します。


「あなたもなかなか遠慮のない人ですね。嫌いじゃありませんが」


「物を売る立場の人間が遠慮なんてしてたら立ち行かなくなっちゃいますからね!」


「……まぁいいでしょう。アラガンは、真面目さを捏ねて人形にしたような男ですが、あれで意外と季節の行事や祝い事を好むのです」


「へぇー! ウルデもそうなんですよ」


「そうなのですか。……もしかするとこれは」


 お二人は揃って私の方を見ます。


「はい、ご想像の通りです。我が家……というよりもお父様とお母様がそういったものをとても大事にする人でした」


「なるほどー。それが家族全員に引き継がれてるわけなんだね」


 ウェンディお姉様はうんうんと頷きます。


「『いつか思い出になるものを、妥協に塗れさせてはいけない』というのもおルグルド様お言葉なのですか?」


「はい。口を酸っぱくして言われました。思い出の中に何か妥協があると、後で悔いになって惜しくなってしまうからと。それはじわじわと心を枯れさせてしまう怖いものだ、とよく聞かされました」


「そうなんですね。……ふふ。今ならその言葉の意味がよく分かります」


 アンリエッタお姉様はくすくすと笑います。

 その隣でウェンディお姉様は不思議そうにしています。


「つまり、どういうことなのリコちゃん?」


「そうですね…… 例えば、結婚式を開くという時に、お金を惜しんで質素な式にしたとします。すると、お金は節約できますが、いつかきっと後悔してしまう時が来ます。『どうしてお金を掛けて、もっと盛大に祝わなかったのだろう』と」


「でも、お金を節約するのも大事だし、あんまりお金を掛けるわけにもいかないよ?」


「おっしゃる通りです。なので、これは気持ちの問題なのです」


「気持ち……?」


「お金を惜しんだ理由が節約であって、その後の何かのためであれば、きっと後悔はしません。けれど、それがただの吝嗇や怠惰が元なのであれば、きっと後悔します。ほんのわずかな後悔だったとしてもそれを積み重ねることで、いつか全てのことに対して億劫になってしまう。それはとても悲しくて、つまらないことだと。……私はそう教えられました」


「ふぅん。なかなか極論な気もするけど、面白い考え方だね!」


 ウェンディお姉様はニッと笑ってそうおっしゃいます。

 あまりにも歯に衣着せぬ物言いに、私もにっこりしてしまいます。


「ものすごくざっくり言ってしまえば、いつか後悔しないようにどんなことにも全力で当たった方が人生楽しいですよ、ということです」


「あ、それは分かりやすいしとっても賛成できるね!」


「……それならば、なおさら今日の衣装選びには妥協ができませんね」


 アンリエッタお姉様はにっこりと、まるで獲物を見つけた蛇のように笑います。


「私も妥協は嫌いです。……納得できるまで検討しましょうね?」


 その口ぶりはアラガンお兄様に少し似ていらっしゃいました。」


「私たちも手伝うから、素敵なドレス、選ぼうね!」

 

 ウェンディお姉様はそう言って少年のような元気で無邪気な笑顔を浮かべます。


「はいっ! お二人とも、改めて今日はよろしくお願いします!」


「随分と盛り上がっていらっしゃいますね?」


 ちょうど店員さんが戻ってきました。

 その手には画帳を持っています。


「デザインの案ができたので、少し見てもらいながらご意見頂けますか?」


「はい、もちろんです」


「それでは早速……こちらです」


 店員さんはその画帳をこちらに向けます。


 そこには、優しい桃色で彩られたドレスのスケッチが描かれています。

 肩口は露出していますが、それほど激しいものではなくて、とても落ち着いた印象のドレスです。


「わぁ……綺麗です」


 私は思わずそう声に出してしまいます。

 店員はそれを聞いてにこりと笑顔を作ります。


「ありがとうございます。……ですが、これはまだ試作の段階で、完成品の構図ではありません。これをもとにより良いものを仕上げていきましょう。それとご確認したいのですが、お化粧についてはどのようなものを想定されていますか?」


「お化粧、ですか」


 ドレスで頭がいっぱいで、頭から抜けてしまっていましたが、よくよく考えればお化粧をした上でドレスを着るわけですから、どのようなお化粧をするのかはとても大事なことです。


「派手過ぎないけど、大人びて見える。そのような化粧をすることになります」


 アンリエッタお姉様が答えると店員さんは唸ります。


「なるほど……ふむ、それはなかなか難しいですね。リコルット様はお若いですし、顔も幼く見えますから、大人びて見せたいのであればそれなりに濃い化粧を施すべきだと思いますが」


「相手の人がおカタい人なんですよ。だからできる限り派手にならないようにしたいんですよねー」


 ウェンディお姉様の言葉にさらに店員さんは唸ります。


「……と、なると化粧の濃淡ではなくて形と立体感で艶っぽさを演出していくべきでしょうね。ちなみに、お相手の方はお化粧に詳しい殿方でいらっしゃいますか?」


「いえ、そんなことはないかと。むしろ無関心な方だと思います


 もしもヴェルザル様がお化粧に詳しかったらびっくりですが、おそらくそんなことはないでしょう。


「なるほど。それであればやり方はいくらでもあります。これから試行錯誤を重ねていきましょう」


「はい! よろしくお願いします!」




 ――それからの時間は、長いようで終わってみるとあっという間でした。

 アンリエッタお姉様とウェンディお姉様と店員の方と一緒にあれやこれやと議論を重ねて、実際にお化粧をしてみて、それに近い衣装を借りて着て、それからまたああでもないこうでもないと議論を繰り返しました。

 きっとお父様やお兄様たちにはできないその議論の末に、ドレスとお化粧をどうするかを決めることができたのです。



「これで婚約式に自信を持って臨めますね」


「ばっちりだよリコちゃん!」


「リコルット様。当日のお化粧、着付け、お任せください!」


「はい。今日は本当に、ありがとうございました!」


 私たちの顔は、一仕事終えたかのようにさっぱりと爽やかでした。

 アンリエッタお姉様もウェンディお姉様も、自分のことのように喜んでくださって、ついつい口元が緩んでしまうほどに嬉しくなってしまうのでした。





 こうして私はドレスとお化粧を決めることができて、いよいよ婚約式を迎えることになるのでした。

 




 

 

 


※ようやくプロローグに追いつきました。

 ここまで読んでくださった皆さんありがとうございます、そしてこの後も読んで頂けると嬉しいです。

 更新不定期になってしまうかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

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