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魔法学校の次元使い  作者: Tsuki
入学編
7/13

名前

 転移後、一番最初に見たのは右手に酒、左手に提出完了の承諾書を持って椅子に座っていたアドルフだった。


 僅かな着地音と同時に俺の黒髪がふわりと揺れた。

 こちらをを見たアドルフ、最初はぼーっとしていたが徐々に驚愕を表した表情に替えていく。

 右手の酒を机に置き、左手の紙をさっと背中に隠した。だが瞬時に今頃隠しても遅いと理解したのか、提出完了の承諾書を酒の横に置いた。


 いきなり現れた俺にアドルフが驚くのは分かる。

 だが、この状況には俺も驚く。

 たった10分で山のように積まれていたあの書類をきちんと整理して、提出まで済ませたというのか。

 いや早すぎる。承諾書を一瞬隠したところを見ると、何か卑怯な手でも使ったのだろうか?

 ただの勝負事にそこまでするのはアドルフの性格上あり得ない。

 実際、こんなアドルフ今まで一度も見たことがなかった。

 

 少しの間止まっていた時間がアドルフの微妙な切り出しで動き始めた。


 「お、おう、エストずいぶん早いな・・・・・・・というのかどこから出てきたんだ?」

 「今回、自分は新次元魔法を使いました。確かに自分でも早いと思いましたよ。魔王軍を倒すのは時間が掛からない。しかし、どうしても移動に時間が掛かってしまう。そこまで読んだ上で勝負を挑んできたアドルフさんに余裕で勝ってやろうと考えていましたが・・・・・・・さすが歴代最強と謳われた元宮廷魔術師で現ブレンシア王国防軍総隊長のアドルフさまですね、仕事が早い!」


 俺はややオーバーリアクションでアドルフに詰め寄り、真意を確かめようとした。

 大方、大勢の部下に手伝って貰って、すぐに提出した。そんなところだろう。

 ただし、そこまでして俺にさせたかったことが分からない。


 十数秒睨み付けるとやっとアドルフがおれた。

 

 「すまん、エスト。無理言って通したい用件があってな、少し強引でも勝負事でなら君も納得すると思ったのだ」


 やはりな、何かあったのだろう。


 「そんなことなら話して下されば良かったのに。用件とはなんですか?」

 「エスト」

 「はい」

 「魔法学校に入学してほしい」

 「良いですよ」

 「・・・・・・・良いのか?」

 「はい」

 「これから話すことを聞いてもその意見は変えないな?」

 「それは・・・・・・・内容によります」

 

 魔法学校。それは魔術師を育成する教育機関のことであり、ひとつの国にひとつしかない。

 国の各地から魔術師になりたい者が集まるため、倍率が普通の学校を遥かに上回る。

 高等部と中等部に分かれており、俺の年齢からすると高等部から入学するみたいだ。

 この国の魔法学校の名称は国立ブレンシア魔法学校だ。


 俺は前々から学校というものに興味を持っていた。

 国防軍には俺と同い年、もしくは年下がいない。なので今同年代はどうしているかなど全く知らない。

 町に出たのも結局、軍に入ることになったあの時と仕事の手伝いで町の見回りをした時だけだった。

 それ以降は軍の施設と国外の魔物の巣窟を往復するだけにとどまっている。

 何せ、軍の施設は必要なものが全て揃えられている。町に行く必要がなかったのだ。

 なので、口ではああ言ったが多少の不便があっても学校には行くつもりだ。 


  

 アドルフは真剣な顔つきになり、俺をことをまっすぐと見据えた。

 いきなり空気が変わったので、俺も気持ちを切り替えた。

 

 「今から話すことは全部で三つだ。まず一つ目なぜ魔法学校に行かせるか、それはエスト、君自身のためだ」

 「自分自身ため?」

 「そうだ。君自身のためというのは、エストには学校を通じていろんな経験をしてほしいのだ。軍の中だけでは学べないことが世の中に沢山ある、君はあらゆることに達観しているせいか若いながらも大人に見られることが多い。でも君はまだ15歳、知識はあるが経験はない。同年代の子と比べて自分と何が違うのか、自分の良い所はどこか、将来自分はどうなっていたいか、それを学校生活の中で経験し、考えていって欲しい」

 「はい、自分のことをそこまで考えて下さり本当にありがとうございます」

 「なに、君を軍に招いたのはこの私なのだ。当然ことだろう」


 俺は素直に感謝の気持ちを伝えた。アドルフは捨てられた俺に手を差し伸べ、ここまで育ててくれた。

 さらには、将来のことまで考えてくれていると言う。

 この恩は俺の一生を懸けて返しても余りある価値がある。

 

 「それに魔法学校を卒業すれば魔術師の資格も取れる。これがあるだけで将来の選択肢の幅がかなり広がるだろう。」

 

 なるほど、魔法学校にはそういった特典もあるのか。

 軍にも魔物討伐以外に依頼がくることがある。ただし、大体が魔術師免許が必要で俺はついて行くことが出来なかった。免許が取れると受けれる依頼の幅も広がりそうだ。

 

ここまでのことはどれも自分にとってプラスのことであった。

 それは普通に頼まれても了承したぐらいに。

 話の前から気になっていた疑問をアドルフに聞くことにした。


 「今の話を聞いて、自分に無理に通そうとした理由が分からないのですが」

 「その理由が二つ目だ。ここまでしたのは理由がある。それは、こうでもしないと君がこの話を受け入れてくれないと思ったからだ」

 「だからそれの――」

 「エスト」


 「君が魔法学校に入学する時期と同じくしてオルフォード家の長女レイラ=オルフォードが高等部1学年から2学年に、そして次女のエミリア=オルフォードが中等部から高等部の1学年へ、他にもこの国の名家の人間がここ三年間で揃う可能性がある」

 「なっ」


 俺の背中に衝撃が走った。

 頭の中で軍に入る前の記憶がフラッシュバックする。



 『この家から出ていけ、そして一生オルフォードの名を名乗るな』

 


 「う・・・・・・・なるほど、あの二人ですか、確かにオルフォード家とは関わりたくないですね、出来れば他の名家とも」


 俺は他の名家には隠されて育てられたらしいが、名家相手ならどこからか情報が漏れていてもおかしくはない。

 もし、俺の情報が漏れていたらどうなるだろうか。

 外の世界に出たら、オルフォードや他の名家の人間が俺を殺しに来るかもしれない。

 次元魔法でも対処出来ない場面が出てくるかもしれない。

 思考がどんどんマイナスのほうへ傾いているのが、自分でも分かる。


 そんなときアドルフが声を張り上げた。


 「エスト! 弱気になってはダメだ。今、君の世界は広がろうとしている。家族に捨てられ、軍の中だけで過ごしてきた君に。確かに怖いかもしれない。苦しいかもしれない。過去の自分を知っている人に出合ってしまったらまた傷ついてしまうかもしれない。でも! 君は変わらなければならない。ただ(・・)の戦略級兵器から一人の人間として。大丈夫だ、学校から軍の施設は遠いが君がさっき使った転移する次元魔法でもなんでも使って帰って来い。私は何時でもここにいるからな」

 「うっ・・・・・・・いや、ちゃんと仕事してください」

 「はっはっはっ、そうだなS級の魔物でも倒して待っているとしよう」

 「もう、あなたって人は・・・・・・・」


 気持ちがスーッと軽くなっていくのを感じた。

 俺の頬に何かがつたっていったが気にしない事にした。

 ああ、家族ってこんな感じだったんだろうな。 

 胸の奥が温かい。


 「あ、次元魔法って機密魔法でもあるのでむやみに使ったらダメなんじゃないですか?」

 「っと、そうだった。こほん、総隊長として命令する。魔法学校では次元魔法も他の機密魔法も非常時以外使用を禁止する」


 アドルフがいきなり総隊長口調になるので俺も慌てて応対する。


 「え・・・・・・・し、しかし魔法学校の入試には実技試験があると聞きます。それでは自分は入試に受かることが出来ないのではないでしょうか」

 「それもそうだな、君は次元魔法以外ダメダメだからな」

 「地味に気にしているので言わないで下さい」

 「非常事態ってことで使ってしまえ」

 「非常事態の定義ゆるすぎです」


 そういえば、とアドルフが何か思い出したように言った。


 「実はこの作戦、5年ぐらい前から考えて準備をしていたのだ」

 「なんてことに労力を使っているんですか」

 「5年前から私専用の紙生産用魔道具で1日に3、4枚ぐらい」

 「え、じゃああの書類の山は?」

 「全て偽物だ、君が出て行ったあと、一瞬で燃やしたよ。いやー5年って長いね、良く燃えたよ」

 「まさかのカミングアウト・・・・・・・」

 「じゃあカミングアウトついでにもう一つ、君を学校に行かせろと最初に言ったの国のお偉いさん方だ。それに私が賛同した」

 「えー」

 「5年前から次元魔法を使えるようになっただろう? それを国に伝えたらどんな奴だ、と言われてな。10歳の子供です、特例で軍に住まわせてます。と返したら、自立出来る年になったら学校行かせろ! となってそれを聞いていたお偉いさん方と私が、それだ! となった」

 「なにそのコント」

 「いや、本当はちゃんとした理由がある。魔術師の教育的指導をまだ受けてない幼い子供が戦略級の魔法をむやみに使ってしまったら、いつこの国が消えてもおかしくはない、ということだ。一応、私も次元魔法の重要性については教えたはずなのだが・・・・・・・」

 「それはこの次元魔法でどれだけの数の魔物、敵国の軍隊を滅ぼせるかの重要性だけでした。危険とか危ないと言った単語を聞いた覚えはありません。まあ、機密魔法に認定されてからあまり使いませんでしたが」


 ぐだぐだとした絡み合いを続けて話すことがなくなりかけた頃、よしっ、と言ってアドルフが立ち上がる。


 「貴官に任務を与える。願書を出して来い、君が軍の人間であることは最重要機密だ。軍の人間と国の一部の人間しか知らない。分かっているな」

 「了解、しかし名前の欄はなんと記入しましょう?」

 「それはそのままエストと・・・・・・・ふむ」


 アドルフは数秒考えて、答えた。


 「では、今日からお前(・・)の名は、エスト=レイモンドだ」

 「了解!」


 俺は今までしたことのない最高の笑顔で返事をした。

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