出会い
森は案外早く抜けられた。
どこからか魔物が現れると、男は圧倒的な攻撃力を持つ上級魔法を連発して、魔物たちを次々と撃退していった。しかも無詠唱で。
俺は、森から町に着くまでの短い時間で、彼という人物がどれほど強大であるかを思い知ったのだった。
俺が住んでいた町『ルインシーネ』に着くと、男は着ていた紺色のコートを脱いで近くの酒場に入る。
オルフォードの屋敷がある方向を見て、呆けていた俺は慌ててそのあとを追った。
酒場の入った彼は酒とジュースを1杯ずつ頼むと、二人用テーブルの片方の椅子に座った。
俺も、もう片方の椅子に座る。ほどなくしてテーブルに酒とジュースが運ばれてきた。
彼は酒を一口飲んでから話を始めた。
「では、自己紹介から始めよう。私はアドルフ=レイモンド。元宮廷魔術師で現在はこのブレンシア王国の国防軍総隊長を務めさせて貰っている」
俺は納得する。なるほど、だからあれだけ強かったのかと。
宮廷魔術師、それは国がかかえる最上級魔術師で、10年に1度ブレンシア王国の魔術師の中から一人選出される。国の中で一番の魔術師に与えられる全魔術師憧れの役職だ。
選出方法はその年によって変わるらしい。ただ高難度の最上級魔法を使えるだけではなく王国の知識となりうる役職なので、様々なことに対応出来る臨機応変さが求められる。
そしてもう一つ、国防軍、通称、軍。それは災害や魔物たちからこの国を守るために国が保有する軍隊で、上級魔術師レベルの魔術師や王国騎士団レベルの剣士が沢山いると聞いたことがある。しかし、その全貌は国の法で隠されているので、元名家の人間の俺でも詳しいことは何も知らない。
「君の事情は先ほど話してくれた通りに理解している。そこで一つ提案なのだが、この後行くあてがないのなら、私のところに来ないか?」
「それは、国防軍に入れ、ということですか?」
「そうなるな。ただし書類上だけだ、そうすれば施設のひと部屋ぐらい貸してやれる」
俺はジュースを一口飲む。柑橘類特有の酸味を味わいながら思考に浸る。
その提案はこちらとして嬉しい限りなのだが、問題点がある。部屋を貸して貰っても生活できるだけの金がない。だからといって彼に何でもかんでも頼りきりになるのは良くない。
この状況を切り抜ける方法あるにはある。働いて稼ぐ。しかし、残念ながら働けるのはこの国の法で15歳になってから。俺はまだ8歳なので働ける年齢には達していない。
年齢制限の無い冒険者になろうにも森でやったあんな戦闘を繰り返していたらすぐに死んでしまうだろう。
そんな考えを読み取ったのか、アドルフは話を続けた。
「生活面は問題無い、たまに私たちの仕事を手伝ってくれればそれに見合った報酬を出そう。施設に生活必需品は揃えられているし、食堂もあるので好きに使ってくれて構わない。もちろん、子供で国防軍に入るなど前代未聞のことなので多少の不便はすると思うがそこは了承してくれ。それに機密を守る条件で外出の許可をとってやっても良い」
ほう、軍も多少の融通はきくようだ。だが、今重要視する点はそこじゃない。
先ほどは考えを読まれたが、今度は先に疑問を口にする。
「そのことについて疑問があります。あなた方の仕事というのは、魔物の討伐のことですよね? しかし、先ほど話した通り、自分にはそれを手伝うために最低限必要な武術の心得も魔法の才能も有りません。よって自分が仕事の手伝いをしてしまうとアドルフさんと他の軍の方たちの足を引っ張り、仕事に支障をきたすことになり兼ねないと考えられるのですが」
それを聞いたアドルフは、待ってましたと言わんばかりに口の端を吊り上げた。
何故か嫌な予感がしたのは気のせいだろうか。
「大丈夫だそれも問題無い。何故なら私が君を鍛えあげるからだ」
気のせいではなかった。国防軍総隊長直々の訓練指導だと?俺を殺す気か?
国防軍の全貌は世の中に知らされていないけれど、この噂だけは国民の大半が知っているだろう。
『軍の訓練は死ぬほど辛い』
ある時、国防軍を引退した一人の男が酒が入っていたせいか軍の訓練のことを暴露してしまったそうだ。
話の訓練の内容はどれも凄まじい物だったらしい。
今ではその話にあらぬ尾ひれが付き、手足がもがれても戦闘を続けさせる、魔力を持たない軍の人間は無理やり魔力を流して人造魔術師となり、魔法の訓練をさせるなど非人道的な訓練が日々なされているとか。
実際は魔力を持たない生物に魔力を流しても魔法を使えるようにはならないと証明されているらしい。
と、脱線しかけたので、思考をもとの路線に戻す。
軍は一応、志願制をとっている。
国防軍の決まりで18歳になれば、誰でも入れるようになるのだが、入った人の約8割は最初の訓練でリタイアするそうだ。
このように軍は危ない。近づいてはいけない。
俺はどうやってこの申し出を丁重にお断りしようか考えていると、いつの間にか酒を飲み干していたアドルフがやる気に満ちた表情で俺の両肩をがっしり掴み、楽しそうに言った。
「ここ最近、S級の魔物があまり出現しなくなってな。私の出番がないのだ。つまり、私は暇なのだ。大丈夫、悪いようにはしない。君も私にかかれば2年後には立派な国防軍の一員なるだろう」
「え・・・あ、あの・・・・・・」
S級の討伐なんかやっているのか? この人本当にすごいな。
魔物には危険度をあらわしたランク付けがされており、D<C<B<A<Sとなっている。ちなみにS級は国一つ破壊する災害指定レベルの魔物だ。
森で戦った狼の姿をした魔物は多分D級だろう。
というか、総隊長が暇してるってどうなんだ。
それよりもなんか、俺が国防軍に入るの確定してる雰囲気になっているのだが。
いつ会計を済ませたのか分からないアドルフが右手にコートを持ち、席を立つ。
絶賛混乱中の俺はアドルフの左手に捕まっている。
そのまま俺は上機嫌のアドルフに引きずられながらその店を後にしたのだった。
こうして俺は、国防軍に入ることになった。
そういえば俺、ジュースを一口しか飲んでいなかった。
地名が紛らわしいのでここで説明します。エストとアドルフはアルカルニア大陸のブレンシア王国のルインシーネという町にいます。
誤字・脱字報告お願いします。
感想下さい!
国防軍に入れる年齢を15歳から18歳に変えました。