初めての戦い
今、俺は深い森の中で、3体の狼の姿をした魔物に囲まれていた。
まるで俺の心情を表すかのように森はざわめき始め、冷たい風が頬をそろりと撫でた。
3体の狼の姿をした魔物が獰猛な笑みを浮かべながら、じりじりと距離を詰めてくる。
それに伴い、俺の心臓はバクバクと心音を早め、体はガクガクと震えた。
今まで魔物相手に戦ったことなど、一度も無い。というか8歳で戦った事があったら異常だ。
だが、不思議だ。
心臓はこんなに鼓動を早めているのに、心に恐怖は無かった。
体はこんなに震えているのに、頭は冷静そのものだった。
敵3体全ての筋肉の動きと呼吸の仕方を観察する。
行動の予兆を捉えるため、全神経を張り巡らせた。
余分な考えは捨て去り、必要ない感情も削ぎ取っていく。
先ほど立てた作戦を実行することだけを考えた。
だんだんとクリアになっていった頭が自身の体を完璧にコントロールする。
いつの間にか体の震えは止まり、心臓の鼓動は穏やかになっていた。
周りの音と景色は消え、相手の動きが手に取るように分かる感覚を覚えた。
今なら何でもできそうだった。
「すう・・・・・・ファイヤーボール!」
大きく息を吸い、ファイヤーボールを発動・・・・・・成功。
少しの時間経過の後、出現した火の玉を魔力で包み込み、無理やりその場に留める。
『魔法を保存する』方法など本で一度も読んだことはなかった。というかそんな事が書かれている本は屋敷に無かったと思う。
だが、何故か俺はそれを自然とやっていた。出来てしまっていた。しかし、そんな事に気を回すほどの余裕は無かったので、頭の片隅に追いやり、再び相手に意識を向ける。
あとは敵との我慢比べ。先に動いたほうがやられる。
先に動いたほうが先制攻撃出来るのではないかと思うがこの状況でそれは悪手だ。
先に動くということは相手に今から攻撃すると無防備の状態で伝えているのようなものだ。そんなもの避けるなり、防御するなりいくらでも対処の仕方はある。
つまり、先制攻撃とは相手が対応出来ないぐらい素早く行うことで、はじめて成立すると言って良い。
もちろん、今の俺にそんな技術は無い。よって俺は相手が動き出す無防備な瞬間、出端を狙っている。
3体の魔物は徐々に俺に近づいて来る。
もうお互いにあと一足で一撃を入れられる間合いだ。
遂にこの我慢比べに耐え切れなくなったのか、3体の内1体が俺に向かって飛びかかってきた。
即座に反応した俺はほとんど反射運動でその1体にファイヤーボールを放った。
寸分の狂いもなく顔面に直撃を受けた狼の魔物は2~3メートル吹っ飛び、息絶えた。
その様子を見ていた他の2体は味方がやられてショックを受けたのか、一瞬動きを止める。
俺はその隙に逃走を開始した。走り始めに何度か2体の魔物の追撃を受けてしまったが、気にせず全力で逃げた。
後ろを見ず、ただ前だけを向いて。
こうして俺は、二体の魔物を撒いた。人生初の命がけの戦いでなんとか生き残ったのだ。
「なんとか・・・作戦・・・成功したか・・・・・・」
近くの木にもたれかかり、大きく息を吐いた。
少しの間休憩していると、体が悲鳴を上げ、いたるところに痛みが走った。
下にはいつの間にか、大きな血だまりができていた。
ここはまずい、血の匂いで他の魔物を呼び寄せてしまうかもしれない。
せめて安全な場所に移動してから止血しようと思い、立ち上がり、歩き出そうとする。 すると、足に力が入らずそのまま倒れ込んでしまった。
戦っている間は気付かなかったが、相当無理をしていたようだ。最後に受けた傷も深い。
仰向けになり、目を閉じる。すると痛みが気にならなくなり、段々と意識が途切れていくのを感じた。
完全に意識を手放そうとしたとき、
「おい、君、大丈夫か!」
声が聞こえたので目を開けるそこには、紺色のコートのを着た男が立っていた。
「今助ける」
男がそう言うと、魔法を発動させた。
俺の体は強い白光に包まれた。
光が消えると俺の体は傷ひとつなくなり、痛みも引いていた。
「なっ・・・・・・ライトフルヒーリング?」
俺は驚きの声をあげてしまった。
光属性上級魔法、ライトフルヒーリング。
それは発動すると対象を光で包み、全ての傷や怪我をまるで最初からなかったかのように再生させる魔法。
回復系魔法の中でも最高峰の回復力を持つ、習得は不可能だ、とまで言われた魔法でどんなものでも死んでさえいなければ完全に治してしまうため、機密魔法として情報の公開と魔法の発動を制限されているらしい。
俺はオルフォード家の書斎にあった機密魔法辞典を読んだときのことを思い出していた。
まさか、ライトフルヒーリングを使える魔術師がこの世にいたとは。
「ほう、一般には公開されていないはずの魔法なのだが・・・・・・君はどこかの名家の人間かな? それよりもどうしてこんなところにいる」
男の鋭い目線が俺に突き刺さる。
俺はこの後、どうせ行くあてもないのでオルフォード家の人間であること、魔法の才能がなく家から追放されたこと、魔物と戦いながらここまで来てしまったことをかいつまんで男に話した。
「なるほど、事情は理解した。エスト君、だったか? ひとまずここを出てから話をしよう」
「分かりました」
男は俺の話を最後まで聞いたあと、少し考える素振りをみせ、言葉を発した。それに俺も答える。
こうして俺は謎の男と深い森の中を歩いていった。
評価をくださった方々、本当にありがとうございました!
とても嬉しかったです。
誤字・脱字報告お願いします。
感想下さい!