嵐の前に
2031年4月13日 横浜新台中学校下校時
今日は朝から雨が降り続いている。激しいわけでもなく霧雨みたいに弱いわけでもなく、雨粒は傘に落ちて私に音を伝える。
ノイズのようなちょっと耳障りな音。でも私にはなぜか安心する音。
耳障りなのに安心する。
それは私が雨が嫌いじゃないことに由来しているのかもしれない。
「昔は雨に思い入れなんてなかったのにな……」
「えっ?何か言った?」
私のつぶやきが隣にいる少女の耳に入ってしまったようだ。
「ううん。なんでもない。ちょっと考え事してただけだよ」
「もう。エリー!私に隠し事はしないって約束したでしょ。もう忘れたの?」
ぷくーっと頬を膨らませ両手を腰に。そして上目づかい。うん。可愛い。
なでなでしたいなぁ……
はっ!
いけない。私だけの世界に入ってしまった。
今私の隣にいるのはさとみ。
私の唯一の友達。
小学6年生の時に転校してきた彼女は、私に手を差し伸べてくれた。
いじめられていた私をかばい、彼女が仲間はずれにされても私と一緒にいてくれた。
小柄なかわいい女の子だけど、とってもしっかりしていて頭もいい。
私には贅沢な友達だ。
今私が「なでなでしたい!」、なあなんて思うことができるのも彼女のおかげ。
そうそう彼女と以前約束をしたんだっけ。
お互いに隠し事はしない。
難しいことは一人じゃなくて二人で解決しよう。
ちょっと忘れてた。
「あぁ、ごめんね。雨について考えてたの。私、雨に対してそんなに思い入れはなかったんだけど、最近雨が降ると雨ってちょっといいかもって思うようになったの。それでさとみは雨が好きだからそれに影響されたのかなって」
いつもは言葉数が少ない私がいつも以上にしゃべるのが珍しかったのだろうか?
さとみの表情が驚きであふれている。
と思ったら急に笑い出した。
「わ、私何か変なこと言ったかな?……」
「い、いや違うの。ふふっ。その、エリーの顔があまりにまじめだったからつい」
「ひどい。そんなに笑わなくてもいいじゃない。どうせ私はさとみと違って普段から真面目じゃないですよ」
ちょっとふてくされてみる。
「ごめんごめん。でも、私に影響を受けているかもしれないって言ってくれたのはうれしいな。ありがとう」
ニコッと、そんな音をつけてあげたいくらいの可愛い笑顔を見せてもらったおかげで、私の心は再び異世界へと旅立ってしまう。
「ねえ、聞いてる?」
「え?あ、ごめんもう一回言ってくれる?」
さとみの一言で私は現実に引き戻された。また知らないうちに無意識世界へ飛び込んで行ってしまったようだ。
最近はさとみの笑顔にやられっぱなしだ。
それにしても意識が飛ぶことが多い。
そういえばずっと前にもこんなことがあったような…
「ねえ、エリー。最近どうしたのよ?さっきもそうだったけどボーっとすること多くない?」
「大丈夫。何でもないの。それよりも続きお願い」
大丈夫とは言いつつも一抹の不安を心に宿しながらさとみに話の続きを促す。
「まあ、大丈夫ならいいけど。それで、明日わたしの きゃっ」
突然の揺れ。爆音。閃光。
体の芯をふるわせるような振動が地面と空気を通して伝わってくる。
「何……いったい何が起こってるの?」
爆音に驚いたさやかが歩道にしゃがみこんだまま私に聞いてくる。
「わからない。工場のば」
私の言葉が終わらないうちに次の爆音が私たちの耳を襲う。
「……嫌な感じがする」
夕焼けに交じりながら輝く閃光を眺めながら、私は嵐の襲来を予感していた。