将軍様は嘘がお好きです
『殿下は甘い~』と同じ世界観ですが、続編というわけではないので単品でも楽しめます。
「私と偽装婚約してくれないですか?」
「はい??」
自分が今何を言われたのか理解出来ず、私は思わず今まで培って来た自分の立場も淑女教育も素っ飛んで、呆けた顔で疑問の声を上げてしまっていました。
今、私の目の前に座っているのは、このファリア王国で三大公爵家と呼ばれている一つ、現宰相のファンベルグ公爵の次男でありながら、現在この国の陸軍に於いて若き将軍職を務めているお方。
宰相や文官を多く輩出しているファンベルグ家にありながら、武官を目指した数少ない人物。
本人曰く『宰相職は兄が継ぐのだから、自分は軍事面で王家に仕えようと思った。大体王宮でジッとしているのは、性に合わない。』ということらしいです。
ちなみにお名前は、ギルバート・ヘーゼルクラン・ファンベルグ様、御年24歳だった・・・はずです。
母方のヘーゼルクラン侯爵家も文官が多い家だったと記憶しているので、武官を目指した彼は両家にとって変り種と言えるのではないでしょうか?
あまりの驚きに、呆けてしまって自己紹介が遅れてしまいましたが、私は名前をシャルロッテ・リーズ・グラビス、年は17歳にこの春なったばかりです。
一応、侯爵家の一つであるグラビス侯爵家の長女であり、一人娘。
母方のおじい様はギルバート様の前任である陸軍将軍だったこともあり、ギルバート様とはおじい様の家に遊びに行っていたときから面識がありました。
ギルバート様はおじい様を尊敬していて、度々稽古をつけてもらいに自宅まで行っていたようです。
だからでしょうか、おじい様の家に遊びに行くと度々お会いすることになっていたのは・・・。
そして今現在は、陸軍将軍であるギルバート様と、海軍将軍であるお父様が実地訓練の話合いや、会議など度々我が家(ファンベルグ公爵家は宰相一族のため武官の話し合いに向かないとかで)で長官クラスの人間たちと共に集まっています。
今日もそんな集まりのあと、ギルバート様に声を掛けられ話しがあると言われたので、庭園でお茶を飲んでいて冒頭の発言となったのでした。
とりあえず、今は落ち着かなくはいけない場面だと思われるので、私は一つ深呼吸をしてからお茶を口に含んでから、ギルバート様に聞き返しました。
「申し訳ありませんが、ギルバート様。
もう一度言っていただけませんでしょうか?
私が聞き間違えていなければ、偽装婚約・・・とおっしゃられたように思いましたが?」
「聞き間違いではなく、正しく偽装婚約して欲しいと言ったのですが?」
「なぜ私と偽装婚約という話になったのか、お伺いしても?」
どうやら私の耳がおかしくなったわけでも、ギルバート様が冗談を言っているわけでもなさそうなので、私は理由を聞いてみました。
「私は今現在、婚約も結婚もしていません。」
もちろん知っています。
ファンベルグ公爵家の次男であり、将軍職に既に就いている、一旦戦争が始まればいつ何時死ぬかわからない立場ではありますが、現状そんな危機的状況ではないため、将来どころか今現在に於いて最優良物件と言われる男性の一人です。
ちなみに優良物件の中に入っている彼の兄のレオンハルト様は既に婚約中、この国の第一王子も彼の妹と婚約中ということで、正式な相手がいない彼が現在のところ令嬢方の一番人気なのです。
「さらに言うと、私の肩書きや見た目だけに群がってくる令嬢達とは結婚する気がおきないので。」
「つまり、私に熱烈な令嬢方からの秋波を避ける防波堤・・・になってほしいとおっしゃいますか?」
「まぁ、そうなるのでしょうか。」
「それで、私に何かメリットがおありに?」
ギルバート様にとっては、偽装婚約とはいえ婚約したと発表すれば、多少は令嬢達の攻撃は防げるだろうけど、結婚適齢期真っ盛りの私はそんなことをしていては婚期を逃してしまいます。
まぁ、お父様のお眼鏡に適う相手がいなければ、さらには一人娘である私が跡を継ぐためには我が家に婿入りしてくれる方でなければ、私の婚期は永遠に訪れないのですけれども・・・。
「あなたのメリットも私と大体同じになると思います。
ゼノン殿の眼鏡に適う男が見つかるまで、あなたの容姿だけに群がるバカな男達の防波堤にはなるだろうと。
まぁ、バカはどこまでもバカだから、それでも手を出してくる輩はいるでしょうけどね。
そんなときは、しっかりあなたを守ることは我が剣に掛けて誓いましょう。」
「確かに・・・私の見た目や家名だけに関心をお持ちの殿方は願い下げですけれど、このお話はお父様は了解しているのでしょうか?」
「ゼノン殿には先ほど、あなたがよければと了承済みです。
受けてくれますか?」
お父様が了解しているのなら、私に否は言えません。
「・・・わかりました。このお話お受けさせていただきます。
期限は、本当にギルバート様が結婚したい相手が見つかるまで、もしくは私にお父様が結婚させたい相手が見つかるまで・・・でよろしいですか?」
「それで構いません。
では改めて・・・
シャルロッテ・リーズ・グラビス嬢、私ギルバート・ヘーゼルクラン・ファンベルグと結婚を前提としたお付き合いをしていただけますか?」
「喜んで、お受けいたしますわ。」
私の前に跪き、左手を取って正式な婚約の申し出をするギルバート様に私は笑顔で了承しました。
それから三ヶ月の間は、招待された晩餐会や舞踏会には全て私とギルバート様はパートナーとして出席致しました。
私を愛おしそうに見つめるギルバート様の姿に、令嬢方は少しずつ諦めたのか秋波攻撃をしてこなくなり、私もまたギルバート様を敵に回すだけの度胸のない殿方から解放されました。
それにしても、あの話し合いの後からギルバート様の行動が、私を本当に大切な相手のように扱われるので、周りを騙す為の嘘だとわかっているのに度々ドキドキしてしまいます。
あの丹精なお顔を割と昔から見ていて慣れているつもりだったのだけど、さすがに人前で甘い囁きを耳元でされたり、腰に手を回されて抱き寄せられたりすると、さすがに私の心臓も保たないので、控えていただきたいから今日こそ言ってみようと思います。
今夜は国王主催の舞踏会で、ギルバート様は今も私の腰に手を回して抱き寄せ、ぴったりと互いの身体を密着したままダンスを一曲踊って終わろうとしているところです。
私に対する視線は熱を帯びているとしか形容しがたく、周りの殿方へは凍えるほどの冷たいオーラが漏れまくりであるように見えます。
あまりの冷たさに、殿方はこちらを怖くて見ることさえ出来ないようでした。
令嬢方に対しては、明らかに存在自体を無視しているとしか思えない態度・・・。
「あの、ギルバート様。お願いがあるのですが・・・」
「何です、愛しの我が姫。」
「あのですね・・・「ギルバート!」」
私の言葉に重なるように、ギルバート様に声を掛ける方がいらっしゃいました。
その声に私と共に振り返ったギルバート様は、相手の顔を見て臣下の礼を取ります。
私も同時に、相手の存在を認めて礼を取りました。
そこにいたのは、この国の第一王子にして王太子であるルキオン殿下と、ご婚約者でありギルバート様の実の妹君であるアイリーシャ様でした。
「殿下にはご機嫌麗しく。」
「堅苦しい挨拶はいいよ、顔を上げてくれ。
ギルバート。お前、婚約したそうじゃないか!
そちらにいるのが、お相手のご令嬢か?」
そう言って殿下がこちらを向いたので、もう一度淑女としての礼を取り私は挨拶をしました。
ここで粗相があっては、お父様にも迷惑が掛かるのです。
「ルキオン殿下にはお初にお目に掛かります。
シャルロッテ・リーズ・グラビスと申します。」
「グラビス・・・ということは、ゼノンが目の中に入れても痛くない程溺愛していると噂のご令嬢か!!
ギルバート、お前彼女に手を出してよく生きていられるな?」
「まだ手は出しておりませんが?」
殿下の物騒な言葉にも平然とギルバート様は応えています。
そのまま殿下とギルバート様は何やらこそこそと話し始めてしまい、手持ち無沙汰になった私を気遣ってくださったのか、ギルバート様の妹のアイリーシャ様が私に声を掛けてくれました。
「あの腹黒で陰険なギル兄様が婚約されたと聞いたときは驚いて、お相手の方に思わず同情してしまいましたけれど、あなたとご一緒の時のギル兄様を見る限りとても大切にされていらっしゃるみたいで、思わず我が目を疑ってしまいましたわ。
ギル兄様がまるで別人になってしまったみたい。
とてもあなたの事を愛していらっしゃるのね、安心致しましたわ。」
腹黒で陰険なギルバート様???
私の頭は思わず疑問符だらけになっていました。
私が知っているギルバート様といえば、とても紳士的で武道に長けていて、偽装婚約してからはとても艶っぽいお姿も拝見するようになったけれど、昔から変わらずお優しい方なのだから。
「あ・・・あの、アイリーシャ様。
腹黒で陰険というのは・・・?」
「ギル兄様のことだけど、そう思わない?
ギル兄様は昔から、自分が気に入らない相手にはとことん意地悪だし、気を抜ける相手にしかそれを全く表面に出さないから周りには気づかれないし、おかげでご令嬢方は見た目に騙されてしまうから、ギル兄様のイメージといえば『優しそうな将軍閣下』
私やギル兄様を知っている皆に言わせれば、あんなに敵に回したくない将軍はいないわよ?
グラビス将軍の家にはよく行かれてたから、私はてっきりあなたもギル兄様の本性は知っていると思っていたのだけど・・・」
全くもって知らない、というかそんな本性は今の今まで見たことも聞いたこともない。
「リーシャ、何か私の悪口を彼女に吹き込んでませんか?」
「あら、ギル兄様。私は事実しか申してませんわよ。
ギル兄様が腹黒で陰険なことなんて、身内も兄様の部下の方も、殿下達だってご存知じゃありませんか。」
「まぁ、確かに敵と思った相手には性格悪いよね、ギルバートは。」
「敵に情けはかけないだけです。
その分、愛するこの人には愛情を注いでいるつもりなのですが、あなたには伝わってませんでしたか、そうですか、でしたらもっとわかりやすく愛情表現しないといけませんね。」
そう言って、にっこりと笑った笑顔はなんだか少し黒い気がした私でした。
その日からさらに人前では愛情表現が激しくなったギルバート様に、私の心臓はもう爆発寸前・・・恥ずかしさの余り死んでしまいそうです。
ギルバート様との婚約は偽りなのに、勘違いしてしまいそうな自分に叱咤しなくてはいけない日々です。
あの舞踏会の夜に言い損ねてしまったお願いを今日こそはギルバート様に言おうと決心して、晩餐会の会場へ向かうために迎えにきたギルバート様と一緒に馬車に乗った私は、深呼吸を一つしてからギルバート様に声を掛けました。
「ギルバート様、先日言い損ねたお願いなのですが・・・」
「あぁ、殿下に邪魔されて聞き損ねてしまったやつですね。
何でしょうか?」
「あのですね・・・私とギルバート様の婚約は偽装・・・でしたよね?」
「もちろん、あなたに相応しいお相手が見つかるまでは偽装という形でしたが、ゼノン殿は私が一番あなたに相応しいと思って頂いているようなので、既にゼノン殿の中では正式な婚約となっていますよ。
私も、あなたの事は私に相応しい相手と思っていますので、このまま本当に婚約者として結婚したいと思います。」
「え???・・・えぇ?!?!」
どうやら私の知らない間に、お父様とギルバート様の間ではこの偽装婚約は正式な婚約となっていたらしいです。
驚きを隠せない私に、にっこりと少し意地悪そうな笑顔を見せて、ギルバート様は私の手を取りました。
そして、さも愛おしいというように私の手の甲に口付けてこういったのでした。
「そういうわけですので、諦めてこのまま私の花嫁になってくださいね。
あなたにだけは、これからもずっと見せて来た『優しい将軍閣下』のままでいますので安心してください。
敵は全て叩き潰しましたし、誰にも邪魔はされません。
私は自分のモノを取られるのは嫌いな性質なので、あなたは誰にも渡しませんから。
私の愛しい姫君。永遠の愛をあなたに・・・」
そう言って、私の顎を持ち上げたギルバート様はそのまま自分のそれで私の唇を塞いでしまわれました。
アイリーシャ様が、ギルバート様は腹黒で陰険と言った意味が少しわかったような気がしましたが、ギルバート様の私に対する愛情はどうやら本物のようです。
今まで心臓が爆発しそうになって来ていた私の思いも、これからは抑え込まなくても報われるようです。
それなら私は、このドキドキをこれから育てて行こうと思います。
嘘から始まる本物の想い。
そういうモノがあってもいいですものね。
2015.8.13 誤字脱字修正しました