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兄様が帰った後、あたしは姉様に本当にお茶出ししなくて大丈夫だったかな?とぼやいた。姉様は、にっこり微笑んで大丈夫よ、と答えてくれた。
姉様が白と言えば黒いものも白。姉様が大丈夫と言うのなら、大丈夫なんだろう。
「姉様、姉様はお部屋でゆっくりしていてくださいね。必要なことはアマンダにお願いして」
「えぇ。ありがとう、レティ。レティはどうするの?」
「あたし?あたしは、いつものごとく、ですよ」
「そう」
いつものごとく、家事に勤しみます。
令嬢がやることではないと言うのなら、あたしは令嬢をやめよう。いっそ、姉様付きのメイドにでも格上げ……じゃなかった、格下げでも構わないのに。
姉様は優雅にお部屋へと戻って行った。歩く姿ですら美しい。生まれながらの高貴さが滲み出ている。
「さて、あたしはあたしのやることをやらないと」
考えなきゃいけないことは少しあるけれど。兄様には丸め込まれた(?)感じで兄様の屋敷に行くことをわっほーい!姉様と一緒!なんて思ってしまったけれど、よくよく考えるとあたしの屋敷の方こそ使用人が足りない。
あたしが姉様に付き合ってこの家を出ると、この家にはアマンダとお父様、お母様しかいなくなる。
ぎりぎり保っている我が屋敷は、本当にカツカツ。姉様といたいのはあるけど、家が心配なのも本当。
あたしは周知のシスコンだけど、同時にマザコンでファザコンで、ファミコン(あれ、なんか違う?)なのだ。アマンダのことも大好きだ。
考え事をしながら、あたしは屋敷内をあちらへこちらへと動き回る。掃除に夜ご飯の仕込みに、昼食の準備に……。
あぁいそがしい。
その合間を縫って姉様に会いに行く。束の間の休息と共に、姉様の足りないものを補うため。
姉様は、全部足りてるわ、大丈夫。と言ってくれるけど、我慢はしてないだろうか。
毎日こんなことをしていたら、お母様に姉様がこれ以上高飛車で目も当てられないようになったらどうするの!と怒られたけど、あたしは懲りない。
そうこうしている内に、お父様とお母様が帰宅された。お母様の方が少し早かったけれど、大体同じ時間だった。
「ただいま、愛おしい我が子たち!」
お父様は、言い方は悪いが金を食ったみたいに少しばかり肥えた方だ。それでも、没落してからの疲労で少し痩せたけれどね。
「お父様、おかえりなさい」
「ただいま。レティ、リリィは?」
「姉様?姉様ならお部屋でさっき読書していたわ」
「ふむ、読書、ね……。夜ご飯は出来ているかな?」
「えぇ。出来ているわ」
あたし1人で夜ご飯は流石に作りきれず、アマンダが仕上げをこなす。というか、あたしがやるのは本当に少し。仕込みをした、というのは食材を準備して、鍋を温めて、アマンダの指示通りにちょっと食材を切ったりしただけ。
しかも、アマンダがそばにつきっきりだったし……。
「じゃあ、リリィを呼んでおいで。ご飯にしよう」
「はい、お父様」
姉様を呼びに行く途中、あたしは何か忘れているなぁと思った。
んー、なんだっけ?と考えて思い出す。
そうだ、兄様が来るんだった。
あたしは令嬢にあるまじきことに廊下をダッシュする。アマンダが見ていたら、もしくはお母様が見ていたら怒られそう。
「姉様!」
「わっ、えっ!あっ、レティ。どうしたの?」
扉を勢い良く開くと、姉様はがたんっ!と音を立てて椅子を膝の裏で押す様に立ち上がった。そして、手を後ろに回す。
姉様の背中の端から微妙に見えるのは、白いハンカチと、糸。
「姉様、刺繍していたの?」
「えっ?あぁ、そうとも取れ……いえ!えぇ!その通り!刺繍をしていたの!そう!」
何を勢い良く否定したのだろうか。そうとも取れる、と言おうとした?
それじゃあ、刺繍じゃないの?
「で、どうしたの?レティ」
さりげなーく、姉様は刺繍している途中であろうハンカチを右手で握りつぶして隠して行く。それを目で追いかけながら、そうだった、と思い出す。
「お父様とお母様が帰られたの。で、そういえば今夜は兄様が訪れる日だと思い出して」
「……あぁ、そういえばそうだったわね。アレク様が来るまでに、お母様たちに話しておかないとお母様たちびっくりしてしまうわね」
「うん」
もうすっかり婚約の話なんて流れてしまった兄様と姉様が正式に婚約を結ぶとなれば、お母様たちはびっくりするに違いない。
あ、でもお母様は朝兄様に会っているから、薄々は気付いているかも?
「とりあえず、晩餐の席で話しましょう」
「はい、姉様」
あたしと姉様は連れ立って下に降りた。