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「遅かったわね、リリィ、レティ」
先に席に着いていたお母様が、ようやく支度を終えた姉様をため息混じりに見やった。
「ごめんなさい、お母様。……お母様、服が昨日と同じですわよ」
姉様、世の中には言わなくても良いことも有るのですよ。
お母様は、ぴくりと眉を動かした。
「あのね、リリィ。お母様達が甘やかせすぎたのがいけないのかもしれないけれど、我が家には贅沢する余裕はもうないの」
「知っているわ。でもお母様。衣服の乱れは心の乱れ。そして、心の乱れは生活の乱れですわ。没落しようとも、私たちは貴族。貴族は誇り高く、ですわ!」
姉様、プライドの持って行き方を間違えてます。でも、あたしは指摘しない。
お母様達が姉様を甘やかせすぎたというのもあるのだろうけど、あたしが姉様をこんな風にしてしまったというのは少なからずあるんだろうなぁという負い目がある。
没落してすぐに、あたしはまず自分のことは自分でする、というのを覚えた。その時に、姉様のお世話まで覚えてしまったのが悪かった。
「お母様、早く食べましょう。……あら、お父様は?」
いつもはお父様のいる席は空席で、目の前には誰の食器も置かれていない。
「レティシアお嬢様、旦那様は既にお仕事に向かわれました。本日は、ドネット子爵様の元へ行くそうです」
唯一屋敷に残っているメイドのアマンダが、そっとあたしに耳打ちした。
「そう。わかったわ、ありがとうアマンダ。今日は姉様のお世話をしてあげてもらえる?」
「はい、レティシアお嬢様」
お母様は外に行かれることが多く、我が家を回しているのは今やあたしになってしまった。朝のうちに、アマンダのする仕事を伝えておく。
伝えずともやっているのが出来たメイドの良いところだけど、あたし自身の予定を確認するためでもあるから、わざわざ毎日言う。
「リリィ、早く食べましょう。冷めてしまうわ」
まだお母様の今日の服について話している姉様を、お母様が止めた。姉様はようやく席に着いた。
「自然の恵みに」
「「自然の恵みに」」
ご飯を食べる前の挨拶。お母様の言葉の後にあたしと姉様が続く。
そして、静かな食事が始まった。
姉様は割とお喋りだけど、食事の時は静かだ。口に含んで咀嚼して飲み込む。延々と、皿の物が無くなるまでそれを続けるだけだ。
「感謝します」
「「感謝します」」
食事の終わりの挨拶。
姉様がようやく息をついた。
「……レティ、美味しかったわ」
え?と聞き返す時には、もう姉様は立ち上がっていた。姉様は時々、嬉しい言葉をくれる。
没落してすぐは、こんなゴミ食べられるわけ無いじゃ無い!なんてヒステリックに喚いていたけれど、なんだかんだで残したことは無いし。
「お嬢様、奥様、お食事中失礼いたします……あぁ、もうお済みでしたね。お客様です」
アマンダが、何だか焦った様子で告げてきた。
「あの、レティシアお嬢様。リリアナお嬢様は?」
「姉様?姉様は先ほど席を立たれたわ……多分、もうお部屋ね。お母様、あたしが姉様を連れてきますので、お母様はお客様をお願いします」
「え?え、えぇ」
急に話を振られたお母様は、驚きつつもオロオロと玄関の方へ向かう。多分、わたしの服これで大丈夫かしら、と考えているんだろうなぁ。姉様にさっきまでダメ出しされてたんだし。
お母様は、今でこそ貴族のプライドをほとんど捨てたような物だけれど、それは捨てたんじゃなく鍵付きのボックスに入れて封じているだけに過ぎないしね……。今にも開きそうなんだろう。
今はしっかり蓋をしておいてもらって、あたしは急いで姉様の部屋へ向かった。メイド用の、裾の長いドレスを捌きながら走る。
淑女は走ってはいけません!
口うるさい家庭教師の声が空耳に聞こえた。あれ?あたし、家庭教師つく前にそんな余裕なくなったんだけど。