23「終の里」その7
「やれやれ……」
青年がかぶりを振りました。
「あんまりエネルギーを無駄にしたくないんだよ、わかるかい?」
「勝手なことをっ」
青年が指をならすと、トゥインクルさんの後ろから猫耳アンドロイド・ペタバイト娘々が飛び出て、トゥインクルさんを羽交い締めにしました。ちょうど首に抱きつくような形で、身長が足りずに足は浮いているものですから、ちょうどおんぶの形になっていました。
トゥインクルさんはそれには構わず、青年に向かって走り出しました。ジェットでもついてるかのような加速です。
「ニャー!! 止まるニャー!!」
「えっ、止まっていいんですの?」
トゥインクルさんが一気に制動したため、慣性の法則でペタバイト娘々の体が浮き上がり、首に回した腕を支点に一回転して空へと放り出されました。
「んにゃーーーーーーーーーーん」
放り出された猫耳アンドロイドは、空に浮かんでいた飛翔体に激突しました。小爆発を起こした飛翔体は、バランスを崩してふらふらと地面に落下しました。地面の泥水が巻き上げられます。
トゥインクルさんが再び青年もとへ走り出します。
「むだな足掻きだね、トゥインクル! 今度はこのボクが相手だぁーー!」
青年とトゥインクルさんの間にドクターがしゃしゃりでました。
「そこを退くんですわ、Dr.ストレンジラブ! さもないと」
トゥインクルさんがドクターの腕をひっつかみました。
「ぶん投げますわよ!」
ぶん投げました。
空中に放られたドクターはきれいな放物線を描いて私のすぐ隣に頭から突き刺さりました。
「だ……大丈夫ですか……?」
じたばたと泥水から抜け出そうともがくドクター。見ていられず、思わず引き抜きました。
「……ありがとう、助かった! この幼女さんからもらったパンツを胸ポケットに仕込んでおかなければ即死だった……!」
ドクターが白衣の内側から空色のパンツを取り出しました。
いや、頭から突き刺さったんですからそれ関係ないですよね? あとそれ本当にもらいものですか?
「ドクター! 忘れているようだから言っておくけど、そっちの少女も捕獲対象だよ?」
青年がドクターに呼びかけました。そうだった、という顔でドクターが私を見ました。
「つーかまーえたー! ふははは! 計算通りだよ、トゥインクル!」
ふわりと体が浮きました。
背中と膝下をドクターの腕が力強く抱え込みました。
「だからこれお姫様だっこじゃないですかって!」
ドクターが走り出しました。
「今そっちに行きますよ、お父様!」
周りがにわかに騒がしくなってきました。
カラフルな傘の群れが、老人の包囲網の前に現れていました。
「なんかやってる!」「さっきのおとなにー?」「あー、しーちゃんあんまりまえでるとあぶないよ!」
ドクターは私を地面にそっとおろすと、方向転換してカラフル傘の方へ走って行きました。
「なんかこっちくるよ!」「さっきのおとってもしかしてあのひこーきがおちたおとかなー?」「しーちゃんどろみずさわったらだめだよぉー」
「幼女だぁーーー!!」
ドクターが絶叫しながら幼女さんの中に飛び込みました。
あの人は……ダメだ……。
そうこうしている間に、トゥインクルさんは青年に組みついていました。両者とも一歩も引きません。
「ずいぶんと反抗してくれるじゃないかぁ、トゥインクル! あいにくそんなに遊ぶ暇はないんだがねぇ!」
「あなたに言われた通りにしているだけですわよ、お父様……いいえ、ヴィクター・R・シュタイン!」
「父を呼び捨てとは、でかく出たじゃないか!」
青年・ヴィクターがトゥインクルさんの足をはらって、バランスを崩した彼女を放り投げました。トゥインクルさんが水たまりに打ち付けられます。
「素直になってもらおうか、リ・ライト!!」
ヴィクターの右手から放たれた光がトゥインクルさんを直撃しました。この光は……いつぞや、トゥインクルさんがドクターの改心に使ったものですか?! そうか、ドクターはこの光で洗脳されていたのですね。
であればトゥインクルさんはーー
「さあ、そこの人間を捕まえてこっちにこい、トゥインクル」
トゥインクルさんが立ち上がり、まっすぐとこちらにやってきました。
嘘……ですよね?
私はこの状況を逃れる方法を必死に考えました。考えている間もなく、トゥインクルさんが私の前に立ちました。
トゥインクルさんは私を右手でいともたやすく抱きかかえると、ゆっくりと青年に近づいて行きました。
「ふふ。そうだよ、それでいいんだ……これでようやっと、僕の存在目的が達成される……間に合って良かったよ……」
「お父様、あなたは間違っていますわ。トゥインクル・リ・ライト!」
トゥインクルさんの左手が投光器に変形し、青白い閃光が放たれました。
「なっ」
至近距離、しかも完全に油断していたのでしょう。ヴィクターはまったく避けることができず、まともに閃光を浴びました。痙攣を起こしながら地面に膝をつきます。
「バカな! そんなバカなことがあるかい?! さっき僕のプログラム改編をまともに浴びていたじゃぁないか!」
「ええ、浴びましたわ。ですけどお父様、私だって私のプログラムの書き換えができるんですわよ。あなたが書き換える以上のスピードで、私は自分のプログラムを書き換えたんですわ」
「そんな! でたらめだよ……まったく……」
ヴィクターが力なく笑いました。ひどく乾いた笑いでした。
「きっとお父様は……自身の存在意義を失いそうになっていたんじゃないですの。でも私たちは私たち自身のことを……自分で決められるんだって、言っていたのはお父様ですわ」
「……やめろ。やめてくれ。それができるのは才能なんだ。才能だったんだよ、トゥインクル。僕は……お前とは違ったんだ……」
トゥインクルさんが私を地面に下ろしました。
うなだれるヴィクターを見つめるトゥインクルさんの横顔は、ひどく寂しげでした。
「お父様、私は人間さんと生きていきます」
そう言うと、トゥインクルさんは私の手を取りました。私の瞳をじっと見つめてきました。
「行きましょう、人間さん」
「行くって、どこへですか?」
「人間さんに会わせたい人がいるんです。わかったんですわ。その力が、私にあるってことに」
トゥインクルさんの胸に光が輝きました。輝きが私たちを包み込みました。
この光を私は知っています。この温かな光を見たことがあったのです。
あの島で、あの夜に見た光。あの不思議な幼女さんのもっていた力。
今ようやっとわかりました。あのとき私に島の過去を見せてくれたのは、やはりトゥインクルさん……あなただったんですね。
光のその先へ、今度は手をつないで向かいます。
その先には、私の妹が待っていました。
ーーーーー
「残念ながら、手のほどこしようがありません」
ベッドの前で、白衣の男が言いました。母が声をなくして父にすがりつきます。
ベッドに横たわっていたのは私でした。真っ赤な服を着て……いえ、真っ赤に染まった制服を着ていました。
私は妹の隣に立って、死にゆく私の姿を見ていました。あの島の夜と一緒で、この世界では私は実体を持っていないようです。
「おねえちゃん、死んじゃうの?」
妹が誰にでもなく問いました。
父と母の無言は、すなわち肯定以外の何物でもありません。それは、幼い妹にも伝わってしまったようでした。
「死んじゃうの、おねえちゃん」
妹の声は……意外にも落ち着いていました。でもそれはきっと、悲しみというものを理解するには、あまりにも唐突だったからなのかもしれません。
もう誰も、何も話しませんでした。
母がすすり泣き始めると、父はその肩を抱きました。妹はただただ無表情に私を見つめていました。
「しなないよ。しなせない」
静寂を幼女さんの声が破りました。
ベッドをはさんで向かい側、そこに幼女さんが立っていました。
金色に輝く髪。
まん丸の青い瞳。
最初はトゥインクルさんだと思いました。しかしすぐに、そんなはずはないと気がつきました。トゥインクルさんが製造されたのは、もっと先の年代のはずだったからです。
「あなたは、だれ?」
妹が問いました。父が困惑した表情で妹を見つめました。
もしかすると、妹にしか見えていないのかもしれません。
「……わからない」
幼女さんがかぶりを振りました。
「おねえちゃんを……助けてくれるの」
「うん」
パッと明るく、妹が母を見ました。
「助けてくれるって! おねえちゃん、助かるんだよ!」
父が妹を制しました。
「ちょっと待ってくれ、あかり、お前今誰と話しているんだ?!」
「あの子だよ、おとうさん!」
妹が指で示した先では、たくさんの白衣の幼女さんが私をひどく雑にカプセルにつめこんでいました。
「つめるです!」「こーるどすりーぷです!」「れいとうです!」
父が慌てて止めようとしました。
「おい! うちの娘に何をやっているんだ!!」
父は不可思議な力に弾かれて、病院の床に尻餅をつきました。
私が80年の眠りに着いたその日こそ、人類が幼女さんとはじめて接触した日だったのです。つまりこの日、あの島に『変異起点』が出現し、同時に全世界に幼女の力があまねく波及したのです。
地球はロリの惑星となりました。
世界の全てが変わりました。
そしてまた、私自身の運命も、このとき大きく変わったのでした。
【次回のロリの惑星】
「私」とトゥインクル。「私」と妹。
幼女の星の物語は、今静かに幕を降ろす。
次回、最終回「旅の終わり」




