22「終の里」その6
幼女さんが泣いていました。
暗闇の中で泣きじゃくる幼女さんたち。
守ってあげないといけない。いけないはずなのに体は動きませんでした。
私はこのままここで、機能停止までまたなければいけないのです。
ーーたちどまるには、まだはやいですよ。
心の中に誰かが語りかけてきました。
「誰ですの」
「えくびりお。そして、あなた」
暗闇の中、私の眼の前には金髪碧眼の幼女さんがいました。
「……私の中にいる幼女さん、ということですわね」
「そうだね。でももっとふかいもの。あなたはわたし。わたしはあなた」
「だとしたら何なんですの? いったいあなたはわたしに何をさせたいの……」
「ないてるよ」
十字架の丘の中を、人間さんが走っていました。雨に打たれ泥にまみれ、足を踏み出すたびにうめきながら、こちらに向かって走ってきました。
「人間さーー」
人間さんが私をすり抜けていきます。
その瞬間、人間さんが見てきたものが見えてしまいました。
妹さんの墓。
「あっ……」
死んでいた?
会わせることができなかった?
『だから約束しますわ。私は必ず、人間さんを妹さんの所へ連れて行ってみせます』
嘘ばっかりじゃないですか。
なんで私は、あんな約束をしてしまったのですか。
なぜこんなにも残酷な仕打ちを人間さんにしてしまったのですか。
死んでいる可能性もあると、そう知っていたのではないですか?!
人間さんがだんだんと走るペースを落としていました。
背中越しに、延々と妹の名前を繰り返しているのがわかりました。
「私は……私はなんで……」
「そのこたえは……『あい』です、にんげんふうにゆうと」
「愛?」
私の中の幼女さんが、私の胸に手をのばしました。
「とどかない。しゃがんで」
私がしゃがむと、幼女さんが私の胸に手をあてます。
「にんげんさんにしあわせになってほしい、そうでなければいけないっておもい……それがわたしのきもち、あなたのこころ」
「私の心……心? 回路ではなくて……」
「こころだよ。かいろというにはもう、りふじんなものになっている」
理不尽。
本当にそうですわね。
人間さんにはどうしても、幸せになってほしい。
「この気持ちが……やっぱりこの気持ちが『愛』というものでーー」
「ーーわたしたちは、あのひとがすき」
人間さんが水たまりに倒れこんでしまいました。
十字架につかまって立ち上がろうとして、すぐにやめてしまいました。
ーーーーー
立ち上がろうとしたのをやめたのは、心のなかでひとつの考えがふくらんでしまったからでした。
きっと、逃げ切ることはできない……。
いやそもそも、逃げたかったかどうかさえ、私にはわからなくなってしまいました。自分がどうしたいのか、それがさっぱりわからないのです。
妹に永遠に会えないとわかってしまった今、他に何か目的と言えるものは私にはなくて、もう何も……何もかも……。
生きなければいけませんか?
何のために、こんな時代に甦らされたのですか?
こんな誰もいない世界で、私にどうしろと言うのですか……?
ーー愛してます、人間さん。
心の中に声が響きました。いえ、言葉をひとつ思い出しました。
幼女好きで変態で……でも変にまっすぐな女の子の言葉を。
ひとつ思い出せると、あとは勝手にやってきました。
「めぇさましましたですねー?」「こんなところでどーしたのかしら? おねーちゃん!」「どーしたのおねーちゃん! だいじょうぶ?」
よくわからないけど、いつも優しい幼女さんたち。
突拍子もないことを繰り返すけど、悪意はなさそうなドクター。
あの島で暮らしていたウィリアムさん、マリーさん、タクトさんは元気でしょうか。
なんだ……今もまだ、たくさんいるのですね。会いたいひとは……。
頬を伝う滴は、今度は暖かい。でも今は、泣いている場合ではなさそうです。何かが近づいてきていました。
逃げたい。逃げなければ。
立ち上がって走り出します。
泥水が靴の中まで染み込んで、踏み出すごとに重くなっていきますがかまっていられません。
低いうなり声が空に響いてきました。振り返るとサーチライトを輝かせた飛翔体が私に迫ってきていました。
十字架の森の四方からも、虚ろな目の老人たちが私を囲むように近づいてきます。
すがるような思いで、私はつぶやきました。
ーーーーー
そのとき人間さんがつぶやいた名前を、私は確かに聞いたのです。
確かに私を呼んだのです。
他でもない私の名前を。
「たすけよう、にんげんさんを」
私はかぶりをふりました。
「助けたい……でも、そんな力も……資格も、私にはありませんわ」
「そんなことないよ。ちからはある。わたしはあなた。あなたはわたし。しかくなんていらない。わたしのかちは、わたしがいちばんわかっているはずだよ」
ドクターの言葉がリフレインします。
ーー君の価値は君が一番知ってるはずだよ。少なくともボクは君のおかげで、以前よりずっとーー
『自由』。
そうか、自由なんだ。
『生きているという言葉は、所詮は言葉でしかない……生きているかどうかは、自分で決めてもいい』。そんなことを、優しかった頃の(脳内比)お父様が言っていたっけ。
この世界がたとえ、幼女さんの見せる幻でも。この想いがたとえ、機械のプログラム上の幻想でしかなくても……そうか、それは関係ない。関係ないんでした。
なんで忘れていたのでしょう。
自分のことは、自分で決めていいんだ。
だからもう一度、私は私を定義します。
私は……世界の幼女と人間さんをあまねく守る! トゥインクル=トゥインクル 2ndですわ!
目を見開くと、そこは里の地下の暗闇の中でした。
天を仰ぎます。そこには里の『地上』があるはずです。見えませんが。
「変……形!」
私が変形するのは、この天井を突き破る銀の槍! 空へと突き進む輝くミサイル!
「変形完了! トゥインクルジェット!」
発射までのカウントダウンを開始すると、まわりに白っぽい幼女さん達が集まってきました。手を振る幼女さん、ペナントを振る幼女さん、一眼カメラらしきものを構えている幼女さん……皆が思い思いの手段で旅立ちを応援してくれていました。
「3……2……1……ゼロ!!」
爆音とともに体が浮かび上がり、私は空へと飛び立ちました。
パイプの天井を突き破り、人工岩盤をぶち壊し、地上へ出ると雨が降っていました。さらに上昇を続けます。雨粒を落とす雲の中を突き破ると、夕日の照らす雲海が広がっていました。
軌道を変更し、次は地上を目指します。
そして愛しのあの子のもとへと飛んでいくのです(文字通り)。
ーーーーー
サーチライトが私に追いついてしまいました。老人の包囲網も、すでに100メートル先に迫っていました。
隙をみて老人達の間を通り抜けるしかないでしょうが、そのあとはいったいどうしたら……。
「しばらくぶりだねぇ、お嬢さん?」
飛翔体から拡声器越しに響いてきた声は、どこかで聞いたことがある声でした。黒っぽい飛翔体の下のハッチが開いて、椅子に座った男がせり下りてきました。椅子に座っていたのはいつぞやの時の止まった街で会った青年でした。
「おとなしく捕まってくれるとうれしいんだけどねぇ」
そのとき、空を切る甲高い音が響いてきたかと思うと、飛翔体を掠めて何かが飛んできました。飛翔体は私のすぐ目の前に着弾しました。
地面まできたその物体は、変形を始めてみるみるうちに少女の姿に変わったのです。
「大丈夫ですの……人間さん」
トゥインクルさんが私に手を差し伸べました。
「来たね。捕まえろDr.ストレンジラブ!」
青年の号令で、飛翔体からドクターが飛び降りてきました。ドクターがなぜそちらに?!
飛び降りたドクターは恐るべきスピードで降下し、腰まで地面に突き刺さりました。
「刺さった……」
「何をしているんだDr.ストレンジラブ?!」
トゥインクルさんの手を取って立ち上がります。
飛翔体が徐々に高度を落として、地面に近づいた所で青年が飛び降りました。ドクターの横に立って彼女を引っこ抜きます。
「決着というものを……つけに来ましたわ、お父様」
「ふぅん? 何だい急に、凛々しくなって」
にやり、とトゥインクルさんが不敵に、しかし恥ずかしそうに笑いました。
「ふっきれたんですわ。私の中の幼女さんのおかげで……ええと……まあ、はい」
本当にふっきれてますか?
トゥインクルさんが私に目をやりました。
「ね?」
何が「ね?」なのかよく分かりません。
とにもかくにも、トゥインクルさんが青年をにらみつけました。地面から抜け出したドクターと、青年がこちらに向かい合いました。
トゥインクルさんが、私を握る手に力を込めました。
【次回のロリの惑星】
その日、世界はロリの炎につつまれました。
すべてが変わってしまったその日、変わったことの一つが私の運命でした。
ーーーーー
トゥインクルとお父様。
私と妹。
幼女の星の物語、いよいよクライマックスです。
完結まで残り2話。




