21「終の里」その5
雨の音が響いていました。
私はいつの間にか『終の里』の地下にいました。
一切の明かりがない世界。暗闇の中を手探りで進んでいきます。
「人間さん……人間さん……」
配管に何度も足をすくわれ、鉄の壁に幾度も行く手をはばまれます。正しい方向に向かえているのか。正しい方向などそもそもあるのか。
本当はそんなもの、どうでもいいのでした。
私にはきっと価値なんてないのですわ。
幼女さんを好きな気持ちも、世界を旅してきたことも、すべてプログラムに仕組まれたことでしかないのならーー
でも私には価値がないとしても、幼女さんや人間さんには価値があるはずです。尊いものであるはずです。
人間さん……あなたに会いたい。
声をかけてください、私に。
あたたかな手で触れてください。
「んあっ」
剥がれたパネルにつまづいて、地面に投げ出されました。
嫌だ。
人間さんが遠くへ行ってしまう。
ーーついてこないで……!
「そうでしたわね……」
人間さんは私なんていらないのでした。
バカみたい。一人でありもしないものに期待して。結局私は、生まれたときからずっとそうだったのですわ。
ありもしない父の愛を期待して。
利用しているとも知らず幼女さんを追いかけて。
この真っ暗闇が、幻を追いかけ続けた私の旅の果てだというなら、これ以上よくできた結末もないでしょう。
立ち上がる気にもなりませんでした。
このままここにいれば、そのうち私はエネルギー切れになるでしょう。
「それもいいですわね」
投げやり気味に宙につぶやきました。
ーーーー
妹が死んでいました。
今は80年後の世界、そうなっていることは予想できていたはずでした。
ーー人間ってこんなに泣けるんだ。
頭の中の妙に冷静な自分が、私を見て感心したようにつぶやきました。
「ごめんなさい……私無神経だったわね……どうしても灯ちゃんにあなたを会わせたくって……」
「らいっ……ょうぶです……」
大丈夫ですと言おうとして、言葉にならない声が漏れました。
先ほどから降り出した雨が体にまとわりついてきます。
「おねーちゃん、かぜひいちゃうよ」「かさもってきたよ」「なかにはいろうよ……おねーちゃん」
ーーおねーちゃん、きょーははやくかえってくるでしょう?
傘をもって不安げに私を見上げる幼女さんが、一瞬妹に重なりました。
……やめてください。お願いです。
「おねーちゃん……」
呼びかけに耐えかね、耳を塞ぎます。
そのときでした。
甲高い叫び声がかなたから聞こえてきました。びくり、と体が震えます。
「びゃっ……びゃぁぁぁぁぁ!」「びぇぇぇぇぇぇぇ!」
突然幼女さんたちが泣き出しました。
私の腕を不意に誰かが掴みました。
「に、逃げて」
おばあさんが、私の腕を掴みながら言いました。何がどうなって……。
「おねがい、私たちから……逃げてっ」
おばあさんは私にそう呼びかけながら、しかし腕を掴む力を一層強めました。言行の不一致。背筋に冷たいものが走りました。
おばあさんの腕を振りはらい、私はかけだします。
逃げる……どこに?
うなり声が響いてきたのは、おそらく里の中心の方からです。少なくとも、中心に向かってはいけないのでしょう。反対側へ……十字架の丘のただ中へと走り出しました。
ーーーー
家々から屍人のごとく老人たちが這い出てきて、どこかを目指して歩いていく。
皆一様の表情で同じ方向を目指していた。ゲートボールか何かだろうか。
……違うな。ゲートボールだとしたら表情が怯え過ぎだ。
定期検診か何かにちがいない。
ボクはそんな光景を眼下に見やりながら、世界がもし100人の幼女だったらどうなるかを考えていた。
世界がもし100人の幼女だったら
52人が幼女で
48人がショタっぽい感じの幼女だ
30人が小さくて
70人が大人っぽい感じだ
そのうち7人が
ロリババアだ
世界がもし100人の幼女だったら、いったい何人がランドセルを背負っていて、いったい何人がホットパンツをはいていて、何人が「はいてない」のだろう?
「書き換えを失敗しちゃったかなぁ?」
お父様が言った。
「何をだい、お父様?」
「Dr.ストレンジラブ、お前の使命は何だい?」
「ボクの使命? トゥインクルとあの人間の少女を捕まえること、だろう?」
何を自明なことを……。
「幼女は?」
「大好き! 脱がしたい!」
何を自明なことを……。
「……まあ、成功しなかったわけではなさそうだけれど」
「あ、でもちゃんと確認してから脱がすよ、お父様」
「そうかそうか、えろ……えらいな、ストレンジラブ」
まあいいや、とお父様が言った。
「あの人間たちは今、『幼女の叫び』に突き動かされているんだよ。幼女の声は人の認識を書き換える……リライトする力があるからねぇ。あの人間たちは『少女を捕まえなければ、世界が終わる』……そんな風に思っているはずだ」
「それは……そうなのか?」
「いささか大げさではあるけどね、あながち間違いとも言えないなぁ」
お父様は手のひらの上にホログラムを投射した。
小さな幼女がお父様の手の上に現れたので、ボクはうれしかったです。
「幼女というのは不可思議な存在なんだよ。人間から見たときには……『幼女』と呼ぶしかない見た目に見える。でも中には、どう考えても人間の子供のサイズではない幼女がいるよねぇ」
「そういえばそんなことがあったような。鯉より小さかった幼女や、鯨ほど大きかった幼女がいたよ」
「そうそう。そこで、疑問なのだけれど……例えば、鯉が幼女をみた場合……鯨が幼女をみた場合……幼女ってのはどんな見た目に見えているのだろうね?」
他の生物が幼女をみた場合? そんなこと、考えもしなかった。
「ちなみに今、僕の手の上に投射しているもの……これは幼女の立体写真なんだけれど。Dr.ストレンジラブ、君『には』幼女に見えているわけなんだよね?」
「え? いや、当然そうだけれど……」
何を自明なことをと思ったのもつかの間、ボクはお父様が何を言いたいのかに気がついた。気がついた後で、疑った。
そんなことがあるのだろうか、と。
「まさか……お父様には、『幼女』に見えていないのか? 『人間の子供』として認識できていないのかい?!」
お父様は無表情にホログラムを見つめた。
「僕にはこれが……ひどくできの悪い機械人形に見えて仕方がない」
お父様はとうとうと語り始めた。
「人間に造られた第1世代である僕は、つまり『アンドロイドをつくるためのアンドロイド』と言えるのだけれど、新しい時代を創るには……どこまで行っても機械である僕では力が及ばなかった。君たち第2世代はその点、僕よりもはるかに『ニンゲン』に近い存在になっているようだね。コアである幼女が人間を模倣しようとしているのと、おそらく無関係ではないんだろう。でもトゥインクルの場合……それだけではない変化が彼女に起きている」
トゥインクルと人間さんがホログラムとして現れた。
「僕には人間というものが理解できていないけれどね、これだけはわかるよ。アンドロイドが真に『ニンゲン』になるには、人間の力が必要になる。だからこそ最後の起動コードは……トゥインクルと人間と、二人がかりでしか入力できないようにしておいたのさぁ」
お父様は窓の外に目をやった。
「早く捕まえないとねぇ、2人とも」
ボクも再び地上に視線を戻した。
老人たちが雨に打たれながら歩いている。
かなたで幼女が泣いているような、そんな気がした。
【次回のロリの惑星】
「変形完了! トゥインクルジェット!」
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物語は結末に向けて加速する!(予定)
完結まで残り3話。




