19「終の里」その3
ーーおねーちゃん、きょーははやくかえってくるでしょう?
どうして?
ーーもー! わすれたの? ひっどーい!
うそうそ、冗談だよ。
早く帰ってくるからね。
ーーうん! まってるからねー!
ーーーーー
白衣のアンドロイド・Dr.ストレンジラブと、猫耳アンドロイド・ペタバイト娘々は鉄道に乗り『終の里』の中心部を目指していた。
Dr.ストレンジラブの傍らには、トゥインクルが眠っていた。
彼女はしばらく目を覚ますことはないだろう。
「ここまでして、ボクたちに何の用なんだい」
「ニャんの用もニャにもないニャ。ニャー達は等しく、その存在目的を成就するためだけにあることを忘れてもらっては困るニャ」
「さぁ……そんなもの、まるで心当たりがないよ」
ドクターが目を向けた車窓からは里の様子が見えた。
今、十字架の森は終わりを告げて田園が姿を見せていた。
ところどころに豪勢な住宅が建っていた。
「なるほど、まだ人間が生きているというのもあながち嘘ではないのだね」
「当然ニャ。中心部に行けばもっと住居も増えていくニャ」
「だいたい何人くらいが住んでいるんだい」
「そうだニャ、直近の統計だと100万人ほどかニャ?」
ドクターは耳を疑った。
19世紀の都市部だって、もう少しいたはずだ。
何世紀前の水準なのだ。
「……たったそれだけなのかい? 全盛期には数十億人といたはずだろ」
「これだけ残っているだけでも大したものニャ。もう大概の人間にとって、この世界で生きていく意味なんてニャいはずニャのに」
鉄道は市街地に突入した。
家は増えども人の姿は確認できない。
庭に干された洗濯物が、かろうじて人の生存を伝えるのみである。
「生きていく……意味か。ボクは幼女さえいれば十分だと思っていたけれど……」
ーーーーー
……大丈夫?
……しっかりして……
誰かの声が私を呼んでいました。
目を開けると、私は誰かに抱きかかえられていました。
「良かった……目を覚ましたわね。あなた、アンドロイド……?」
老婆が私のことを心配そうに見つめていました。
十字架の森の中で、いつの間にか眠ってしまっていたようです。
「ごめんなさい、おばあさん……もう大丈夫です」
日は既に傾き始めていました。
おばあさんの手元の籠には花が詰められていました。
このおばあさんが、あの花を手向けていたのでしょうか。
立ち上がろうとして、ふらつきました。
慌てて地面に手をつきます。
「大丈夫なの? 無理しないで……」
「すいません……」
「この近くに私の家があるわ。幼女さんも一緒に住んでるから……エネルギーを回復してください」
どうやらアンドロイドだと思われているようでした。
ーーーーー
おばあさんの家の庭には、多くの花が咲き誇っていました。
花園の中に、平屋の小さな和風家屋がありました。
「おかえりーおばーちゃん!」「おはなみずあげといたー!」
和服の幼女さん二人が出迎えてきました。
「うふふ、ありがとう」
「あっ、おきゃくさんだ!」「いつぶり? いつぶり?」
幼女さん二人が興奮した様子で私の周りを回りました。
「お客さまに迷惑をかけないの。ほら、こちらにあがって頂戴。緑茶でいいかしら? あっ、でも飲み物はいらないのかしらね」
「あ、いえ。いただきます」
「本当? それじゃあ今煎れるわね」
縁側に腰掛け、一息をつきます。
まだ生きている人もいるとわかり安堵で力が抜けました。
ここでしばらく休んだら、妹の手がかりを探しに行こう。
「それにしても、何か運命みたいなものを感じてしまうわ」
緑茶を運んできたおばあさんが言いました。
「う、ん、め、い!」「うんめいってなぁに?」「うんめいとはディスティニーのことだよ!」
湯呑みを受け取って、一口啜ります。
緑茶がとてもおいしい。
いつぞや霧の街の中で飲んだお茶も美味しく感じましたが、このお茶のほっとする薫りと暖かな舌触りには敵わないでしょう。
「運命……ですか?」
「あなた、私のよく知っている人の子供の頃にそっくりなのだもの。でもそんなわけはないわよね……」
「え」
湯呑みを持つ手が止まりました。
おばあさんの皺だらけの顔を見つめます。
まさかーーいきなり……。
「あ、あの! 私実は、人間なんです!」
「え、でも……」
「コールドスリープで、ずっとずっと眠っていたんです! それで、あの……その、私、妹を探していて……渚 灯って知りませんか?!」
老婆は私の顔を見つめたまま動かなくなりました。
その細い瞳が、私をじっと見つめます。
「……その名前を他の人から聞いたのは、本当にいつぶりかしら……」
老婆の瞳に涙が光りました。
やっと……やっと辿り着いた。
「そう、それじゃああなたは渚 光さんなのね! 灯ちゃんのお姉ちゃんなのね!! 私、灯ちゃんの友達で……ああ、本当に帰ってきてくれたの! 知らせなきゃ……すぐにあの子に知らせなきゃ……」
おばあさんは大慌ててサンダルを履き、庭に出ました。
あまりに慌てているらしく、こちらに御構い無しに進んで行ってしまいます。
私も後を追いました。
「ずっと、あの子は待ってたの! いつも言っていたわ、ずっとお姉ちゃんが見守ってくれている、そしていつか私の元へ帰ってきてくれるんだって……良かった、本当に良かった……」
妹は私のことを信じていてくれたんだ!
あの日最後にかわした約束を、80年間忘れないでいてくれたんだ!
おばあさんは家を飛び出て、あぜ道を進みました。
その後を追います。
おばあさんの向かう先には、十字架の森が広がっていました。
「え?」
ちょっと待ってください。
どこへ……どこへ向かっているんですか、おばあさん……。
そっちは違うでしょ?
そっちじゃないでしょ?
お願い……そっちへ向かわないで……!
「お姉ちゃんが帰ってきてくれたよ、灯ちゃん……」
願いは虚しく、おばあさんが立ち止まったのは十字架の森のど真ん中でした。
老婆が一本の十字架の前で嗚咽をもらします。
十字架のたもとの石に、アルファベットで文字が刻んでありました。
Akari Nagisa
涙が止まりませんでした。
嗚咽で息が苦しい。
せき止めていたものが全て溢れ出していく。
体を支えていたものが、今度は私を責め立ててくる。
「あかり……あかりぃぃぃぃぃぃっ……」
幼女の国でたった一人で耐えられたのはあなたに会いたかったからなんだよ。
霧の街から抜け出せたのは、再会を信じていたからだよ。
過去の悲劇も最後の人間になる未来も引き受けられたのは、ただただあなたと同じ景色が見たかったから、なのに
会えなかった叶わなかった側にいられなかった!
お姉ちゃん、早く帰るって約束したのに
約束守れなくて、ごめんなさい
「うぁ……うぁ、ぁぁぁああぁぁぁ……あああぁぁぁぁぁぁっ……」
【次回のロリの惑星】
幻。
幻想。
信じていたもの……。
「君の価値は君が一番知ってるはずだよ。少なくともボクは君のおかげで、以前よりずっと自由に生きているんだ」
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「人間」が絶望を目の当たりにしたのと同じ頃、
「人造人間」もまた、衝撃的な真相を知ることになる。
完結まで残り5話。




