18「終の里」その2
闇の中で、無数の何かが蠢く気配がありました。
気がつけば、暗闇の中で何かに抱きかかえられていました。
「大丈夫ですの、人間さん」
私を抱きかかえていたのはトゥインクルさんでした。
「ここは……」
「どうやら落とし穴にはまってしまったようです。立てますか、人間さん?」
「……はい」
地面がどこにあるのかわかりませんでしたが、トゥインクルさんのエスコートでなんとか立ち上がることができました。
「不思議なところだなぁ。暗くてよくわからないけれど、この空間は幼女分に満ちている……」
ドクターもすぐ近くにいるようでした。
「まったく、姿が見えないのがもどかしいよ!」
「ちょっと明かりをつけてみましょうか。トゥインクル・ラーー」
「やめるニャ。そんなことをしたら一大事になるニャ」
ペタバイト娘々もすぐ近くまで来ているようでした。
それにしても一向に暗闇に目が慣れません。
ここは本当に一切の明かりがない世界なのか。
「この地下空間は巨大な退幼炉になっているのニャ」
「たいようろですって?」
「ご存知の通り、幼女は観測に反応してエネルギーの生産を行うニャ」
まったくご存知ではなかった情報です。
「退幼炉は幼女の存在崩壊をエネルギー源とした半永久機関ニャ。この巨大な浮島が重力に逆らって浮上していられるのも、この巨大退幼炉から発生するエネルギーの恩恵ニャ」
何かが私の手を掴みました。
肉球の感触。
ペタバイト娘々でしょうか。
「とにかく、この中にいられてはたまったものではないニャ!」
ーーーーー
エレベーターらしきものに乗って、上に上昇している感覚がありました。
ドアが開かれたような音がして、暗くも多少はあたりが見える場所に出ました。
「さて、ここまで来れば大丈夫ニャ」
「……ちょっと待ってください。いろいろと説明して欲しいことがありますわ。あなた方は……幼女をエネルギー源として搾取していますの?」
トゥインクルさんの声は静かでしたが、怒りに満ちていました。
「搾取とはロボ聞きが悪いニャ。あれは彼女たちが自分たちの意思で行っていることだニャ。……だよニャ?」
ペタバイト娘々が物陰に問いかけると、そこから幽かな雰囲気の幼女さんが現れました。
暗闇の中に浮かび上がる白い肢体はか細く、表情から喜怒哀楽のどれも感じられず、目は焦点を失って虚空を彷徨っていました。その後ろから、似たような容姿の幼女さんが顔を覗かせました。
また一人、また一人……。
「囲まれた……?」
私たちは幼女さんの大群に囲まれました。
普段なら喜び歓喜するはずのドクターとトゥインクルさんも、彼女たちの異様な雰囲気に言葉を失くしていました。
「そいつらは影幼女だニャ。この工場区の全てのエネルギーは、影幼女たちによってまかなわれているのニャ」
「……あなた方は……この幼女さんたちに、何をしたの」
「存在強度が強すぎる幼女は、エネルギー源としては非常に効率が悪いニャ。ここの幼女たちは存在を儚く幽かに変えることで、より安定した出力をーー」
「よくもそんなことを! 嬉々として語れますわね! 私は守護者ですわ。幼女の守護者ですわよ。世界の幼女をあまねく守る! スーパーアンドロイド、トゥインクル=トゥインクル 2ndが、あなた方を許しませんわ!」
トゥインクルさんが、右手を猫耳アンドロイドに向けました。
ペタバイト娘々は大きく頭をふり、残念そうに呟きます。
「無知もここまで来ると、怒りを通り越してかわいそうだニャ。とにかく次は生活区を案内するニャ。その中心にはお父様がいるニャ……文句なら、設計者に直接言ってくればいいニャ」
ーーーーー
俄かに光が強くなってきました。
生活区へ向かう一本道を私たちは進みます。
この光の先に人類最後の街がある。
動悸がしました。
心臓が私の体の中で暴れて、息が乱れました。
暗闇に慣れきった目が、太陽の明かりに悲鳴をあげています。
鉄の工場区を抜け、土の地面に立ちます。
まぶしさに思わず覆った瞼を開くと、そこにはーー
「うそ」
そこは丘の上でした。
大小様々な個性を持った十字架が、丘の下まで無数に突き刺さっていました。
十字架は、見渡す限り水平線まで続いていました。
意味するところは、考えるまでもありません。
「うそでしょ……うそよ! こんなの!!」
もうやだ。
なんで、なんで私がこんな思いをしなきゃいけないの……。
「お、落ち着くニャ、壁外縁は確かに巨大な霊園……」
「嘘だったの……人類最後の国だって……そう聞いてたのに!」
走り出していました。
どこに行くあてもありません。
ただ、ここではないどこかに行きたかった。
「待って下さい、人間さーー」
「ついてこないで……!」
口からついて出たのは拒絶の言葉でした。
許してトゥインクルさん。
でもお願いだから、一人にして欲しい。
私は走り続けました。
息が切れても、十字架にしがみ付きながら歩き続けました。
ーーーーー
「ドクター、ドクターはお父様の方へ向かって下さい。私は人間さんを追いますわ」
「わかった」
人間さんが走り去ってしまいました。
ついて来るなとは言われましたが、だからと言って放っておけるわけもありません。
追って走りだそうとすると、後ろからペタバイト娘々に呼び止められました。
「そういうわけにはいかないんだニャ。トゥインクル、あなたにはすべきことを果たしてもらわなくては」
「……あなたなんかの指図は受けませんわ」
「ならば力ずくニャ」
猫耳アンドロイドの指先から弾丸が放たれました。
避けるには、距離が近すぎる。
弾丸は私の背中に着弾しました。
直後、強烈な痺れが全身を貫きました。
「だ、大丈夫か?! 世界の幼女をあまねく守るトゥインクル=トゥインクル 2nd!」
「こ、これくらい……だ…………だだだ」
全身から力が抜けていきます。
ちょうど、幼女分が不足してきたときの感覚。
そうか、これは……。
「そうニャ。今のは『干渉弾』。それもお父様自身が製作した特注品ニャ。しばらくぐっすりと眠るがいいニャ」
「世界の幼女をあまねく守るトゥインクル=トゥインクル 2ndーーー!」
意識が途切れて行きました。
私の名を呼ぶドクターの声が遠くなっていきます。
人間さん、ごめんなさーー
ーーーーー
もう一歩も動けませんでした。
十字架の森の中に倒れこみました。
白い花が十字架の前に供えてありました。
花……。
お供え物……。
「……まだ、生きている人もいるんだ……」
十字架に手をかけて、なんとか体を起こしました。
ここで眠っている仏様、ごめんなさい。
それでも私は行かなくちゃいけない。
「生きていてください、灯!」
妹の名前を呼びもう一度歩き始めました。
【次回のロリの惑星】
「う、ん、め、い!」「うんめいってなぁに?」「うんめいとはディスティニーのことだよ!」
「運命……ですか?」
「あなた、私のよく知っている人の子供の頃にそっくりなのだもの。でもそんなわけはないわよね……」
「え」