14「星海の幼女」その1
研究員の宿直室。
ベッドはさらさらと肌触りが良く、お日様のいい香りがしました。
日頃からよく干されているのでしょう。
借りたパジャマも、サイズこそ合いませんが肌触りが良いです。
降り続いていた雨は止み、朝日が室内をオレンジ色に染めています。
天井が近いのは、私が二段ベッドの上にいるから。
下ではトゥインクルさんが「見張りをする」と言って眠っているはずです。
「……夢……?」
どこから?
いやーー
私の中には直感がありました。
仮にあれが夢だったとしても、それはただの夢ではないはずだと。
「おはようございます、人間さん」
ぬっとベッド横にトゥインクルさんが顔を見せました。
「お、おはようございます」
「ゆうべは大丈夫でしたか? ずっとうなされていたみたいでしたが……」
「起きていたんですか?」
「というか寝てません。心配でしたから……」
ーーーーー
朝食は私と老夫妻とタクトさんとで囲みました。
パンとサラダ、それからウインナー数本にオニオンスープ。
「おいしいです、とても」
「それは良かったわ。たくさん作りすぎちゃったから、遠慮なくおかわりしてね」
マリーお婆さんが微笑みました。
タクトさんが、その横で遠慮がちに私を見ました。
食事後、私はウィリアム博士に呼ばれました。
「今日はこの島を案内しようと思う」
「案内」
「君には……酷なこともあるかもしれない」
大丈夫ですよ、と私は言いました。
「大丈夫ですから」
老人は私の後ろに目を向けました。
「……お前も来るといい。どうせ来るなと言ってもついてくるつもりだろう?」
振り返ると、物陰からトゥインクルさんが現れました。
「……ではそうさせてもらいますわ」
ーーーーー
カラフルなバギー状の乗り物が倉庫にありました。
真っ黄色なタイヤが目に痛い代物でした。
「見た目はおもちゃのようだが、これでもタクトがつくったものだ」
私たちはバギーに乗り込み研究所を出ました。
研究所を出るとその先には、もはや道が残っていません。
石ころだらけの道をバギーは進みます。
車が向かったのは、私たちが老人と出会った林でした。
「ここからは歩いていこう」
林の中を歩いていきます。
トゥインクルさんはしきりに辺りを見回していました。
「ここは……人間が長居していい場所ではないのでしょう?」
「わかるのかね」
老人が木に手を触れました。
「もちろん長居は禁物だが……通り抜ける程度であれば問題はない。不用意にここのものを口に入れたりしない限りは……」
林を抜けると、そこは見覚えのある場所でした。
夢で見たあの交差点。
交差点がそのままの姿で、突如林の中に出現していました。
その中心には、例の円柱の鏡が突き刺さっていました。
「かつて……この場所に向かって核による攻撃が行われた。70年近く前のことだ」
「核……攻撃」
「『たまたま政府要人も軍部上層部もこの島から出払っているとき』の攻撃だった。表向きはテロ国家による暴走とされている。だが実際のところはどうだったのだろうな……」
老人は円柱に向かって歩いて行きました。
かと思えば、いつの間にかこちら側に歩いて戻ってきました。
おかしい。
今どの瞬間に体を翻したか、まるでわからなかった。
「この円柱は……『変異起点』と呼ばれているものだ。一番最初にこの世界に現れた異変。それ以上のことは何もわからない。この円柱が幼女たちと何の因果があるのかさえ、まるで判明していない」
近づこうとしてみなさい、と言われて私も歩き出しました。
円柱に向かって歩いて行きます。
当然、鏡には私の後ろの景色が映ります。
トゥインクルさんとウィリアム博士も映っています。
……あれ、私の姿は?
気がつくと、私の眼の前にトゥインクルさんとウィリアム博士がいました。
「……え?」
「近づこうとする全てを寄せ付けない領域……それがあの円柱なのだ。鏡のように見えているのは、あの領域では光も全て跳ね返ってしまうからだろう」
老人が呟きました。
「こんなものをどう研究しろというのだ……核ですら傷一つつけられなかったというのに……」
老人は語りました。
これまでの真実を、力なく。
ーーーーー
80年前のその日、この島に突如としてこの円柱が出現しました。
その日から、人間の子供は全て『幼女』に置き換わってしまったのです。
世界は混沌の時代に突入しました。
既存の体制、既存の価値観は全て根底から揺らいだのです。
全てのものは、後継者を失った時に意味を消失してしまったのです。
暴徒、クーデター、テロリズムが世界を覆いました。
混乱は20年にわたって続きました。
世界は決断を下しました。
『幼女』という得体の知れないものを受け入れてでも、生き残った人類を救済しようと。
国連による世界一斉放送。
それは全ての戦争・紛争を未来永劫追放する『魔法』でした。
そして……幼女たちへの事実上の『無条件降伏』でもあったのです。
ーーーーー
「一つ教えて下さい。おじいさんは……核攻撃の日もこの島にいたのですか?」
「……私はこの島で生まれて、ずっとこの島で暮らしてきた。あの日、私が助かったのは……幼女たちの不可思議な力によるものだ。研究所には島中の幼女が集められていた。もちろんそれは研究のためだったが……結果として、島で唯一研究所だけが被害を間逃れた」
ウィリアム博士やマリーさんは、幼女さんの力で死を間逃れた。
今も幼女さんの手助けで暮らし続けている。
私も多分、あの交通事故の時に死ぬはずだった。
幼女さんに命を救われて、この未来の世界にやってきた。
でもその幼女さんが、世界を滅ぼした全ての元凶でもある……。
「行こう。次に見せたい場所は、あの山の上だ」
ーーーーー
「ここからは道の劣化が激しいのだ。歩いていくしかない」
老人が山道の途中でバギーを止めました。
確かに、オフロードというには激しすぎるオフロードが目の前に続いていました。
「歩きですか……どれくらい歩きますか?」
「夜までには着く」
まだ午前中です。
かなり歩きそうですね……。
「トゥインクルさん、いつぞや(04参照)みたいに変形して進めないんですか?」
「それがですね……」
トゥインクルさんが申し訳なさそうに俯きました。
「どうも体が本調子でないのですわ。変形はできそうにありません」
「そうですか……」
老人がバギーからジャケットを取り出して、私に投げてきました。
「着ておけ。寒くなる」
着てみたら、かなりブカブカでした。
ーーーーー
「あの……まだ……ある……」
人が一人二人通れるくらいの細い道を、蛇行しながら登っていきます。
息が上がり、先ほどからトゥインクルさんに支えられて歩いていました。
ウィリアム博士が心配そうに振り返りました。
「大丈夫か?」
幸い傾斜はゆるいですが、ゆるいとは言え登山は初めてです。
こうなるのも必然なのであって、当然の帰結なのでした。
もう動けない。
日はすでにほの紅く、眼下の街はずいぶん小さく。
この分だと、引き返すのも辛そうです。
行くも地獄戻るも地獄。
「仕方がないですわね」
ふわりと体が浮きました。
背中と膝下をトゥインクルさんの腕が力強く抱え込みました。
あれ、これって……。
「お姫様抱っこじゃないですか!」
「そうですわよ?」
「なんか……恥ずかしいです……」
「イヤですの? それなら下ろしましょうか?」
「……イヤじゃないです……」
無力。
なんて人間は無力なんでしょう。
アンドロイドの力の前には、乙女は羞恥の姿をとるしかないのです。
「人間さんって、前から言おうと思ってたんですけど、温かいですわよね」
「そっ……そうですかね?」
「アンドロイドは冷たいですから」
「それは……金属だから?」
「……もう、そういうことを言いたいんじゃありませんわ」
なんだか、この島に来てからのトゥインクルさんは、どこか変な気がしました。
「あ、そうだ。これから空気も薄くなりますから、酸素ボンベも必要ですわね?」
「ボンベ?」
どこにあるの?と思っていると、不意にトゥインクルさんが顔を見つめてきました。
そしてそっと私を抱き寄せてーー
「えっ」
【次回のロリの惑星】
「天の光はすべてロリ……地上の星は、消えてしまった」