12「はじまりの島」その3
お婆さんが語ってくれたところによるとーー
老人、ウィリアム・K・ナカジマ博士と老婆、マリ・ナカジマは、かつてこの研究所の研究員でした。
その研究内容は、謎に包まれた『幼女たち』の生態の解明。
この研究所に島中の幼女さんを収容し、その生態について研究していたのです。
80年前は政府も混乱のさなかにあり、とても新規事業を始めるどころではありませんでしたから、この施設も元は宇宙研究の施設だったのを流用したのだそうです。
「調べる必要があったのだ。幼女たちについて。そして例の『変異起点』のことをな……」
「へんいきてん……?」
聞き返しましたが、ウィリアム博士はまたむっすりと黙ってしまいました。
「……ねえ、あなた方はどうしてこの島にいらしたの?」
お婆さんがたずねてきました。
「差し支えなければ、教えて下さらない」
私達は語りました。
妹のこと。
この世界の秘密を知りたいということ。
「……そう、妹さんを探しているのね」
お婆さんがためらいがちに切り出しました。
「でもせめて今夜ぐらいは泊まっていって下さいな。この島のこと、もっと詳しく話したいし……」
ウィリアム博士が老婆をにらみました。
「マリー!」
「博士、お願い」
マリーさんが静かにウィリアム博士を見つめます。
沈黙。
その意味はきっと、二人にしかわからないのでしょう。
しばしの後、老人が観念したように肩をすぼめました。
「……わかったよ」
「ありがとう。……それじゃあ、タクトのことも紹介しなくちゃね」
「そのことも言う気か?」
「泊めるのなら、どのみちわかることだわ」
「……まあ、それはいいが……」
老人が何かをためらいました。
「……あいつは今どこにいるんだ?」
「遊んでいます、庭で」
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庭からは山と海が一望できました。
天気さえ良ければ絶景なのでしょう。
空を寒々しい雲が流れていきます。
山は薄暗く、海は鉛色です。
「あの子、この場所が好きなのよ」
ウィリアム博士はどこかに行ってしまいました。
庭にやってきたのは、マリーお婆さんと私、トゥインクルさんの3人。
庭では無人芝刈り機が雑草の手入れをしていました。
「あれも息子さんがつくったんですか?」
「ええ、そうなの。あの子、『工作』が大好きで……」
庭の一番海寄りに大きなヤシの木が生えていました。
その上にお婆さんが目を向けます。
「危ないわよ、タクト。そんな所に登っちゃあ」
見ると、小柄な少年がヤシの木の上に立っていました。
「いまおります、おかあさん」
はっと息を呑みました。
少年がヤシの木の上から飛び降りたのです。
少年は……奇妙に長い滞空時間とともに地面にふわりと降り立ちました。
端正で凛々しい顔立ち。
ショートヘアーで日焼けのよく似合うボーイッシュな『女の子』。
「はじめまして」
タクトという名の『幼女さん』が私たちに微笑みました。
「……え……息子、さん……?」
「ええ、息子……よ。私がお腹を痛めて産んだ、たった一人の私たちの子供。あなたが言いたいこともわかるけれど……そういうことにしておいて頂戴」
タクトさんが私に右手を差し出しました。
「よろしく、おねえちゃん」
ーーーーー
「そうだよ。私たちがこの無人島で暮らして来れたのは、タクトの力があったからだ」
研究室の一室。
ウィリアム博士はあっさりと、タクトさんが『幼女』であることを認めました。
「ふぅん。幼女さんのことは嫌いだと言っていたのに?」
「トゥインクルさん、そんな言い方……」
「あの子だけは特別だ。それともアンドロイドには、人間の心の機敏はわからないか?」
老人はコーヒーをすすりました。
私にもコーヒーをすすめてきましたが、残念ながらコーヒーは飲めないのです。
「この研究所の生活物資は、たいがいがタクトがつくってくれたものだ。食べ物は多少なりとも私やマリーで調達しているが……それだって、タクトが環境を整えてくれているからできること……」
老人はまたコーヒーをすすります。
「君も必要なものがあるなら、タクトに頼むといい」
ーーーーー
研究員の宿直室。
ベッドはさらさらと肌触りが良く、お日様のいい香りがしました。
日頃からよく干されているのでしょう。
借りたパジャマも、サイズこそ合いませんが肌触りが良いです。
夕暮れ頃から降り出した雨が窓を叩いていました。
天井が近いのは、私が二段ベッドの上にいるから。
下ではトゥインクルさんが見張りをしてくれているはずです。
「私、おじいさんもおばあさんも、悪い人じゃないと思うんです」
トゥインクルさんに呼びかけましたが、返事なし。
見ると、
「……寝てるじゃないですか」
眠る前にトイレに行きました。
その帰り、廊下の奥に灯りがつきっぱなしの部屋を見つけました。
「……本当に、全て話すつもりなのか、マリー」
「ええ。あなたもわかっているんでしょう、これが最後のチャンスかもしれないって」
二人が話していました。
「私たちが知り得たことは、次の世代に託さなくては。でないといったい……こんな長い間……私たちは何のために……」
「まだ会って間もない、どんな子かもわからない……あの子に全て背負わせる気か? 背負えると思うか? ただでさえ……あの子が最後の一人になるかもしれないのに……」
その先は、なんだかもう聞かなくてもいいかなと思ってしまいました。
休憩スペースには自販機がありました。
もちろん、とっくの昔に使えなくなっているはずです。
「コーヒーでも飲みたい気分」
飲めないけど。
スポンジの飛び出たソファに腰掛け、窓の外を見ました。
何もかもが夢心地。
現実味がまるでない。
目が覚めてからずっとそう……。
ぼうと雨を見ていると、外に小さな影を見つけました。
影は二つ。
そのうちの一つに見覚えがありました。
「た、タクトさん……?」
もう一人は?
背丈はあまり変わらないようですが……。
あわてて窓を開いて外にはいでました。
雨が冷たく体を打ちます。
服が張り付いて気持ちが悪い。
「タクトさん!」
雨の中でタクトさんがこちらを見たのがわかりました。
「あんないするということになりました」
「案内?」
「……ぼくはしょうじきはんたいなんです。ぼくもおとうさんとおなじいけんです」
憂いをおびた眉。
同情するような瞳。
幼女さんも、そんな顔するんですね。
みんな、小さな子供だと思ってました。
「あなたがせおうひつようのないことです」
何のこと?
何を言っているの?
「ーーもう、いい。みてからきめてもらえば」
奥にもう一人幼女さんが控えていました。
金色に輝く髪。
まん丸の青い瞳。
「いざとなれば、きおくをけす」
「らんぼうすぎます」
「これも『あい』です、にんげんふうにいうと」
幼女の胸に光が瞬きました。
その光が、幼女たちを呑み込んでいきます。
光は私にも迫ります。
「どこへ……どこへ連れて行く気ですか? 『トゥインクルさん』!」
眩しい。
目を開けていられませんでした。
ーーーーー
目を開けると、雨が止んでいました。
幼女さんも消えていました。
「今のは……?」
私は今、どうしてトゥインクルさんの名前を呼んだのでしょう。
似ていた……から?
一度部屋に戻ってトゥインクルさんを起こそうと、踵を返しました。
白く、明るい建物。
白すぎる。
しかも、どうして全ての部屋に灯りが?
足を止めました。
何かがおかしい。
「どーなっているんだ?! 何かの間違いだろ?!」
「逃げろだって?! どこにもシェルターなんてないんだぞ?!」
「だいたいこの研究所自体、確実に的になっているじゃないか!」
このときの私には知る由なかったことですが、そのとき私は飛ばされてしまっていたのです。
幼女さんの力によって、過去の地球に。
まだ地球が人間の星だった頃に。
【次回のロリの惑星】
その日、世界はロリの炎に包まれました。
そして全ての争いが地上から姿を消しました。