第385話 この海での深い話
「随分と余裕そうだな? 序盤も序盤だってのに、二度も首を飛ばされていたようだったけど?」
「うん、熱烈な歓迎を受けちゃった。妾、自分のスター性が怖いよ……!」
「無駄に迫真な演技をしなくてもいいって……」
「それよりも、妾の体がずっと重いんですけど? 魔法で妾の体、すんごく重くしてない? ねえ、そろそろ海水に沈んじゃうよ?」
「ああ、そろそろ本格的にダイビングの時間かもな」
―――ドドドドドドドドドドドッ!
そんなちょっとした会話の最中にも、海水は容赦なく戦場へと降り注いでいる。但し、この場に居る全員が超高速で行動している為、戦闘を開始してからの経過時間はそこまで長くはなっていない。スタート時点で膝の高さにまで上がっていた海水の水位が、精々胸元の辺りにまで上昇した程度だ。尤も、この場で一番小柄であるマリアは、既につま先立ちで何とか呼吸をしている状態のようだが。
「沈む、沈んじゃう……!」
……まあ、思いの外余裕そうだ。
『で、どうだった?』
マリアが必死に水の中から呼吸をしようとしているのを傍目に見ながら、その裏で念話による情報共有を行うケルヴィン。
『初手では奴を斬る事はできた。じゃが、あれは自ら斬られに来たようなものじゃ。その気になれば、先のように容易に防御されるじゃろう。認めたくはないが、ワシらとはそれだけの実力差がある』
『わざわざ攻撃をもろに受けた理由、さっき自分から言っていたわね。私達の攻撃を通して、それぞれにどういった特性の力があるのかを確かめていたのよ。久遠が使っていた技の類も、いくつかマスターしていると考えた方が良いわ』
『ステータスの暴力と反則染みた再生力に加えて、技術までも伴っておる、か。本当に骨が折れるのう』
『向こうの魔法もまだ見ていないんだから、底が見えるのはまだまだ先よ。あとは、そうね。ジェラールがマリアに斬りかかる直前、目潰し代わりに私の血をマリアの目にかけてやったんだけど、例の如く受けに回ってくれたから、それも直撃したのよね。目どころか、頭にまでばちゃっと。で、折角だから『血染』も発動させたんだけど、全然効果がないのよね。一番分かりやすくギブアップしろって、そう命令した筈なのに!』
念話内で地団駄を踏み始めるセラ。
『それを言ったら、アレックスの劇剣リーサルだってそうじゃないかな? 確かにアレックス、マリアさんの体を五回以上斬っていたんだよ? それで五感を奪えた筈なのに、マリアさん、普通に目が見えて耳も聞こえているみたいで…… 効果が発動しなかったのかな?』
『クゥーン……』
アレックスはシュンとしてしまっているようだ。隠密状態なので姿は見えないが、耳がペタンと後ろに倒れている様子が目に浮かぶ。
『いえ、どちらの瞬間にもマリアから僅かな動揺の色が見えましたから、効果が発動しなかった訳ではないと思います。ただ、あの再生力が状態異常に対しても作用して、それさえも一瞬で治療されてしまったのではないでしょうか? だとすれば厄介――― いえ、むしろ一瞬でも効果がある事を喜ぶべきですね』
『一瞬かぁ…… 少なくとも、ギブアップを宣言させる程度の猶予もないのよね? なら、今度は全力で場外に出ろとか、そんな命令にしておこうかしら。マリアの全力スピードなら、それでも効果がありそうじゃない?』
『あー、なるほど。ケルヴィン君から全力支援された状態のアンジェさんよりも、あちらさんは数段速いだろうからね。確かに意外と有効だったり?』
『じゃがまあ、セラの力を把握されてしまった今、次も素直に食らってくれる保証はないんじゃがの。うーむ……』
『それでも、勝ち方の一つには十分なり得るよ。その時だけは重風圧を解くとしようか。あ、ちな重風圧はずっと有効っぽいぞ。多分、外部から影響を与え続けるタイプならいけると思う』
何か沈んだままだし。と、念話内でマリアを指差すケルヴィン。
『え!? それなら私の血だって、外から影響を与え続けるタイプよ!? 何で駄目だったの!?』
『えっと…… 吸血されたとか?』
『……もしかして私、これ以上ないくらい相性悪い?』
『あっ、俺からも良いッスか!? さっき奴の再生能力の劣化を狙って、体内に寄生してエネルギーを根こそぎ奪うタイプの種をクソほど撃ち込んスけど…… 俺には分かるんス! あいつ、俺のかわゆい植物達を逆に取り込みやがった! 血に養分として溶かすように!』
『血に、か…… やっぱ、吸血説が濃厚っぽいな。この場合、血が吸う側って事になるけど』
『主、私も報告する。色んな属性の弾丸で何が効果的かを確かめようとしたけど、正直、炎や氷に雷、その他諸々あんまり意味がないみたい。吸血鬼の弱点って聞いた聖なる系の光も、肉体の瞬間的な破壊はできても、それ以上の効果は見込めない。どんな属性で破壊したところで、次の瞬間には再生しちゃってるから』
『なるほど。吸血鬼の弱点やらの都合の悪いところだけを省いて、長所はとことん進化させた感じか。牙以外から…… たとえば、さっき言った血からも吸血が可能だと考えて、消化されないように気を付ける必要もあるな』
『む、難しい、んだな…… おで、腹、減っだ。おにぎり、食べたい……』
『おにぎり、ですって……!?』
念話である筈なのに、どこからともなく聞こえて来る腹の音――― 実に真面目な作戦会議である。例の如くこちらの情報伝達も一瞬である為、リアルタイムでは一秒も経過していない。一方、マリアもこの舌戦の時間を利用しての、脳内作戦会議をしているようで……?
「うぼぼぼぼぼぼッ!(パーティでの連携の練度は流石の一言だね。全員が全員、自分の役割をしっかりと理解しながら動けていて、しかも状況がよく見えてる。練度の高さってだけで、ここまでのチームワークを発揮できるとは思えないし、その辺りもケルヴィン君の召喚術が何かしらの力を発揮させているのかな?)」
……脳内作戦会議というよりは、直接声に出してしまっているし、もう水位が完全にマリアの口よりも上に達してしまっていた。ケルヴィンの言う通り、重風圧は今も有効である為、現在のマリアの重さは同体積の金塊よりも酷い事になっている。それはまあ、沈むというものだ。
「うばばばばばばッ!(それに加えて気になるのが、妾が想定していた以上のスピード! ルキルちゃんとの戦いを見学して、大まかな上がり幅を予想していたんだけど、全員がその予想を超えた速度を叩き出しているね! 人によっては二倍以上も速くって、妾、ビックリしちゃったよ! 特に今回の戦場、周りが海水だらけでしょ? 水に浸かっているのが膝までだったとしても、普通は相当に速度が殺されちゃう筈なのに、全く意に介していない感じだったよね? まるで水の影響を全く受けていないような、そんな動き方だった! これは何かカラクリがあるね、あとしょっぱい!)」
最早、頭の先まで海水に浸かっているマリアであるが、考察の内容は至って真面目だ。しょっぱいが、真面目は真面目なのだ。
「―――ッ!(妾の倒し方についても、大分考えているみたいだね。試合という形式上、妾を倒す必要性はあまりない。そんな真っ当な考えから行き付くのは、場外という判定勝ちの手段! これが一番現実的ではあるけれど、果たしてこれでケルヴィン君が納得するのかは、正直怪しいところかな? 次に考えられるのは、妾の突出した再生力をどうにかして封じる方法! 如何に妾が最強と言っても、回復手段をなくしてしまえば、多少なりの勝ち目は出て来るものだよね。けど、残念! かつての妾は、正にそれで煮え湯を飲まされた! 言わば、既に通って来た道! もう対策は万全だったりするのだ! 生半可な方法じゃ、妾の力を封じる事は――― ってあれ? 息できてなくない? 妾、完全に沈んでない?)」
「……何か凄い長文で結構大事な事を喋っている気がするけど、そろそろ海水で満タンになるぞ? このフィールド」
いよいよ、戦場が完全なる海となる。