第380話 妻夫道中
アンジェ達と合流し、遂に開始される本日の結婚式。トラージ式でやると聞いているだけで、その内容は全くの未知、謎に包まれていると言っても良い状態の俺であるが、漸くその取っ掛かりが明らかになるのに胸が一杯な心境だ。サプライズも用意しているって言うし、一体どんな式になるんだろうな。ワクワク!
「下に~、下にぃ~~~」
「………」
で、式の一番最初にやっているのがこの大名行列、或いは花魁道中の如き、この和風パレードである。俺とアンジェを列の中心に据え、和傘や楽器を持った人々が賑やかに列を成して、街の大通りを練り歩く――― うん、何かのお祭りかな? 実際、街の人々が大勢押し寄せ、「おお~!」などと歓声を上げていらっしゃる。
「ア、アンジェ、これは……?」
「妻夫道中っていう、トラージ伝統の儀式。普通はもっと小規模にやるものなんだけど、ツバキ様がどうせやるなら徹底的に! 派手に! 皆の記憶に残るように! って言いながら手を回してくれてね? その結果、王族がやる規模にまで発展してしまいまして…… てへ♪」
片目をつむり、ペロリと舌を覗かせるアンジェ。クッ、何て魅力的な悪戯顔! 反則的なまでに可愛らしい! 白を基調とした和風の花嫁衣装を纏い、いつもの異なった雰囲気があるのもまた良い! 分かった、全てを許容しよう!
……などと、懐の深さを見せたい今日この事。まあ、こういったパレードは既にトライセンで経験済みですし? 更に言えば、あの時はずっとキスシーンを晒されるという特殊状況でしたし? 確かに今日のも驚きはしたけど、まだまだサプライズと言うには―――
「―――今、開演の時ッ!」
「「「「「当ッッッたれええぇぇぇ!」」」」」
「どぉわああぁぁぁぁ!?」
落ち着きを取り戻したのも束の間、列の先頭で「下に下に」とよく分からない言葉を繰り返していた侍が、唐突に何かを叫び出した。その叫びを皮切りに、妻夫道中を見物していた人々がどこからともなくカラーボールのようなものを取り出し、威勢のいい掛け声と共にそれを俺達に投げ始め――― いや、一体何事よ!? 取り合えず、借りた衣装を汚さない為にも避ける、避けまくる!
「あっ、もう始まる時間になったんだ」
四方八方から迫るボールを躱しに躱し、時には楽器を鳴らす列の方々にボールが当たる中、アンジェは何かを理解した様子だった。また、『遮断不可』を使っているのか、アンジェに向かうボールは全て透過されていた。あ、狡い! いや、別に狡いとかはないんだけど!
「アンジェ、これは一体……!? つか列の人達、ボールが当たっても平然と行進を続けているぞ!? あっ、ボールが当たった箇所、ペイントされてる!?」
近くで和傘をさしていた人の顔面にボールがヒット、その顔がカラフルに染色されているのが目に入ってしまう。ついでに、ボールを投げる人々の目がやたらと血走っているのも目に入ってしまう。怖ッ!?
「一応、皆この行事について知っているからね。新郎新婦以外はボールが当たったとしても、毅然とした態度で列を成し続けるっていう、そういう決まりになっていたり」
「どういう決まり!?」
「うーん、どこから説明したものかな? まず、皆が持っているあのゴム製のボールには、特殊な染料が入っていてね? 誰が投げて当てたかを、後で判別できるようになっているんだ」
「な、何でまた、そんなものを!?」
「それがさ、妻夫道中の決められた時間内に、ボールを新婚夫婦のどちらかに最初に当てる事ができたら、次に結婚できるのはその人になる! っていう、そういう風習がトラージにはあるの。しかも当てた人が一年以内に結婚する確率、なんと驚きの九割超え! そりゃあ皆、必死に投げてくる訳だよね~」
「つ、つまりこれは、他で言うところのブーケトスみたいなもの……!?」
「そうそう、つまりはそういう事。流石はケルヴィン君、言い得て妙だね!」
な、なんちゅう過激なブーケトスなんだ……!
―――パコォォォン!
「ああっ、また傘の人の顔面に!?」
俺は根性で、アンジェは固有スキルで未だに被弾のない状態だけど、やっぱり他の面々への二次被害がやばい。プロ根性で演奏と演出に集中しているのか、全然ボールを避けようとしないし、声も上げずに顔色も一切変わらない。投げる側の表情も凄いけど、こっちはこっちで無表情無反応を貫いているのがホントすげぇな……!?
「あ、ちなみにこのボール投げ、新郎新婦のどちらかに当たるか、事前に配られたボールがなくなるまで続くみたい。最後まで誰も当てる事ができなくても、その時は花嫁が次の人を指名する事になっているから、どうか気楽に参加してね♪」
「気楽に参加は無理かなぁぁぁ!?」
一般参加の方々が投げるボールは、正直そこまでの脅威ではない。いくら数があると言っても、所詮は一般人がコントロール重視で投げた程度の球だ。躱すのは容易いし、むしろ当たる方が難しい。問題は時折その球達の中に紛れて迫る、やたらとスピードの乗った凶悪なボールだ。いや、これは最早攻撃と言って良いだろう。そう、どう考えても俺に致命傷を負わそうとしている、悪意のある攻撃である。一般大衆の中に隠れて投げやがって、一体誰が――― っと、見つけた!
「そこのセラ! それにダハク! 何でお前らも参加してんだぁぁぁ!?」
「何か楽しそうだったから!」
「この御利益にあやかりたくて!」
セラお前、一昨日に俺と結婚したばかりで、当てたとしても何の意味もないだろうが! 絶対にノリで参加して、何のルールも把握していないだろ!? ダハクは…… まあ、切実な願いなのかもしれないな。よし、許す。が、俺は全力で避けさせてもらう!
「そんな簡単に願いが叶うと思うなよぉぉぉ!?」
「ケルヴィンの兄貴、ここはこのダハクに花を持たせてくだせぇッ!」
「いいえ、最初に当てるのはこの私よ! ダハクなんかに負けないんだから!」
「ううん、妾こそがケルヴィンを打倒するスーパースター! 食らえ、アイドルのジャイロボール!」
「おいそこの既婚者!?」
セラ達に続き、あろう事かマリアまでもがカラーボールを投げ始めていた。ボールに血を付着させたり、不思議植物の種の種を仕込んでいたり、単純にパワー押しだったりと、実に個性的なボールを投げて来やがる。それでいてコントロールは針に糸を通すが如くである為、俺以外の面々には絶対に当てない親切仕様だ。クッ、アンジェには絶対に当たらないからって、的を俺に絞っていやがるな……!
「ク、ククッ、クハハハハハハ! いやはや、妻夫道中がまさかここまで様変わりするとはなッ! 面白い! 素晴らしいサプライズだ! そして、受けて立ってやるよ! お前らまとめて、かかって来いやごぉっふぁ!?」
突然の衝撃、それは真っ正面からやって来た。まさか、ボールをぶつけられたのか? ここから面白くなりそうだったのに、もう終わりなのか? ば、馬鹿な……
っと、落ち込んでいる場合じゃなかった。当たったのがゴムボールである為か、幸い痛みはそれほどない。衝撃で後ろに転びそうになるのを何とか踏ん張り、このボールの主が誰なのかを見極めなくては。
「皆々様、申し訳ありませんが、御利益の権利は私が頂戴致します」
そこに居たのは、和風のメイド服を身に纏ったエフィルであった。手には弓を持っており、正に射ったばかりといった体勢である。しかし、ほう、和風メイドというものもあるのか。何と趣深い――― って、エフィル、だと……!?
「エ、エフィル姐さん!? ……って、いやいや! 矢の先っぽにボールを括り付けて、弓で飛ばすのはどうなんスか!?」
うん、そこはどうかと俺も思う。