第363話 謎の落下物
アダムスとマリアから素敵な助言を頂いたところで、二人の食事が運ばれて来た。その後は“ちょっと待った”の話は抜きにして、普通に朝食タイムへと移行。アダムスが酒を飲み、メルが空皿の山を築いている点以外は至極普通の食事に終始し、実に平和的な時間を謳歌するのであった。 ……但し、朝食の直後に状況は裏返る。
「ああ、そうそう。妾達がすっごく頑張って調整したんだけど、それでもルキルちゃん、かなりギリギリの状態なんだよね。こう、精神的にも肉体的にもって感じ?」
「うむ、ただの我は式の最中、それも最高のタイミングで“ちょっと待った”を宣言するのが劇的であると愚考するが、恐らくそれは叶わない。それまでルキルの気が持つとは、とても思えんのだ」
「お前ら、朝飯が終わった途端にそんな不吉な事を――― ッ!?」
それは突如として、遥か頭上より接近して来た。それも大空の更に先、ひょっとしたら宇宙空間に片足を突っ込んでいるんじゃないかと、そう思わせられるくらいの高さからである。そんな離れた場所からも気配が感じられたのは、迫るその謎の物体が、個として余りにも非常識だったからだろう。全てを腐敗させるような邪悪な気配を纏い、とんでもない力をその身より滲ませる圧倒的な存在感――― これ、黒女神時代のクロメルに匹敵していないか!?
「あ、ごめん。ルキルちゃんを待たせている洞窟が破壊されそうだったから、緊急でお空の上に転送させちゃった。一直線にここへ迫っている辺り、もう見つかってるみたいだね」
「ほう、転送系の魔法か? 洞窟までは相当な距離があったというのに、便利なものだな」
「色々とツッコミどころが満載だけど、やっぱこの気配はルキルのもんか……!」
「クロメル、天使の皆さんと一緒に安全な場所に避難してください。良いですね?」
「で、ですけど、ママとパパは?」
「今日、クロメルに大事なお仕事を任せたように、ママ達にもやるべき事柄があります。それが今、このタイミングです」
「……ちゃんと帰って来ます、よね?」
「もちろんです、ママ達を信じていてください。さあ、そろそろ時間がありません。行きなさい」
「は、はいっ!」
クロメルは涙目になりながらもメルの言う事に従い、天使達と共にこの場を離れて行った。長のラファエロさんを中心に、他の天使達も空からの脅威を既に認識して、避難を開始している。これであれば、ルキルが到達するまでには退避も完了するだろう。
「いやはや、クロメルもそうだが、天使達も素直に避難してくれて助かったよ。自分達もメル様と一緒に戦う! なんて事を言い出さないかって、正直ハラハラしていた」
「クロメルが聡明なのは当然の事ですが、あの者達もあれでいて賢いのですよ。共に応戦しても足手纏いにしかならない。それを理解の上で、私達に何ができるのかを考え、最善の行動してくれているのです。フフッ、正直私が一介の天使であった頃よりも、よほど優秀だと思います」
「ハハッ、そうかもな」
「む? 今のは否定すべき場面だったのでは?」
「いやいや、お互いの胸の内を正直に打ち明ける場面だろ?」
「―――何を、イチャイチャしているのです?」
その声を耳にした瞬間、そして目の前にそれが現れた途端、俺の全身が歓喜と恐怖で満ち溢れた。何だ、この身の毛がよだつ、それでいて細胞の一つ一つが震えあがるような感覚は?
「「………」」
「無視、でしょうか? ならば、もう一度問いましょう。何を、イチャイチャしているのです?」
そう、それは今、俺達の目の前に居る。頭上より隕石の如く墜落してきたかと思えば、地上に衝突する寸前のところで急停止。不自然なくらいにピタリと止まり、何もなかったかのように地面へと降り立ったのだ。
「いやいや、何を仰いますか。今日は記念すべきメルとの結婚当日、それも式の直前タイミングだ。イチャイチャの一つや二つくらい、自然としちゃうもんだろ?」
「それよりも、少し意外でしたね。落下の勢いのまま地上へ衝突して、この辺り一帯を吹き飛ばす事くらいはすると思っていましたのに」
「……この地には私の両親や知人達も居ますからね。無駄な殺生はしたくなかったのです。それに隕石を模した私の衝突如きで、お二人を倒せるとも思っていませんでしたので」
宇宙空間近くから飛来した影響なのか、それの全身は途轍もない熱を帯び、真っ赤に染まっていた。その上でそれは、ルキルの姿を模していた。人の姿形をしていて、サイズも全く変わっていない。今のところ言葉の受け答えができるし、口調も以前のルキルのままだ。
……だが、そうであるからこそ、今の彼女が酷く不気味だった。高熱を帯びている点以外は全てが同じ筈なのに、俺の目には全くの別物にしか映らないんだ。ルキルの皮を被った未知の宇宙生物だと言われた方が、よっぽど納得できただろう。
「それで、この短期間に一体どんな鍛錬をしたんだ? 随分と様変わりしたじゃないか」
「鍛錬? いいえ、そんな事はしていません。私はただ、時が経つのを待っていただけです。我慢強く、待っていただけです」
「待っていた? どういう意味です?」
「……いえ、違いますね。私も正直に打ち明けましょう。両親や知人達など、正直もうどうでも良いのです。ですが、彼らを殺してしまっては、メルフィーナ様からの心証が悪くなってしまう。それだけは避けたかった。どうしても、避けたかった」
「おい、ルキル?」
「ですが、それもまた愛の形、なのかもしれません。現に私は愛の為に、この道を進んでいるのですから」
何やらルキルの様子がおかしい。会話が妙な方向へ進み始め、目の焦点が合っていない。しまいには両手で顔を覆い隠して、全身を痙攣しているかのように震わせている。何か、途轍もなく喜ばしくも嫌な予感がする。
―――ピシ、ピシピシッ。
「ルキル、顔に亀裂が……」
「あー、そろそろ本当に限界みたいだね?」
「うむ、あの状態でよくここまで持ったと褒めてやりたいところだ」
そんなルキルの状態を理解してなのか、マリアとアダムスが後ろに下がり始めた。普通に考えれば避難なんだろうが、この二人に限ってそれはあり得ない。“ちょっと待った”を邪魔しない為の後退、と言った方がしっくりくる。
「ルキルちゃんが限界そうだから、妾が代わりに状況説明をするね~。と言っても、もう直ぐ“ちょっと待った”に移行するよって話なんだけど」
「だろうな。で、ルールはどうする? ルキルの様子から察するに、ルール無用な感じか?」
「うん、単純にやるかやられるか、それだけで良いと思うよ? 今のルキルちゃん、細かい事を気にしている余裕がないと思うし。あ、そういや昨日までの結界役ちゃんが居ないね? 仕方がないから、妾が代役になるよ。不壊の結界は無理だけど、それに限りなく近い事はできるから」
「そうかい、それは助かるよ」
「えへへ~、感謝して~」
直後、ルキルを含む俺達の体が空高くに吹き飛ばされ、辺り一帯が風の結界で閉ざされた。ああ、なるほど。戦場が空であれば、白翼の地が傷付く事もないって寸法ね。少々乱暴ではあるが、仕事が早い事で。
「ああ、メルフィーナ様。今はただ、貴女が居れば良いのです。貴女が世界の中心に存在してくだされば、それだけで私は満たされるのです。貴女こそが全て、全てです。こんなにも簡単な事で、歪なる私の心は、心は――― だから、この“ちょっと待った”で、いえ、この教育で理解って頂きます。私の愛を……!」
「……なるほど、そうですか。しかし、それは叶わぬ願い。私の身と心は、既に黒色に染まっているのですよ。ですから、貴女にこそ理解って頂きます。その事実を、徹底的にッ!」
白翼の空が変色し、天国の如き地獄へと変容する。
本日は『黒の召喚士20 交わる双鬼』の発売日です。
大迫力のカバーが目印!
よろしくお願い致します~。