第362話 自信作
家族水入らずで迎える筈だった朝食が、流れでアダムスとマリアも一緒にする事になった。部屋の外に控えていた天使の皆様は、唐突に現れた二人を相当に警戒している様子だ。まあ、片や顔の見えない巨漢で、片や無駄にピースしまくってる吸血鬼の女の子(?)だもんな。メルの信者である天使達からすれば、何なのこの不審者!? って感じだろう。
「伝えるのが遅れてしまいましたが、この二人は私の知人でして。申し訳ないのですが、二人にも朝食を用意して頂けますか?」
「そ、そうでしたか! 喜んで用意させて頂きますッ!」
「メル様のお知り合いのお二方、不愉快な思いをさせて申し訳ありません!」
「これがお詫びになる訳ではないのですが、朝食で御所望のものがあれば、何でも仰ってください! 誠心誠意調理致します!」
尤も、メルがこうやって指示を出したら、即座に手のひら返しをしてくれる訳なんだが。
「わっ、本当に何でも良いの?」
「ええ、可能な限り対応致します!」
「ほう、柔軟な対応であるな。ただの我の知る天使とは思えんほどだ」
アダムスの言う通り、元々天使達の食生活に対する関心は薄かった。しかしメルが転生神となってからは、トラージの国民並みに食について興味を持つようになり、今では世界有数のグルメ種族となってしまっている。白翼の地と外界を隔てる障壁がなくなった今、積極的に食材探しの旅に出る天使も居るくらいだ。これも推し活の一環、なんだろうか?
「ハハッ、長年封印されていたアダムスからすれば、そうかもしれないな。まあ難しく考えず、取り合えず頼んでみなよ。俺が白米を食べたいって言ったら、普通に出て来たくらいだからさ」
「そっか、何でもか~♪ なら妾はね、天使の生き血を添えたハンバーグ―――」
「―――マリアよ、ここは常識の範囲内で要望を出す場面だと、ただの我はそう愚考するが?」
「む、仕方ないなぁ…… じゃ、トマトジュースと同じ朝食メニューで良いや」
「ただの我にも同じものを。それと、酒はあるか? 可能な限り強い酒を所望したい」
「「「承知ッ!」」」
二人の要望を受け、給仕の天使達が走り去って行った。しっかし、マリアは朝っぱらから異世界ジョークが炸裂してるし、アダムスはやっぱり酒なのか。担当している“ちょっと待った”の日も、普通に酒を飲んで来そうだな、こいつは。 ……ん? もしかしてこれって、アダムスからのそういうメッセージだったりするのか?
「……アダムス、ひょっとして酔拳とか使える?」
「どうしたのだ、唐突に? 何を期待しているのかが分からんし、そのようなものも知らぬ」
「あ、そう……」
「あはは、ケルヴィンったらガッカリしてる~」
「いや、だってそういうツッコミ待ちなのかと……」
どうやら、思考が昨日の戦いに大分引っ張られているようだ。ファンタジー格闘術のオンパレードだったからなぁ。
「けど、酔拳かぁ。妾の七番目の娘が似たようなものを使えたけど、それとはちょっと違うんだよね、ケルヴィン?」
「その七番目の娘とやらをまず知らないから、俺は何とも言えないんだが…… つか、娘がそんなに居るのか?」
「もち!」
ブイッ! と、マリアからブイサインを向けられる。そんな自信満々に言われても、マリアに娘が居るってのが未だに信じられないし、どんな娘達なのか想像もできない。だが、待てよ? 酔拳っぽい事ができる、イコール、やっぱり強いんだろうか? そのレベルが七人も居るとすれば…… マリアの世界にお邪魔してみたい気持ちが強くなっちゃうな、これは。
「ああ、そうだ。酒と言えば、昨日にただの我が贈った酒はどうだった? 下界にはサプライズプレゼントなるものがあると聞いて、流行りに乗ってみたのだが」
「え、酒?」
「うむ、一般向けの度数に調整までした、ただの我セレクションの極上酒だ。む? その反応から察するに、届かなかったのか?」
「………」
酒、なぜかそこにあった、正体不明の酒。確かに昨日、そんなものが披露宴に存在していた。諸々の諸事情で酒を禁止した会場に、どういう訳か置かれていたのだ。で、その酒を誤って飲んでしまったセラと義父さんが、例の如く酔っぱらって色々と苦労させられたんだよな。お陰様で夜の部も凄まじい事になってしまい、本当に大変だった。しかし、そうか。あの酒はそういう理由であそこにあったのか。いやあ、漸く謎が解けたよ。ハッハッハ。
「―――お前が犯人かぁぁぁ!?」
「クハハ、朝から血気盛んであるな。うむ、実に良い事だ」
俺が怒り叫んでも、アダムスは愉快そうに笑うのみである。クソッ、これだから自由人、いや、自由神は……! 顔が見えないのが余計にむかつく……!
「あなた様、その怒りは明後日まで取っておくべきですよ。それよりもまず向き合うべきは、今日の事です」
「パパとママ、今日のどこかで戦うんですよね? 大丈夫さんでしょうか……」
「クロメル、そんなに不安そうにしないでくれ。相手が誰であろうと、パパ達は負けたりなんかしない。その証拠に今日までの四日間、パパ達は連戦連勝中だろ? だから、今日だってきっと大丈夫さ」
誰よりも素早く、そして努めて優しく、クロメルにそう言い聞かせる。クロメルにそんな顔をされてしまっては、怒りも彼方へと忘れてしまうというものだ。
「うわ、さっきまで激怒していたとは思えない変わりぶり。けど、そんなに上手くいくかな~?」
「ったく、意味あり気に言ってくれるもんだな。で、今日のお相手、ルキルの奴はどこに居るんだ? 聞いた話じゃルキルを強くする為に、お前ら二人で色々と協力していたらしいじゃないか。今日の今日まで、式への招待を蹴ってまでしてさ」
「ありゃ、久遠から聞いちゃった感じ? むー、これもサプライズとして驚かせたかったのに!」
「しかし、噂を耳にするのとアレを実際に目にするのでは、驚きの度合いは相当に変わる筈だ。何せ、このただの我とマリアが力を合わせ、ギリギリを見極めて調整を施した合作とも呼べる代物。以前とは比べ物にならないほどの力を有しているのだからな」
「うんうん、本当にそう。ルキルちゃん、我慢して我慢して、結構な枚数の壁を乗り越えてくれたもんね~。あんまりにも健気で、妾、感動して何度も涙を流しちゃったくらい。ううっ……」
分かりやすい噓泣きをかますマリア。だが、涙以外の部分で嘘を言っている様子はなさそうだ。ふーむ、ルキルの仕上がりにそんなに自信があるのか。一体どんな鍛錬を施したのか、そっち方面にも興味は尽きないが…… やっぱ、今はルキルの実力が一番気になる。昨日の“ちょっと待った”には参加できなかったら、その分を補う為にも、今日は堪能させてもらおうかな。寝不足の体力不足だが、そこを何とかするのが理性的な戦闘狂ってもの!
「あ、一応アドバイスしてあげるけど、今のルキルちゃんを相手に一対一で戦うとか、そんなフェアプレー精神は捨てておいた方が良いと思うよ? ケルヴィンとメルのどっちが戦うにしても、それだと多分勝てないと思うから」
「で、あるな。二人がかりで戦って漸く五分――― いや、それでも劣勢になる事は避けられないか。最低でも夫婦で共闘するべきだと、ただの我が助言してやろう。くだらないプライドは捨てるべきだな」
「「……ほう?」」
「あわわわわ……」
っと、いかんいかん。クロメルが怖がってしまっている。いやはや、突然ありがた~い情報を聞いちゃったものだから、思わず圧を飛ばしてしまったよ。しかし、ハハッ、二人がかりでも分が悪い、か。遠慮なく言ってくれるものだ。ああ、戦いが待ち遠しいなぁ……!