第360話 記念撮影
一応言っておくが、この“ちょっと待った”をしている間、俺の背中にはずっとコレットが居た。途中から沈黙モードに入り、すっかり気配を消していたが、ずっと俺の匂いをかぐ事に集中していたのだ。ハァハァだのハスハスだの、常時そんな音が聞こえていたから、それはまず間違いない。
いや、この行為に文句がある訳じゃないんだ。俺の複雑な心情はさて置き、コレットは既にひと仕事を終えているのだから、それくらいの恩恵があったって問題はないだろう。連日頑張ってくれているしな。まあ、俺は俺で頑張って鼻息を気にしないように努めている訳だが…… ともあれ、ここに来てのまさかのコレット覚醒。さっきまでハァハァハスハスしていたのが嘘みたいに、至極真面目な表情でセラの勝利を宣言するのであった。うん、うん―――
「―――うん、色々言いたい事はあるけど、ここは我慢しよう。コレット、セラの勝ちってのはどういう事だ? 見た感じ、二人はまだまだ元気そうに見えるが」
「ええ、さっきよりも随分と元気よ! 実はさっき登って来る前に、久遠に回復促進のマッサージをしてもらったのよね! めっちゃ効いたわ!」
「おばさんも元気っちゃあ元気かな? 流石に若い子には負けるかもだけどね~」
「あ、それならさっきのマッサージ、私がやってあげましょうか? 何となくやり方を覚えたし」
「え、良いの~? それじゃ、お願いしようかな?」
セラと久遠は完全に戦いが終わった気でいるようで、既にゆったりまったりしている。久遠の目にも光が戻り、今はすっかり平時のそれだ。
「ええと、説明を続けますね? 今回の“ちょっと待った”で勝敗を決めたのは、久遠様が結界の外に出た事による場外負けが原因です」
「え、場外? ……あ」
なるほど、合点がいった。コレットの結界はこの荒野を取り囲むようにして張られており、外から見たら球を半分にしたような形になっている。が、結界は大地の下にまで及んでいて、実際は球状の形になっているんだ。つまり、地下深くを進んでいけば、いずれはコレットの結界、その下部に行きつくのである。
「セラ様と久遠様は共に地下を降下し続け、最終的に殆ど同時に私の結界の外に出られました。ただ、僅かに久遠様の方が場外になるのが早かったのです」
僅かな差、その言葉を耳にした瞬間、戦闘中にセラが言っていた、ある台詞を思い出した。
『アハハッ、それはどうかしら、ねッ……! 久遠、貴女の方が頭一個分、先に落ちると思う、けど……!?』
やばいな、セラを惚れ直すのはもう何度目になるだろうか。やはり、セラは勝つ事のみを見据えていたんだ。久遠のベクタを借りて、万雷の拍手を送りたいくらいだ。けど、まだ一つだけ疑問が残っている。
「いやはや、まさか私が場外負けをしちゃうなんてね~。何気に初めての経験だったり?」
「あら、それは光栄な話ね。こことかどう?」
「もう少し下の方かな。力ももっと入れて良い――― そう、その塩梅だぁ~~~」
「………」
いつの間にやらマッサージを開始しとるし。
「あー…… しかし、それにしたって元気過ぎないか、二人とも? あの高さから、そしてあの速度で地上に激突したんだぞ? いくら奥義的なマッサージがあったからって、それで何とかなるレベルの話じゃないだろ?」
「ん? ああ、その話? 実は地面にぶつかる寸前のところで『無邪気たる血戦妃』を展開して、地面に私達を通せって命令していたのよ。それで砕かれた大地に埋まっていた土砂とか岩とか、その他諸々の構成物質が自主的に脆くなって、すんなり通してくれたって訳。まあ脆くなった分、衝突の余波で派手に吹き飛んで、地上は凄い事になっていたと思うけど」
「……要は衝突のダメージなんて、殆どなかったって事か?」
「そ♪」
再び合点、途中で感じた違和感の正体はそれだったのか。道理で何か変だと思ったんだよ。
「いやー、おばさんも落下の衝撃を覚悟していたんだけど、全然それっぽいのがなくってさ~。セラちゃんに思いっきり騙されちゃったよ、たはは。あ、そこそこ、そこを特に重点的に~」
「私達もすっかり騙されていたわん…… 今日の私ぃ、セラちゃんの大胆さに驚かされっ放しよぉ。これ、最初から狙っていたのん?」
「ええ、自滅覚悟の攻撃をしたところで、久遠に勝てるとは思えなかったからね。あ、閃いた! ここねッ!?」
「ああ~、そこ効くぅ~~~。セラちゃん、やっぱセンスが凄いぃ~~~」
久遠の奴、戦いの直後、それも負けた後とは思えないほどに、ふにゃんと幸せそうにマッサージを受けている。セラのマッサージはそんなに効くんだろうか? 果たして、エフィルのとどっちが――― って、今はそれよりも、正式に宣言を出すのが先か。
「プリティアちゃん、会場の皆に改めて勝敗結果を宣言してくれないか?」
「あらん、私が言って良いのん?」
「ああ、今この場に居る中で一番中立的な立場なのは、プリティアちゃん以外に居ないと思うんだ。だから頼むよ」
「対戦相手のおばさんもそれで良いと思うよ~。宣言されるまでもなく、私とセラちゃんの中では、もう勝負が決しているしぃ~~~」
「ゴルディアーナ、私からもお願いするわ。何よりも、親友である貴女の口から言ってもらいたいの」
「クンカクンカ!」
おっと、最後にノイズが走ったか? いや、きっと気のせいだろう。気にしない気にしない。
「……うふん。なら、ここに宣言しましょうかぁ。セラちゃん対久遠ちゃんの“ちょっと待った”はぁ――― セラちゃんの勝利で、見事にゴールインよぉぉぉ!」
カメラにセルフでズームアップしてきたゴルディアーナが、最高の笑顔で勝利宣言をしてくれた。同時に、それ以上に良い笑顔のセラが俺に抱き着いてくる。ああ、今頃会場は大盛り上がりになっているだろうな。宣言と共にガッツポーズを決める義父さんとベルの姿が、容易に想像できる。
「あ、そうだ! ケルヴィン、ここで記念撮影しましょ!」
「え、ここでか? それなら、会場に戻ってからの方が――― って、いつの間に着替えた!?」
一瞬目を離した隙に、ドレス姿へと戻っていたセラさん。おいおい、カメラに映っていたりしないだろうな? などと、ちょっと心配。
「釣り堀でもしたいけど、まずは久遠と死闘を繰り広げたここでしたいの! ほら、これ持って!」
「……これ、魚拓か?」
「そ! さっきの釣り大会中に私が釣った、一番大きな魚のやつ! ビューティーのには負けるけど、これもなかなかの大きさでしょ?」
「ま、まあ、それはそうだけど…… え、これ持って記念撮影すんの!?」
「当然でしょ?」
「うーん、カメラの中心でセラちゃんとケルヴィン君が一緒に持った方が良いんじゃないかなぁ、バランス的に。あとおばさんさ、焙烙玉を何個か携帯しているんだけど、これも演出で爆発させる? こう、後ろの方で派手にボンボンと」
そう言って、古風な爆弾を懐から取り出す久遠。お前、そんなものまで持っていたのか……
「あっ、それは良いわね! 荒野だけだとちょっと地味かなって、ちょうど思っていたところなのよ!」
「ならん、私も女神パワーで辺りをピカピカに光らせてあげようかしらん? 結婚式らしい、神聖な雰囲気を演出してあげるぅ」
「ゴルディアーナの案も採用! 流石は私の親友だわ! ケルヴィンもそれで良いかしら?」
「……ああ、どうせやるならド派手に行こう。俺とセラの結婚に相応しく、ド派手な記念撮影だ!」
背後にて爆発と女神の光が入乱れる、魚拓を持っての記念撮影――― 良いじゃないか、何ものにもとらわれない、俺達らしい思い出のひとコマだ。