第358話 世界を超えるゴルディア
「これならどうッ!?」
「なんの、まだまだ」
「えっ、そんなのアリ!?」
「驚きながら真似しないでくれる?」
技術をラーニングした(?)セラ、そして再び目から光を消した久遠は、最初にしたのと同じように、死の間合いでの超接近戦に興じていた。但し、その内容は大きく異なる。序盤のそれも格闘を極めた猛者同士が行う激戦、だと思っていたんだが…… 正直、今のやり取りを目にした後に比べたら、アレは児戯でしかなかったんだと実感できる。
魔法や固有スキルが介在しない、己の肉体と得物のみを用いた純粋なる肉弾戦。そこで行われる技の応酬は最早俺の理解を完全に超えており、予想もしないような挙動が連続して起こっている。何の力も入れていない、そんな軽い接触で相手が吹き飛んだり、空中で受け身を取って間髪入れずにカウンターを入れたり、手首を掴んだだけで腕の関節が全て外れたり、直後にその外れた腕で攻撃を行うのと同時に関節を元に戻したり――― いやあ、何だよそれ? 全てが俺の真似できない離れ業ばかりだよ。控え目に言って、奥義のオンパレードだよ。そんなレベルの技を双方がずっと使い続け、未だに技の底を見せていないのだから、もう呆れるしかない。セラ、ラーニングしたそれらの技、今度俺にも決めてくれよな……!
「ちょいさっ!」
「フンヌッ!」
連撃の中に組み込まれた、久遠の鉄棒による一撃。当たれば骨も粉砕するであろう攻撃であったが、セラはそれを真っ向から受け止めていた。もっと言えば、額で受け止めていた。一見無謀な防御法に思えるが、直後のセラはしっかりと意識を保っていて、頭から血を僅かに流したが、それも能力で直ぐに止まっていた。ええと、真芯で受け止めたからノーダメージとか、そういう理屈? 分からない、未熟者でしかない俺では到底理解できない。死角から飛んで来る手裏剣も、セラにちょっと触れただけで軌道が逸れるしで、まあ兎も角――― 素晴らしいって事だけは分かる!
しかし、本当に凄いな。拳を交えれば交えるほど、技をかけてはかけられるほどに、セラの戦闘技術が向上している。最早、少し前に俺と模擬戦をしていた頃とは別人と言っても良いだろう。それもこれも、久遠という良き見本が居るお陰だ。そう、ゴルディアーナとはまた違う良きお手本だ。間近で奥義を惜しみなく使い、披露してくれるなんて、本当に贅沢な話である。クッ、セラほど模擬戦を有効活用できなかった自分が憎い……!
―――ビタッ!
「っと?」
直前まで激闘を繰り広げていたセラと久遠が、どういう訳なのかピタリと同時に停止した。何事かとカメラをズームアップしてみると、双方が相手に軽く触れている状態である事が分かる。が、そこから全く動こうとしない。その体勢のまま睨み合うばかりだ。
「あらやだん、凄い事になったわねぇ」
「ひょっとして、合気ってやつで相手の動きを阻害しているのか?」
「ええ、技の名前は分からないけれどん、カラクリとしてはそんな感じよぉ。セラちゃんも久遠ちゃんもぉ、末恐ろしいレベルの技術で相手の行動を止めているわん」
あ、やっぱそうなのか。確かに技術的なもので相手を止められるのなら、能力の無効化を突破できるだろうが…… うーむ、やっぱファンタジー格闘術だよなぁ。あ、今手裏剣が来たら危ないんじゃ――― って、なぜか画面外に行ってしまった。合気、魔力も止めてしまうのか?
「いやはや、まさか『手詰』まで見様見真似で習得されちゃうとはね。私の娘でさえ、スキルの恩恵なしの状態でこれを使えるようになったのは、つい最近の事なんだよ? セラちゃんの覚えが良くって、おばさん、年甲斐もなくポンポン技を披露しちゃったよ、たははっ」
今が雑談のチャンスだとばかりに、そんな話を振り始める久遠。但し、片目はにこやかであるものの、もう片方の目は戦闘モードのままである。ホント、無駄に器用ッスね。
「セラちゃん、良かったら今度、うちの道場に遊びに来ない? 歓迎するし、色々と技も教えちゃうよ?」
「……ちょっと、何の冗談よ?」
「冗談じゃなくて、おばさんは本気だよ? 一度私の娘とぶつけてみたいし、前途ある若者の成長は見ていて楽し―――」
「―――そっちの話じゃなくて。何で貴女が『ゴルディア』を使っているのか、それを聞いているのよ!」
「あー、気づいちゃった?」
セラの問いの直後、穏やかだった久遠の片目が戦闘モードへと戻った。 ……いや、ちょっと待て。今、何て言った?
「なあ、プリティアちゃん」
「ええ、信じられないわねん。基本色の赤、それもごく微量だけどぉ…… 間違いない。彼女は『ゴルディア』の使い方を理解し始めているわぁ」
ああ、やっぱり見間違えじゃなかったか。俺にも見えているよ。久遠の周りに、うっすらとではあるが赤色のオーラが発せられているのが。
「案外負けず嫌いなものでね。これだけ技を真似られたら、おばさんだって少しはやり返したくなるものさ。まっ、セラちゃんの専売特許じゃないって事かな?」
「……ゴルディアはそんな簡単に盗めるものじゃないと思うのだけれど?」
「それ、セラちゃんが言える台詞? んー、気やオーラって概念自体は私の世界にもあるものだし、イメージがしやすかったから、かなッ!」
同時に束縛が解けたのだろうか。全く同じタイミングで拳と鉄棒を駆動させ、顔面や首に攻撃を叩き込む双方。静から動に転じたセラ達は、その衝撃で反対方向へと弾き飛ばされ――― ない! 意地でも引いてはやらんとばかりに、彼女らはその場から後退しなかった。
「私でも結構頑張って習得したってのに、流石じゃないの! まだまだ真似事の域は超えていないようだけどねッ!」
「そうかな? そんな真似事でも攻撃力と防御力が向上しているって、確かな実感があるんだけど。それにさ、こうしている間にも、纏えるオーラの量が増えているような気がするし」
「それはあくまでも基本的な型、ゴルディアの入り口に過ぎないわ! そこから闘気にプラスワンの要素を加え、自分色に染め上げる事で一人前になるのよ、ゴルディアはッ!」
「なるほどなるほど、セラちゃんのは触れた途端に対象を支配するとか、そんな能力があるって言っていたもんね。じゃ、これからの頑張り次第では、おばさんのゴルディアも更なる開花が望めたり?」
「当ったり前よ! その時はゴルディアーナと一緒に、素敵な技名を考えてあげるわ! あ、紅と桃と紫と緑は先約があるから、それ以外の色でお願いねッ!」
「えー、そうなの? それじゃ、オレンジ色にしよっかなぁ?」
あいつら、ゼロ距離で踏ん張り合いの殴り合いをしながら、会話もこなしていやがる…… つうか、その辺の詳細って話して良いのか?
「あ、あー…… なあ、プリティアちゃん? 良いのか? セラが勝手にゴルディアについて色々話しているようだけど?」
「う、ううっ、素晴らしいわん…… 私達のゴルディアが、異世界にも伝わるだなんてぇ…… 感動ものよぉぉぉん!!!」
泣いて喜んでいらっしゃる!?
「天山靠」
「ごっ、がふ……!?」
って、そんな事をしている間に状況が変わってる!? 低い体勢のまま背を向けた久遠が、セラの懐に潜り込んで――― 体当たりをかました、のか……?
「悪いね、セラちゃん。これ、八極拳の奥義を合気とドッキングして、私なりにアレンジした技なんだ。セラちゃんの力ごと、威力を跳ね返させてもらったよ。私ならゼロ距離でも使えるし、むしろこの距離なら外しようがない。ゴルディアで強化までされちゃってて、まあこれを食らったら完全にアウト―――」
「―――悪いわ、ね、久遠…… 勝たせて、もらう、わ……」
力なくそんな言葉を口にしたセラが、力強く久遠の体を抱き締めた。
『黒の召喚士』20巻の書影が公開されました。
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