第355話 極まる勘
ゴルディアーナが提案してきたのは、ジェラールの『自己超越』を利用したカメラの強化であった。確かに、ジェラールにカメラを装備(?)してもらえば、能力によって性能がアップするかもしれない。 ……けど、当のジェラールが泡を吹いているんだよなぁ。この力、意識がない中でも有効なんだろうか?
「はいっ、おじさまをカメラの土台になるように固定して、っと…… ケルヴィンちゃん、どおん?」
「……見えるようになった」
有効であった。ジェラールをカメラの台座代わりにしている絵面は兎も角として、これは大変に有効な手であった。
『あなた様、セラ達の映像が流れた事により、大惨事は免れました。少しばかり遅かった気もしないではありませんが。ところで、先ほどドレス姿のゴルディアーナがジェラールを拉致したのですが、そちらは如何致しましょう?』
『あー…… 俺の方で対処するから、メルは会場で食事を堪能していてくれ。ほら、明日の為にも英気を養う必要があるだろ?』
『さ、流石はあなた様! 私の事を第一に考えてくださっているんですね!? では期待にお応えして、先ほど消費したカロリーを取り戻すと致しましょうか!』
以降、メルとの念話が途切れる。絶対消費したカロリー以上に食うつもりだよなぁと、いつもの感想。
とまあ、釣り大会の会場は平和なものだが、この戦場にそんな要素は微塵もない。息の荒いコレットが俺の背に居るから? カメラ台のジェラールが未だに気絶中だから? その傍にゴルディアーナが献身的に付き添っているから? ああ、確かにそれらは平穏とは程遠い要素だろう。しかし、だ。現在カメラが収めているセラ達の戦いの方が、遥かに危険なものになっている。
「思っていた通り、やるわねッ!」
「そっちも、思っていたよりもやるね~」
さっきから縦横無尽に移動しまくっているってのに、二人の距離は常に一定、互いにピッタリと攻撃の射程内に入っている。拳も蹴りもスキルも魔法も、常に相手に叩き込める死の間合いだ。ただ、そんな物騒な間合いだってのに、双方とも未だに大したダメージはなさそうだ。
「けど、距離を離してくれないのは、おばさんの『ベクタ』を警戒しての事かな?」
「さあ、どうなのかしらね! そんなに使いたいのなら、頑張って離れてみれば!?」
「そう? なら、お言葉に甘えて~」
会話の直後に距離を取るかと思われた久遠であったが、彼女は一向に離れようとしない。縦横無尽に駆け巡る格闘戦は今も継続中で、特に変化は――― いや、違う。久遠の奴、セラとの殴り合いを継続しながら、ベクタで背後から奇襲を仕掛けるつもりだ。模擬戦で何度もその手で殴られた俺が言うのだから、その可能性が結構高め!
―――ガガガッ!
俺の予想は見事に的中した。ベクタにより形成された拳の三連撃が、セラの後頭部・背・腰の三か所へと直撃したのだ。出現した時には既にヒットしているという、完全に不意を打つ最凶の攻撃である。だが、しかし。
「ありっ?」
「あら、何かしたのかしらッ!?」
ベクタによる攻撃を受けた上で、セラは全く体勢を崩していなかった。何事もなかったかのように攻防戦を継続し、不敵な笑みまで浮かべている。まともに受けてしまえば、本来は脳を揺らし、背骨を折り、腰を砕くほどの攻撃の筈だが――― まさか。
「ノーダメージ…… なるほどぉ、そういう事かしらん?」
「ああ、セラならではの攻略法に出たってところか。アレは真似できんわ」
この戦いが始まってから暫くが経つが、セラは『魔人紅闘諍』を未だに使用していない。いつもであれば真っ先に使うほどの出し得万能魔法な訳だが、こと久遠が相手となると、話が変わってくる。まあ、アレだ。俺が直に体験した、彼女の無効化能力があるからだ。俺の魔法と同じ末路を辿るとすれば、武装化した拳で攻撃を行ったその瞬間に、全身に施したセラの魔法は一瞬で四散してしまうだろう。そうなれば魔力の無駄でしかない為、現在セラは素の状態で戦っているのだ。久遠が絶対命中のベクタで攻撃を仕掛けて来る中、防御の強化にも一役買っている魔人紅闘諍が使えないのは、それだけで大きな痛手となる。
だが、セラはこの問題を違う方法で打破していた。もう一つのセラの代名詞とも呼べる技、『無邪気たる血戦妃』の限定使用である。『ゴルディア』から発生するオーラを紅に染め、単純な能力強化の他にも『血染』による搦め手も可能とするこの技を、セラは防御時にのみ展開していたのだ。
多分だけど、『血染』の命令先をベクタに絞り、命令内容を“即座に消えろ”みたいなものにしているんじゃないかな? 久遠に対する能力は無効化されるけど、久遠が使ってくる魔法に対しては有効だからな。これは俺の模擬戦で既に判明している事だ。
「攻撃時にも大きな力を発揮する無邪気たる血戦妃だけど、例によって久遠には意味がない。だからこそ、久遠がベクタで攻撃してくるそのタイミングのみに絞って、攻撃が来るであろう箇所にのみオーラを展開する事にしたのか。けど、詠唱なし予備動作なしで出してくるあの反則技を、よく先読みできるもんだな」
「そこはまあ、セラちゃんだものぉ。攻撃が来るタイミングを勘で読み切って、テンポよくゴルディアを展開しているのでしょん。あんな激しくて繊細な使い方、私にできるかしらねぇ? 正直、自信がないわん」
「ハハッ、プリティアちゃんにそこまで言わせるのか、セラは。この前に戦った十権能、相当な猛者だったらしいからな。以前よりも技と勘に磨きがかかっている気がするよ」
手品のタネが分かっても、これを真似できる者は他に存在しない。セラならでは対処法、つうか、現状で久遠に対抗できる唯一の方法、久遠にとっての天敵とさえ思える。いや、それはそれで悔しいから、俺は俺で打開策を考え尽くしてやるけどさ。
「おかしいなぁ、間違いなく当たった感じがしたんだけど?」
「そう思う? なら、もう一度言ってあげる。あら、何かしたのかしらッ!?」
「あ、二度も言われると普通に悔しいかも。なら、これは?」
久遠の口調は穏やかだが、その台詞の次に出した技は業の深いものだった。
「あ、あれはッ!?」
「知っているのん、ケルヴィンちゃん!?」
「ああ、ベクタによる打撃を対象の全方向から展開する事で、あたかも四方からボコられている錯覚に陥ってしまうリンチ技――― 『連山陣』だ! 一発一発が致命傷になり得る攻撃なのに、遠慮も配慮もなしに叩き込んでくるんだよ、あれっ! すっげぇ痛いんだ!」
「ケルヴィンちゃん、よだれ、よだれ」
ゴルディアーナから薔薇柄のハンカチを受け取りつつも、戦いからは目が離せない。まあ、カメラ役なのだから当たり前なのだが。
「うわ、これも駄目か~」
久遠が驚き、俺も驚く。俺が『智慧形態』を纏っても防ぎ切れなかったあの連撃に、セラは初見で対処し切ってみせたのだ。久遠本人から繰り出される打撃は自らの肉体で、死角から迫るベクタは無邪気たる血戦妃で――― 理屈は分かるけど、やっぱり真似は無理だよ、これ。
「何度だって言ってあげるわ! 何かした―――」
「―――千手拳」
セラの言葉を遮ったその瞬間、久遠の目が変わった。