第354話 戦場のカメラマン
釣り堀でのブーケトスという、前代未聞のめでたい出来事が終えた直後、それは聞こえて来た。
「さ、そろそろ“ちょっと待った”の時間だよ、御両人!」
「……いや、流石にこの大会の結果に待ったはかけられないぞ? 釣った数はアンジェが正確にカウントしているからな」
「頑張ってカウントしたから、間違っている可能性はゼロに近いと思うよ?」
「いやいや、そうじゃなくって」
ツッコミを入れてくれるとは、久遠は付き合いが良いな。とまあ、ひとボケを挟んだところで本題へと入りましょうかね。
「冗談だ、冗談。にしても、このタイミングで“ちょっと待った”を仕掛けてくるとはな。何か理由があるのか?」
「うん? んー、そこまで深い理由はないかな? 強いて言うとすれば、食事をした後に“ちょっと待った”をしたら、折角の御馳走を戻しちゃう事になるから…… かな?」
「へえ、言うじゃないの」
釣り大会の直後だってに、二人は早くも臨戦態勢になっている。口撃に伴うプレッシャーも筆舌に尽くし難いもので――― ああ、何で俺はこの戦場に立てないんだ!? 罰ゲームか何かか!?
「セラお姉様、戦うのは良いけど、流石にドレスは着替えてよ? それ、戦闘用じゃないんだから」
「分かってるわよ。ほら、もう狂女帝に着替え終わってるし」
「……早着替えを極めるのも良いけど、人前でするのは止めておいてね? あと、戦う場所はどうするのよ? 釣り堀でやったら、多分パパが泣くわよ?」
「その辺も大丈夫! 大暴れしても被害が出ない場所を、予め選定しておいたから! って事で、場所を移動しましょうか!」
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セラ先導のもと、俺達はとある荒野へとやって来ていた。俺達、と言っても実際に移動したのは主役のセラと俺、相手役の久遠、そして結界構築係のコレットのみで、他の面々は釣り堀にて待機中である。但し戦闘の様子が見られるよう、釣り堀には同志から借りた映像機器を設置している。カメラ役の俺が華麗に撮影する事で、“ちょっと待った”の様子をダイナミックかつリアルタイムに知らせる事ができる訳だ。
「俺、カメラマンの方かぁ。バトルする側じゃないのかぁ……」
「ケルヴィン様、ご安心を! 戦いを撮影するケルヴィン様の御姿は、皆様に代わって、このコレットが目に焼き付けますので! ハァハァ、間近で焼き付けますのでッ!」
「あ、ああ、無理しない範囲でお願いするよ。だから耳元で息を荒くしないでくれ、切実に頼む」
昨日の聖女モードとは打って変わって、すっかりいつもの様子に戻ったコレットであったが、秘術を使った結界構築は手早く済ませてしまったようだ。何でも連日の準備で構築に慣れ始めてきたようで、終わった後もそこまで辛くならなくなったんだとか。また、俺の近くでやると調子が良いようで――― いや、これはさて置こう。これ以上話を掘り進めるのは、何となく危険な予感がする。
「準備、終わったようね。私はいつでも始められるけど?」
「おばさんも大丈夫だよ。ところで、ルールはどうする? 私達を取り囲んでいる結界と、私達自身に施した結界、これって破壊と死を回避してくれるんでしょ? どんなルールでもできそうなものだけど、どうしよっか?」
「制限なしの実戦形式で良いんじゃない? スキルも魔法も使い放題、武器の持ち込み何でもオーケー、負けの条件は…… そうね。致命的なダメージを受けて秘術が解除される、結界の外に出ちゃったら場外扱いって感じでどう?」
「おー、正に王道のルールだね。けど、良いの? 前に説明したと思うけど、私には『波羅蜜』があるから、この世界の能力は通用しないよ?」
「構わないわよ。全ての力を出し切った貴女に勝たなきゃ、この戦いに意味なんてないもの」
「……良いね。それ、とってもおばさん好みの回答だよ」
「でしょ?」
今にも戦いが始まりそうな空気だってのに、セラと久遠は楽し気に会話を続けている。そんな感じで戦いに移行できるのか? って疑問もあるだろうが、二人は切り替え上手なタイプだからな。自分の中にあるスイッチひとつで、目の前の相手を殴り殺しに行けるだろう。おお、怖い怖い。
「おーい、開始の合図は必要かー? 必要なら、俺が合図を出すぞー?」
「合図? んー、別にいらないんじゃないかしら? 私達の呼吸が合ったら、勝手に始めるから」
「うんうん、そんな感じで~」
「呼吸って、また相撲みたいな事を……」
「相撲、ですか? 確か、水国トラージにそのような格闘技があったような」
「あるんかい」
今度、異世界の相撲レスラーの見学でもしようか? と、俺がそんな事を考えているうちに、セラと久遠の雰囲気が変わった。どうやらスイッチが入ったみたいだ。
「「………」」
カメラを構え、睨み合う二人の姿を画角に収める。カメラについてはド素人も良いところの俺であるが、この時の為に『撮影』のスキルをガウンの職員からコピーしてきたからな。お粗末な放送にはならないと思う。二人が超スピードで動き始めても、まあ、何とかしてみせるさ。
―――ギュン!
あ、やべ。早速二人の姿が消えた。初っ端からトップスピードかよ。
『あなた様、初っ端からのお粗末な放送により、会場が批判の嵐に見舞われています。特に先ほど意識を取り戻したグスタフ、興味がないフリをしながらも注視していたベルの怒りが不味い事になっています。早く二人の姿を捉えてください』
すかさず、会場に居るメルからのそんな念話が届く。
『クッ、義父さんめ、このタイミングで目を覚ましたか……! 少し抑えといてくれ! 直ぐに映すから!』
しかし、カメラの映像は相変わらず何もない荒野を映すのみ。激しい打撃音がそこかしこから聞こえてはくるのだが、どう頑張っても映らない。おかしい、おかしいぞ。気配を辿ってその方向に向けているのに、なぜかカメラに映らないぞ!?
「あ、もしかしてカメラの性能、戦いの速度に追いついてない……?」
一旦、カメラを外して直に戦場を見渡す。すると結構辛くはあるが、二人が超高速で移動しながら戦っている姿を目視する事ができた。これ、やっぱカメラの性能不足っぽいな、どうしよう……?
「うっふん、お困りのようねん」
「えっ? っとぉぉぉぉおおお!?」
不意に聞こえて来た声に振り返ると、そこにはゼロ距離寸前のゴルディアーナの顔があった。そう、何かの間違いで接触してしまうレベルで近い、ゴルディアーナの顔があったのだ。本当に気配もなくそこに居たので、俺はらしくもなく悲鳴を上げてしまった。終始背中でハァハァ言っているコレットの息遣いも、この時ばかりは気にならなくなっていた。
ギ、ギリ回避、うん、ギリ回避に成功したよね、今? ああ、その筈だ、その筈なんだ……! つか、違う意味で忘れられない一日になるところだったじゃないか……!
「やだん、熱い視線を感じるわん(はぁと)」
「プリティアちゃん、セラとの結婚式に来てくれたのは嬉しいけど、サプライズ登場は心臓に悪い――― ん?」
結婚式用にドレスアップしたゴルディアーナの姿は、ただそれだけでインパクトのあるものである。しかし、今の俺にはそれよりも気になるものがあって、と言うかゴルディアーナが手に携えているの、それってもしかしなくても……
「えと、何で気絶したジェラールを携帯しているんで……?」
「折角のセラちゃんの晴れ舞台、機材トラブルで台無しにする訳にはいかないでしょん? その為のお・じ・さ・ま、よぉん(はぁと)」
「……(ブクブク)」
ジェラール、泡吹いているんですけど……?




