第353話 ブーケトス
釣り大会はまさかまさかの展開で、メルが優勝してしまった。自作の釣り餌を使い、釣った瞬間に生で食す(飲み込む?)という早業をしていた為に、カウントを担当していたアンジェにしか、釣っている姿を認識されていなかったようである。釣り餌だけに飽き足らず、釣り上げた獲物をもその場で腹に入れていたとは――― いや、釣りに集中していたからとはいえ、俺も見逃すほどの早釣りの早食いって何だよ? メルよ、最近おかしな方向に成長している気がするんだが、そろそろストップかけた方が良いんじゃないか? 下手したら戦闘の時以上のスピードで動いているぞ、お前……
「ちなみにブービー賞はグスタフ王とセバスデルさん、そしてケルヴィン君でした~。スコアはゼロ、もう少し頑張ってほしかったですね~」
「えっ、一時間もかけて成果ゼロ?」
「んー、海とかならよくある事だけどよ、この釣り堀は誰でも釣れるように設計されているんだぜ? それで成果ゼロってのは……」
「クフフ、目を覚ます度にセラ様を見て気絶していたグスタフ様、最初から最後まで痙攣しっ放しだったセバスデルは兎も角として、普通に参加しての成果ゼロは笑えませんね」
「………」
あれ、おかしいな? 皆の視線が俺に集まっている気がするぞ?
「そういえばケルヴィン、最初に長靴を釣り上げた以降は、一切釣り竿に反応がなかったわね? ある意味凄いわ、これが才能ってやつなのかしら?」
「セラ、言葉で俺に止めを刺そうとしないでくれ。するとしてもバトルの中でしてくれ、頼む」
こんなところで死んでしまっては、死んでも死に切れないから。いやマジで。
「うーん、でも流石におかしいわね。以前一緒に釣りに行った事があったけど、その時は普通に釣っていたし…… ちなみに、今日は何を餌にしていたの? 私は餌なしでやっていたけれど」
「ああ、今日はだな――― って、待て待て。セラ、餌なしで三十尾以上を釣ったのか……?」
「うん、そうよ? だって、付ける時間がもったいないじゃない? そもそも釣れるのが当然の場所なんだから、あとは技術と勘と運で何とかなるわよ」
そ、それで何とかなるのはセラだけだと思うのですよ……
「いやー、俺は一尾でも釣れたら良いなくらいの気持ちでやっていたんだがな。けど、俺なりに工夫はしてみたんだぜ? まあ俺の場合、使ったのは餌じゃなくて、自作したルアーな訳だが」
「自作のルアー?」
「そう、これなんだが」
そう言って、水の中からルアーを引き上げる。その瞬間に水面が大きく浮き上がり、スザザァァァン! と、これまた水飛沫が大きく弾け飛んだ。
「……ねえ、ルアーの大きさがおかしくない?」
「ああ、少し大きいかもな。強い魚を釣る為にはどうすれば良いか、熟考を重ねた末に完成した一品だ」
少し解説しよう。このルアーの素材には特殊な金属が使用されていて、通常時は普通のルアー程度の大きさなんだが、水を吸う事でサイズが徐々に大きくなっていくのだ。また、水から出せば同じ速度で小さくなっていく為、持ち運びにも便利なのである。
「セラが違和感を覚えるのは当然だよ。長靴を釣ってしまった時は、水の中に入れてから、まだそんなに時間が経っていなかったんだ。だから、ルアーもそこまで巨大化していなくてだな―――」
「いや、そうじゃなくて」
セラが何か言いたげだ。一体どうしたんだろうか? にしても、改めて見ても良い出来に仕上がったものだ。近づく全ての者に喧嘩を売るような凶悪な面構え、毒々しい光をほんのりと帯びた渋いカラーリング、最大サイズになれば3メートルにもなり、しかし食いついた魚を必要以上に傷付けないよう構造にも気を遣った素晴らしき形状――― ううむ、思わず唸ってしまうくらいに良い出来だ。
「ケルヴィン、これって何を目的としたルアーなのよ?」
「ん? ああ、魚を釣るのであれば、どうせなら強敵を釣りたいと思ってさ。ルアーを強面かつ巨大化させて、食おうとする魚を限定化させたんだよ」
「え、何で?」
「何でって、このルアーを食おうとするって事は、必然的に強い奴か気合いの入った奴に限られるだろ? つまり、それは強い魚だ! あわよくば釣った瞬間にバトルになる可能性も!」
「「「「「馬鹿なの?」」」」」
「ええっ!?」
示し合わせたかのように、突然皆が俺を罵倒し始めた。な、何だよ、今日の俺は新郎だぞ! 少しくらい我を通したって良いじゃないか!?
「あなた様、私に釣り云々を語る以前の問題でしたね。フッ、モグモグ」
「グッ、自作の釣り餌で間食決めてる奴に言われたくねぇ……!」
「ホントに馬鹿ね、そもそも観光客にも開放しているこの釣り堀に、そんな危険な魚が居る訳ないじゃないの。大きくてもビューティーが釣り上げた魚が限度よ」
「うんうん、ベルの言う通りよ」
「えっ、そうなの!? 義父さんが作った釣り堀なのに!?」
「アンタ、パパを一体何だと思っているのよ……」
だ、だって、義父さんがセラの為に作った場所と言われたら、それくらいの無茶を通すって思っちゃうのが普通じゃないか!
「あははははは! いやあ、笑わせてくれるなぁ。クロメルちゃんのパパさんって愉快な人なんだね」
「えへへ、とっても愉快さんなのです」
「うんうん、ああじゃないとケルにいって感じがしないもんね。あ、ところセラねえ、大会の優勝賞品って何なの? まだ発表されてなかったと思うけど」
「っと、そうだったわね。ケルヴィンに呆れている場合じゃなかったわ。メル、悪いけどそこに立ってくれる?」
「ふぁい?」
モグモグと釣り餌をくわえながら、指定の場所へと移動するメル。そう言えば、大会優勝の賞品については俺にも知らされていなかったな。一体何を用意したんだろうか?
「ここで良いのですか?」
「うん、オーケー! じゃ、しっかりキャッチしてよね? はいッ!」
「え? っとと!」
セラが山なりに投げた何かを、メルが慌てながら両手で受け止める。あ、これってもしかして……
「もう、急に何なんですか?」
「ぶつくさ言う前に、キャッチしたものをよく見てみなさいよ」
「これをですか――― ッ!」
次の瞬間、視線を手元に移したメルが目を見開いた。ああ、メルがそんな反応をしてしまうのも、無理はないだろう。何せ、たった今キャッチしたのは色鮮やかな花束だったのだ。そう、悪魔的要素が微塵もない、純粋に綺麗だと思わせてくれる大きな花束だ。
ブーケトス、幸せのお裾分け。そこに含まれる意味合いは色々とあると思うが、一番有名なのは、そのブーケを手にした者が次の花嫁になれる、ってやつだろう。まあメルとの結婚式は明日な訳だから、ブーケを受け取るまでもなく、既に確定している事柄ではある。けど、今は硬い事は言いっこなしだ。セラめ、なかなか粋な演出をしてくれるもんだ。メルも相当に感動しているのか、手が震えてしまっている。うんうん、何だか良いな、こういうのって。
「こ、これは…… 不死家の数量限定バームクーヘン! 予約の三年待ちは当たり前! 口にする事自体が奇跡とされる、幻のスイーツじゃないですかッッッ!」
そうそう、幻のスイーツ――― う、うん?
想定していなかった台詞を耳にして、何かの聞き間違いじゃないかとメルの方を見る。あれ、おかしいな? 綺麗にラッピングされたブーケの中から、光り輝くバウムクーヘンが出て来たぞ?
「え、えっと、セラさん……? 今のはブーケトスじゃなかったので……?」
「ブーケトスよ? でも、普通にやるだけじゃ私らしくないかなと思って、優勝者に合わせてラッピングの中身を変える事にしたのよ。まっ、今回は何となくメルが勝つんじゃないかと思って、お菓子系の賞品に一番力を入れたんだけどね」
「あー、最近は花束の代わりに、ヌイグルミやお菓子を投げる事もあるもんね。おばさんも経験あるわー」
「う、ううっ…… セラ、ありがとうございます…… これ、ずっと食べてみたかったんです…… 私の長年の夢が、くうっ、漸く、漸く叶いました……!」
えと、メルさん? 俺と結婚する部分についても喜んでくれると、その…… いや、まあ良いか。メルが泣くほど喜んでくれているんだ。なら、オールオッケーってやつだろう、うん!