第352話 思わぬ伏兵
結婚式の開会と共に開始されてしまった、例の釣り大会。自身の発言通り、セラはウエディングドレス姿で釣りに臨み、俺もまた悪魔的タキシードで大会に参加する事に。着る前から分かっていたけど、やっぱり髑髏柄はどうかと思うよ? 独特のセンスを持った漫画の敵キャラにしか見えないよ?
「まずは一尾目ぇ~~!」
俺がそんな風に頭を悩ませている間にも、早速セラが獲物を釣り上げたようだ。真っ赤な水面から巨大なウナギが、いや、背びれがステゴザウルスみたいになっているな。それ、ウナギか? うな重にできるのか? ま、まあ、魚である事に変わりはないだろう。セラ、1ポイント獲得。
で、今更ながらの説明をするが、ここはグレルバレルカ国内に建造された釣り堀である。何でもセラが釣り好きと知った義父さんが、ポケットマネーを叩いて作ったんだそうだ。そこまでする? と、俺も最初はそう思ったんだが、実は観光客で結構賑わっていて、費用分の儲けは既に回収しているらしい。この儲けを元手に第二第三の釣り堀を! なんて、義父さんはそんな野望に燃えているようだ。将来的にはグレルバレルカを釣りの聖地にしたいとか、そんな方向性であるらしい。ここまでくると尊敬ものである。あ、ちなみに今日は特別に貸し切りにしてもらっている。頑張った甲斐あってか、セラも大喜びだ。
「クフフ、釣りですか。料理人としては、釣った後にこそ力を発揮させたいのですけれどね」
「この大会、優勝したら豪華賞品が貰えるらしいぜ? 最新の医療機器とかだったら嬉しいんだが」
「な訳あるかい。どれだけ二ッチな賞品やねん。豪胆なセラ様の事や、金銀財宝がたんまりに決まっとる!」
「貴方達、呑気に雑談している暇があるのね? そんな事じゃ、優勝はとても無理――― あ、三尾目がかかったわ」
「「「べ、ベル様ッ!?」」」
ふーむ、どうやらセラのライバルは妹のベルになりそうかな? 淡々と、しかしハイペースで魚を釣り続けている。セラと同じく何でもできちゃうタイプだとは思っていたけど、まさか釣りも得意だったとは。こちらもドレス姿でようやるものだ。一方の俺はというと…… フッ、嫁が楽しそうなら、釣れなくても良いのである! 制限時間までに一尾釣れれば良いなッ!
「いやー、結婚式で釣りをする事になるとは、おばさんも予想できなかったわー。素潜りなら得意なんだけど、釣りは旦那の範疇なのよねー」
「わ、久遠さんって素潜りできるんですか?」
「ん? 貴女は確か、リオンちゃんだったかな? うん、できるよ~。銛とか持っちゃって、狙った獲物を一刺し! 銛がない場合でも、貫手で一刺し! したものだよ~」
「へ~!」
「うーん、餌がうまく取り付けられないよぉ……」
「おやおや、そこのおチビちゃんはケルヴィン君とこの娘さんだったかな? どれ、おばちゃんが教えてあげ――― え、何これ? ドーナツ?」
「はい、ママがこれならお魚が群がること間違いなし! って、そう言っていたのです」
「う、うん、ドーナツ丸々は流石のお魚さんも食いつけないんじゃないかなぁ。これ、チョコがトッピングされているやつだし……」
おっと、あっちでは久遠がリオンとクロメルの相手をしてくれているようだ。今日のところは部分的に敵でもあるというのに、本当に微笑ましい光景を見せてくれてありがとう! と、向こうで感涙しているジェラールと共に礼を言いたい。
……ところでメルさん? クロメルにどんな釣りの仕方を教えやがったんです? あのドーナツ、絶対君の持ち込み品だよね? 小腹を満たす為に食べるならまだしも、釣り餌に使うって、お前……
『あなた様、誤解してはなりません。私はただクロメルに、常識に囚われずに育ってほしいだけなのです。この世界は広い、であればチョコがけのドーナツが好物の魚類だって居るかもしれない。そんな夢を見せたかっただけなのです』
『メ、メル様、そこまで深いお考えがあったのですね……! このコレット、その言葉を深く胸に刻み、未来の聖書にも書き記したいと思います……!』
君達、それって一般的な常識を身に着けているのが最低条件だからね? 土台なしにやるもんじゃないからね? ……と、二人からの念話を軽くいなす。多分だけど、この大会の最下位はメルとコレットになるんじゃなかろうか。
―――ククイッ。
っと、そう言っている間に釣り竿に反応が! さてさて、“ちょっと待った”に参加する事はできないが、セラの夫として良いところは見せないとな。この手応え、なかなかの強敵と見た! いくぜ、フィッーーーシュ!
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釣り大会開始から一時間が経過、ここで大会司会役のアンジェより結果が発表される。
「えー、それでは順位発表を行いたいと思います。まずは第三位、トータルで十二もの魚を釣り上げた悪魔四天王の医療担当、ベガルゼルドさん! ……の、奥さんであるビューティーさん! 大型の魚を中心に豪快かつ繊細な釣り捌きを見せてくれました! 数では三位ですが、トータル重量ではトップタイです!」
「「「「「おおー!」」」」」
「え、お前ッ!?」
「不甲斐ない夫に代わって頑張りました」
初っ端からの波乱である。ベガルゼルドの奥さんと言えば、エフィルが出産する際にも立ち会ってくれた、悪魔で巨人の看護師さんだ。まさか釣りが得意だったとは…… 俺、ベルの時以上に驚愕。
「続いて第二位、惜しくも優勝を逃してしまいましたが、終盤まで凄まじい追い上げを見せてくれました! 本日の主役の一人である~~~? ……セラさんです! 釣り上げた数は三十六! うわー、常時何かしらを釣っている数ですね、これは!」
「「「「「おおおーーー!」」」」」
「クッ、あと少しだったのに!」
「それでも凄い数だよ。ビューティーさんの三倍も釣っているじゃないか」
「……ケルヴィンも釣った数にカウントされないかしら?」
あの、それってどういう意味です? しかし、セラが二位なのは少し意外だった。てっきり断トツで一位をかっさらうものだとばかり――― いや、もしや一位はベルか?
「さあさあ、いよいよ優勝者の発表です! 優勝候補筆頭のセラさんを抑え、見事第一位の座を獲得したのは~~~? ……何と驚き、メルさんだぁぁぁ!」
「「「「「えええぇぇぇ!?」」」」」
……? え、ごめん、皆の叫び声でよく聞こえなかった。メルの名前が聞こえた気がしたけど、流石にそんな筈はないよな? いやあ、進化して耳がよくなった筈なんだけど、こんな日もあるものなんだな。ハッハッハ。
「あなた様、現実逃避をなさらないでください。優勝者はこのわ・た・し、です!」
「……うっそだぁ」
いや、だってメルはドーナツを釣り餌にするような奴だぞ? クロメルは寸前のところで久遠のやり方に変えていたみたいだけど、メルはずっとあのドーナツを餌にしていた筈だ。そんな状態で魚を釣れる筈がないだろう。というか、釣った姿を目にした覚えがない。
「えー、メルさんは実に三十七尾もの魚を釣り上げました。セラさんとの差は僅か一尾! 今日の為に自作したというドーナツ型の釣り餌の効果は凄まじいもので、セラさんに匹敵するほど魚の食いつきが良く―――」
―――自作の釣り餌、だと……!? ば、馬鹿な、アレはメルの非常食じゃなかったのか!?
「フッ、どうやら常識に囚われてしまったようですね、あなた様。このドーナツは私の『錬金術』で生成した特製の釣り餌だったのですよ。言うなれば、メル印の釣り餌です! モッグモグ!」
おい、その釣り餌を今食ったよね、ジブン?