第351話 号泣
本日の“ちょっと待った”、その不参加が決定した訳だが、落ち込んでばかりもいられない。戦いを抜きにしても、今日はセラとの式がこのグレルバレルカ帝国で行われるんだ。北大陸最大の超国家、その姫君の挙式ともなれば、規模も相応のものになっていく。今日も今日とて一世一代クラスの頑張り、お見せしましょうかね!
「あ、そういえばまだ言ってなかったわね。ケルヴィン、今日の式は身内婚でやるから、気楽に参加してね!」
「え?」
が、俺の予想は大きく外れていた。義父さんの事だから、てっきりトライセンでの式のように、国全体を巻き込んでのものにすると思っていたんだが…… 詳しく話を聞くに、今日の式にグレルバレルカ側で参加するのは、親族と限られた部下達のみになるんだそうだ。それにプラスして、俺の仲間達やゲストが参加するとして――― 本当に身内のみの規模になりそうだ。意外である。
「クフフ、意外ですか?」
「あ、ビクトール。 ……まあ、うん、正直に言えばそうかな」
「まあ、これには色々と理由がありまして。セラ様とベル様はグレルバレルカの姫君ですが、同時にその存在を秘匿されてきた歴史があります。戦国の世が薄れつつある今でこそ、徐々に明かしている最中ではありますが、認知度はまだまだといったところです」
「あー、なるほど。そんな状況で国を挙げてやろうとしても、国民が混乱しちゃうって事か。今まで存在も知らなかった姫様が突然現れて、明日挙式するから国を挙げての祭りにするね! なんて言われてもな。更にその相手が人間の俺とくれば、尚更に公表は難しいと」
「理解が早くて助かります」
セラ的には家族と仲の良い知り合いに祝われればオーケー! な感じだと思うし、身内だけでやるにしても困らないだろうしな。逆に姫君として扱われる方が嫌がりそうだ。
「ちなみにだけど、北大陸に教会で祝うなんて文化はないからね?」
「そもそも、教会自体がありませんからね。北大陸には祈る対象が居ませんでしたから。信じられるのは己の力のみ、戦国の世は何とも辛いものです」
「せ、戦国の世……(ゴクリ)」
「ケルヴィン、今ので興奮しないでよ…… まっ、他大陸との繋がりを持ったこれからは、北大陸にも少しずつ増えていくでしょ。けど、今日のところはグレルバレルカ風の式をやらせてもらうわ!」
これまで北大陸には数多の国々が乱立し、常に変化の中にあった。さっきビクトールも言っていたけど、常時戦国状態ってやつだな。だからこそ、それぞれの国には異なった文化があって、結婚式のやり方も違ってくる。一日中飲み明かして過ごす国もあれば、新郎新婦に試練を課してその愛を確かめる、なんて国もあるんだそうだ。で、肝心の我らがグレルバレルカ帝国では、どのような式をやっていたかというと――― 自由、その一言に尽きる。
「戦乱の世にあったグレルバレルカ帝国には、多くの国々を渡り歩いた悪魔の存在も珍しくありませんでした。かく言う私にも、各地を転々としていた若き頃がありまして。ああ、懐かしいものです」
「ビクトール、変な昔話モードに入らないでね?」
「っと、これは失礼。まあ、アレです。そんな悪魔材の多いグレルバレルカ帝国だからこそ、取り入れる文化における許容範囲も群を抜いています。今日のような式もまた然り、法に違反しない限り、基本的に何をやっても許されてしまうのです」
「ホント、フリーダムだよな。で、そんなフリーダムなグレルバレルカ式で、セラは何をやろうと思っていたんだっけ?」
「もちろん、釣り大会よ!」
「「………」」
自信満々に宣言するセラに対し、何とも言えない表情を作ってしまう俺&ビクトール。うん、事前に知ってはいたけどさ…… いくら自由度が高いといっても、結婚式に釣り大会をやろうとする悪魔は、流石に今までに居なかったんじゃないかな?
「釣り大会よッ!」
「いや、二度も言わんでも――― って、ドレスに着替え終わってる!?」
いつの間に着替えたのか、セラはウエディングドレス姿になっていた。ワンポイントに髑髏の装飾を施した、悪魔的に真っ赤なドレスである。抜群のプロポーションを誇る彼女はただそこに居るだけで華やかな存在であり、誰よりも今日の主役として輝いていた。髪もきっちりセットしており、この瞬間にも式を始められそうだ。 ……あと、その言葉通り釣り竿も持って来ていた。う、ううーん、この組み合わせは初めて目にしたけど、やっぱ独特としか言いようがないような。
「どうどう? 似合っているかしら?」
「……ああ、似合ってる。その場違いな釣り竿を含めて、セラらしいドレス姿だと思うよ」
「でしょ? えへへ♪」
まあ、そんな組み合わせでも見惚れてしまう俺なんですけどね。セラは何も着ても様になるけど、今日の姿は一段と綺麗に映った。ああ、結婚式効果ってやばいなぁ。
「………」
「って、義父さん? いつの間に俺の横に――― 気絶してる!?」
音も気配もなく俺の真横に居た義父さんであったが、なぜか立ったまま気絶していた。ま、まさか、セラのドレス姿を目にして気を失った感じで? い、いやいや、それはいくら何でも。娘の晴れ姿で号泣する父親の図は定番だが、気絶しちゃうなんて事は流石に…… 義父さんならあり得るか?
「セラ様、ご立派になられて……!」
そんな義父さんの代理と言うべきだろうか、ビクトールが一番父親らしい反応を見せていた。感動&号泣である。ちなみに、気絶している義父さんの事は全く気にしていないようで、完全放置状態である。
「おいビクトール、お前また泣いているのかよ? いい加減涙を拭いてよ、今のセラ様の姿を目に焼き付けておけって。ぜってぇ後で後悔すっぞ?」
「う゛、う゛う゛っ……! ええ、頭では理解しているのです…… ですが、ですが、この体が言う事を聞かないのですよ……!」
「まっ、気持ちは分かるけどなぁ。あっちではグスタフ様も号泣しとるし――― いや、気絶か。まあええ、いつものこっちゃ。ちゅうかビクトール、ジブン目ぇあったんか?」
「目などなくとも、涙を流す事はできるのです。同じ御付きの執事である私には、ビクトールの気持ちがよく分かります。もしこれがベルお嬢様の結婚式だと考えると…… あばばばばばばば」
「ああっ、セバスデルはんが謎の痙攣をッ!? ベガルゼルド、急患やで!」
「いや、いつもの発作だろうが。唾をつけるまでもなく、放っとけば治るって」
「……せやな! にしても、相も変わらず難儀な持病を持っとるもんや」
「あばばばばばばばばば」
「ク、クフフ、涙で前が見えません……!」
セラが目立てば続々と人も、いや、悪魔も集まってくるもので、気が付けば悪魔四天王が全員集合していた。泣いたり元気付けたりボケとツッコミをしたり痙攣したりと、バラエティ豊かな反応である。けど、そんな沢山の反応の中に、気絶している義父さんを気遣うものは未だになく――― まあ、皆セラのドレス姿を優先しちゃうよな! なら仕方なし!
「ケルヴィン、ボケっとしている暇はないわよ! はいこれ、貴方の分の着替え!」
「え、俺も着替えるのか?」
「新郎なんだから当たり前じゃないの。それ、私がチョイスした悪魔的に格好良いタキシードなんだから、しっかり着こなしなさいよね?」
「りょ、了解。頑張るよ」
けどさ、このタキシード、見るからに真っ赤で髑髏柄なのは気のせいかな? これで俺、釣りに参加するの? マジで? あ、はい、了解であります……