第349話 サプライズドレス
舞桜との激戦により、途轍もない疲労感と満足感に全身を満たされた俺であったが、“ちょっと待った”が終わっても儀式はまだまだ終わらない。怪し気な息遣いが少し気になるものの、献身的に俺を支えてくれるコレット共に、何とか儀式の証を入手するには至った。
で、その足で地上へと戻る。いつもであれば大した事ではないんだが、この状態だと昇り降りがなかなか辛い。魔法で回復しようかと一瞬考えたが、二人とも魔力がマジでギリギリな為、これ以上の使用は虹を吐く事態になりかねない。メル印の回復薬は――― 出した瞬間にコレットの興奮度が凄い事になりそうだったから、使うのは止めておいた。まあ、それでもモンスターは素手で何とか対応できると思うし、ここは夫婦の頑張りどころという事で。 ……けど、今度から市販の回復薬もクロトの『保管』に常備しておく事にしよう。何が起こるか分からないからな。
ともあれ、そんな俺達の頑張りが功を奏し、肝試しめいた今回の儀式は無事に成功するのであった。倒れ込むようにしてゴールする俺達を、サイ枢機卿が出迎えてくれる。
「お二人とも、お見事です。着替えや回復用のアイテムを休憩室に用意していますので、どうかそちらで疲れを癒してください」
「あ、ありがとうございます、サイ枢機卿。ええ、本当に助かります……」
「ぜぇ、ぜぇ…… う、うぷ、何とか堪えましたよ……!」
「……奥で何かありましたか? ケルヴィン様がご一緒の割には時間を要していましたし、何やら酷くお疲れのご様子。S級モンスターに苦戦される貴方ではない筈ですが」
「あー、それがですね―――」
道中でセルジュが物理的なお祝いをしてくれた事を説明する。
「―――とまあ、そんな事がありまして」
「な、何ですって!? セルジュって、あのセルジュですか!? 彼女がさっきまで、地下墓地に!?」
あ、いかん。そういやこの人、古のセルジュラブ勢だったわ。余計な情報を与えてしまったかもしれん。
「今、セルジュって言った!? 私のイヤーは確かにその四文字を耳にしたぞ! ああ、セルジュよ、漸くこの私を迎えに来てくれたのか。このソロンディール、まるで白馬に乗った王子を目にした少女のような心境だ! この胸の高鳴り、今にも世界中に届いてしまいそうだよ!」
「……素敵だ」
やべぇ、古のセルジュラブ勢が更に二人追加されてしまったぞ。つうか、この人ら一体どこから現れた? さっきまでどこにも居なかったのに。
『ケルヴィン君、今セルジュって言ったよね? ほら、お義父様に正直に話してごらん? そうすれば未来永劫君は救われるって、教皇の僕が太鼓判を押すからさ』
どうしよう、最後の古のセルジュラブ勢が念話で話し掛けてきたぞ。いや、フィリップのお義父様、どうして俺に念話を送れるんですかね? 貴方にはクロトの分身体を渡していないし、配下ネットワークに繋がっていない筈ですよね?
「ケルヴィンさん、どうか正直に答えてください。私はまだ、彼女の事が……!」
「そうだ、速やかに口を割った方が良い。こうしている間にも、照れ屋な彼女が逃避行に走ってしまうかもしれないからね」
「……知りたい」
『君が呆れている事は百も承知だよ? でもね、お義父様は年老いた今も恋に生きているんだ。娯楽の少ない教皇って立場なんだ、それくらいは神も許してくれるってものだろう? だからさ? ね? 喋っちゃおう?』
容赦なく、ずずいと迫る古のセルジュラブ勢達。断っておくが、一応こっちは大事な儀式を控えている身だ。流石にこのタイミングでそれは身勝手なんじゃないかと、俺も少しばかりの苛立ちを覚える。
「……あー、もう! 儀式という形態とはいえ、今日は俺とコレットの結婚式なんですよ!? その大事な最中にナンパめいた事をしないでください! するにしても、俺達を巻き込まない形でやるのが筋ってもんでしょ! コレット、放っておいて行くぞ!」
「えっ? よ、良いのですか?」
「良いの! 今日は俺達の都合が何よりも優先!」
「あっ、ちょっ!」
コレットを抱え、この場から全力で逃走。疲れ切った今の俺でも、古の勇者達を撒くくらいの事はできる。何やら引き留める声が聞こえてくるが、無視だ、無視! さあ、向かう先は安寧の地、休憩室だ!
『ケルヴィン君、ごめんね~? 君のお義父様としてサイ達にはきつく言っておくから、どうか彼らを許してやってほしい。けど、同時に分かってもほしいんだ。君がコレットに対して本気であるように、僕らもセルジュと真摯に向き合っ―――』
―――どういう理屈で念話を使っているのかは分からないけど、こっちから念話を切る事はできる。はい、暫くは着信拒否です。お義父様も反省してください。
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全ての儀式が終わった後、フィリップお義父様を含め、古の勇者達が改めて謝りに来てくれた。変なテンションになっていたあの時とは打って変わって、この時の彼らは本当に反省した様子だった。あまりの変わりようであった為、逆に俺まで謝ってしまったくらいだ。
また、言葉だけでは謝罪の気持ちを伝え切れないと、色々とお詫びの品まで頂いてしまう。流石にそこまでしてもらう訳には、と何度も断ろうとしたんだが、最終的には受け取ってしまった形だ。うーん、古の勇者達は押しが強い。
……たださ、そのお詫びの品が精力剤や安産祈願のお守り、更には赤ちゃんの名付け辞典、子供用の高級ベッドってのは、選択肢的にどうなの? いくら何でもメッセージ性に溢れ過ぎじゃありません? 特にこの精力剤、僕が作りました! なんて、フィリップお義父様の似顔絵付きである。まさかのお手製である。等級も最高ランクっぽいし――― ああ、もうッ! 全然反省してねぇ!?
「とまあ、普通であればここで頭を抱えてしまうところだが、そんな事はしない。何せ、ここからは俺とコレットの二人だけの時間だからな。一先ず、お義父様達の事は捨て置く! 時間がもったいないから!」
「ケ、ケルヴィン様、もしや、私が不遜な思い違いかもしれませんが…… そ、そこまで私との時間を大事にしてくださって……!?」
「当然だろ? 不遜でも思い違いでもない」
「ふわぁ~~~……」
二人きりになってからというもの、この通りコレットは感極まりっ放しである。この問答もさっきから何度も繰り返している有り様で、なかなか次のフェイズに進めそうにない。しかし、俺は何度でもいつまでも付き合う所存だ。夫して当然の責務ってのもあるが、何よりも―――
「―――コレットのドレス姿は目の保養になるからな」
「~~~!?」
あ、臨界点を突破して、コレットが血を吐いてしまった…… ま、まあそういう訳だ。今、コレットが着ているのはいつもの巫女服ではなく、青を基調としたウェディングドレスなのである。デラミスの儀式中ではドレスを着る機会なんてなかったから、俺だけが目にする事ができるコレットの特別な姿って事になるかな。まさかのサプライズに、コレット自身が準備してくれていたらしく――― いやあ、その姿を見ているだけで、一晩は余裕で過ごせるってものだ。つまるところ、俺、とっても満足。
「ハァ、ハァ…… ケ、ケルヴィン様、実は一つお願いがありまして……」
「ああ、吐いた血の分を回復させながら聞くから、ゆっくり話してくれ。どうした?」
「その、夫婦としての初めての夜はメル様と一緒が良いな、と……! その、連日連夜でケルヴィン様もお疲れでしょうし……!」
直後、言ってしまった! と、照れ隠しにベッドに蹲るコレット。要約すると、あれこれは明後日のメルとの結婚式の夜まで待ってほしい、そういう事だろうか?
「コレットを目の前にして、待てはなかなかキツイものがあるが…… コレットがそれを要望するのなら、俺は構わないよ。うん、分かった」
「ケルヴィン様……!」
「けどさ、それってメルにも話を通してるか? 流石に無断は不味いぞ?」
「……(ニコッ!)」
え、その笑顔ってどっちの意味?