第345話 浮気
戦いが激化する度に、俺はこの環境下に適応していった。『狂飆の竜鎧』で体中に風の斬撃を身に着ける事で、凍結する氷を自動的に排除。その際に俺自身も傷ついてしまうが、それ自体が回転する視界で酔っていた頭を冷ます、良い眠気覚ましになってくれる。
また、『狂飆の覇剣』を得物に施してやれば、クライブ君もうっとおしい氷からはおさらばだ。え、何? 氷が砕かれる度に激痛が走る? もっと優しく扱え? ハッハッハ、安心しろ。この程度で折れるような、そんな生半可な武器じゃないって、俺は知っているからさ。直に鍛え上げた俺が言うんだ、間違いない。それに、俺も同じ痛みを共有しているんだ。だから一緒に頑張ろう!
「■■■!(この鬼!)」
「ククッ、お前がしてきた所業に比べれば、俺のは大分マイルドだよ」
「ケルヴィンさん、また自分の武器とお喋りしているようですね。実は余裕があるのでしょうか?」
「いえ、ケルヴィン様のあのご様子から察するに、戦いの全てを楽しもうとしているだけかと。激闘の最中に行われるのは、何も剣と魔法のやり取りだけではありません。好敵手との問答もまた、戦いにおける醍醐味なのです……!」
「……舞桜とではなく、剣と話しているようですが?」
「自らの武器との対話もまた、戦いの醍醐味なのです!」
っと、惑星弾丸の攻撃の余波でよく聞こえないが、コレット達の問答もかなり激化しているようだな。この“ちょっと待った”、表向きはそれぞれの巫女の支援を受けて戦うルールになっているが、実際のところはシスター・エレンにそんな力はないし、コレットだって秘術の行使でそれどころではない。要は俺と舞桜が戦える機会と環境のみを提供して、後は存分にどうぞ! と言うスタンスなんだ。まあ、こんな機会でもなければ、あの二人が腰を据えて話し合える事もなかなかないだろう。折角のそんな機会なんだ。俺と同じように、存分に会話を堪能してほしい。
「俺の事を忘れてしませんか、ケルヴィンさん!?」
木星ボールの背後に潜んでいた舞桜が、目の前のそれを聖剣で弾き、その弾道を俺の方へと急転換させる。知っての通り、木星ボールは一番食らっちゃならない要警戒対象だ。通常時であれば他よりも弾速が遅い為、そこまで危険に晒される事もないのだが、舞桜が時折こうやって直接弾き、その速度をアップさせた状態でぶつけに来るのだ。正に致命を狙った素敵な攻撃って訳だな。
「素敵な攻撃をありがとよ! けど、忘れてなんていないさ! この勝負が始まって以来、ひと時だってお前を忘れていない!」
『粘風反護壁』の弾力ある障壁で木星ボールを逸らし、陰から姿を現した舞桜を注視する。ったく、俺は苦労してガードしているってのに、あの聖剣は全ての惑星を軽く弾き飛ばすんだよな。まあ、それ専用の武器を考えれば納得だが。
「■■、■■■■■■■■■■■■!? ■■■!?(おい、僕の螺旋超嵐壁はどうした!? 浮気か!?)」
「いやあ、最近ただの斬撃の壁じゃ防げない事が多くてさ。その分、ベルの粘風反護壁は使いどころが多いと言いますか」
「■■ー!(ムキー!)」
うん、つか浮気て。
「しっかし、どうしたもんかねぇ」
今こうして馬鹿をやっている最中にも、惑星弾丸の苛烈さが続いている。単純に破壊を試してもみたが、聖剣ウィルの特性なのか、破壊した直後に新品となって戻ってしまった。どうやら残骸の状態でも、改めて願えば欲した形状に再生するらしい。改めて思うけど、結構なとんでも兵器だよな、あの聖剣。刀哉よ、相棒の使い方を見習うべき相手が、ここにも居るぞ。
となると、やはり狙うべきは使い手である舞桜の撃破――― なのだが、これも先に試してみた通り、一撃で屠らない限りは、ダメージも状態異常も白魔法で瞬間回復されてしまう。舞桜自身も下手に接近戦をしようとせず、相変わらず距離を保っての引き撃ちスタイル。頑強な惑星の陰に隠れるようにして移動している為、こっちが無理して接近しないと、確実にダメージを与える事も叶わない。いやはや、即興で考えたとは思えないくらい、よくできた戦法だよ。何よりも攻撃のバリエーションが多くて俺も楽しいし。時間が許す限り、いつまでも戦いに興じていたいくらいだ。
「けど、段々と時間が許してくれなくなるんだよなぁ。この後も儀式があるっぽいし……」
「ケルヴィンさん、表情が面白百面相になっています。例の並列思考のせいなのか、思考の速さに表情筋が追いついてないです」
「それだけ全力を尽くして堪能しているって事だよ。んで、今は広域殲滅系統の攻撃でどうにかできないもんかと企んでる」
「うん、だからそれって俺に言っちゃ駄目な話ですよね? うっかり漏らさず、こっそり実行すべき作戦ですよね?」
「お前だってそうだろ? 散々能力の説明をしてくれたのは誰だったかな?」
「ハハッ、それを言われると辛いなぁ。でもですね、ケルヴィンさんもそろそろ――― 負ける心配もした方が良いですよ?」
「あ? 何だっ――― ッ……!?」
脇腹の辺りから、不意に衝撃が走る。感触からして、球形の何かが衝突したんだろうが…… おかしいな、把握している惑星ボールは未だに全部周りにあって、俺もそれらを躱していた筈なんだが。
「げぇふぅッ……!」
肉と骨と内臓、俺の肉体を構成する諸々が潰れ、他を圧迫する。一足遅れてやって来る激痛、こいつはまだ良い。戦闘における見えない友達のようなものだ。急展開による散漫する思考、やあ、お前も来たのか。緊迫感に満ちた戦闘において、やっぱりお前は欠かせないものだよな。
「ふぅふ、フヘヘヘヘヘェッ……! またな……!」
と、慣れ親しんだ友人達が俺も出迎えてくれた訳だが、零れ落ちそうになる涙を堪え、二人とは早々にお別れする。白魔法による治療、そして並列思考による補強を敢行。さらば、また会おう、友よ。
で、だ。正体不明の球形は、俺にダメージを与えて尚も姿を現さなかった。俺の脇腹が陥没するのみで、そこには何もなかったのだ。なるほど、こいつは察知も視認もできない暗殺者だったって訳だ。まあ、アレだ。つまるところ―――
「―――何だ、金星の他にも、説明していなかった惑星があったんじゃないか、なあッ……!?」
「ああっ、ケルヴィン様がッ!? で、ですが幸せそうなので結界オーライ!」
「コレット、貴女もなかなか覚悟が決まっていますね……」
不可視の惑星を弾き返し、舞桜に称賛の言葉を送る。わざわざ他の惑星群について説明をしていたのは、この不意打ちを悟らせない為か。それも今の今まで、こいつを別の惑星とぶつからないようにして、それら軌道が変に逸れるのを防いでいた徹底振り。この時まで隠し通していたのが、本当に偉いじゃないの……!
陥没した傷跡から察するに、不可視の惑星は一番小さいと思っていた水星よりも、更に小さなサイズであるらしい。まともに衝突したとしても、そのダメージは他と比べて些細なものだろう。が、その結果が陥没だ。俺のステータスが前衛向きじゃないってのもあるが、やっぱ威力が半端ねぇ。星に衝突される気分ってのは、こんな感じなのか。良い経験をさせてもらった。気分が良くて、思わず笑い声が漏れてしまう。
「言い忘れていました。それは聖冥、お察しの通り不可視の星――― と、お互い笑い合って歓談したいところですが、ここからは巻きで行きますよ。具体的には止めを刺します」
舞桜のそんな言葉の直後、周囲でバラバラの軌道を描いていた惑星達が、一斉に俺の方へと迫り始めた。おいおい、聖剣で弾く必要もなかったのか? 役者が過ぎるだろうよ、舞桜さんよ!
「■■、■■■■■■■! ■■■■■■■!(おい、これやばいって! 溜まらないって!)」
「ホント、溜まんねぇな。クライヴ君、相当に無茶をするぞ。頑張って堪えてくれ」
「■■■!?(ふぁっ!?)」
クライヴ君が貯め込んだ呪いを一気に開放すべく、俺はクライヴ君を構えて迎撃態勢を―――
「激走し、死神を滅せ! 『聖地』!」
―――整える前に、何か地球が出現した。 ……あ、地球?