第337話 ケーキ入刀乱舞
俺達はケーキナイフを振るう。その速度は一般的なケーキ入刀のそれではなく、俺達が本気でバトルをする際のものに達していた。常人には影すらも映らないだろう。だが、重要なのはここからだ。
「「ハァっ!」」
阿吽の呼吸でナイフを何度も振るい、目標であるウエディングケーキに入刀し続ける。俺達は『意思疎通』で思考を一体化させている為、殆ど誤差なく動きを合わせる事が可能だ。但し、ナイフを動かすメインは『剣術』に長けたリオンであり、あくまで俺は動きを合わせているに過ぎない。その代わりに俺が頑張っているのは、切り分けたケーキを結界で保護し、風に乗せて皆にお届けする作業だ。
「お、おおお!? ケーキが俺の皿に飛んで来た!?」
「わ、私の方にも!? それで、お皿の上でふよふよ浮いてる!」
「まさか、ケーキ入刀と同時に、俺達に配っているのか!?」
その通り! ケーキの真下に皿を差し出せば、ゆっくりと着地してくれるよ! 美味しく頂いてね!
……と、もう今回の共同作業について、大方理解できた事だろう。実はこの超巨大サイズのウエディングケーキ、正しく正確に切り分けさえすれば、フルーツや生クリーム、スポンジなどの内容物が、きっかり等分になるつくりとなっている。リオンとの共同作業の為に、エフィルとクレアさんに無理を言って実現してもらったんだ。頼んだ側の俺が言うのも何だが、どんな無茶振りなんだよって感じだよな。快く了承してくれた二人には、感謝してもし切れない。
まあエフィルからは、私の時にお返ししてくれれば問題ないです♪ と、すんごい笑顔で言われてしまった訳だが…… 結婚式の最終日、俺は一体何をやらされるんだろうか? いやまあ、大体の見当は付いているけどさ。未来の俺、超頑張って……! その代わり、今の俺はケーキ入刀を頑張るから……!
「フフッ、見なよエドガー。僕に魅了されてしまったのか、ケーキが自分から飛んで来てしまったよ。なかなか見る目のあるケーキじゃないか」
「いや、この場に居る全員に渡っている訳だが……」
「うわすげ、これまーぢ良い匂いしてんぢゃん! 映える~!」
「うう、リオンがワシの為にケーキを切り分けてくれたのじゃ…… しかも、気持ち大きく切り分けてくれたのじゃ……」
「いいや、我の方が僅かに大きい。フッ、セラベルだけでなくリオンにまで愛されてしまうとは、我ながら罪作りなものよ」
「……グスタフ殿、流石にそれは聞き捨てならんぞ。よーく見よ、ワシの方が大きいわい!」
「ジェラールよ、貴様こそよーく見るのだ。老眼で分かり辛いのかもしれんが、我の方が絶対に大きい!」
「「……あ゛?」」
今の俺、そしてリオンの頑張りのお陰で、ケーキは無事皆に行き渡ったようだ。一部爺と義父間で争いが起こっているようだが、この披露宴のノリは酒場の宴そのものだからな。まあ、喧嘩の一つや二つくらい起こるだろう。全く心配ない。
「「んんんまぁぁぁい……!」」
一口ケーキを食してしまえば、あまりの美味しさ&リオンの『絶対浄化』で邪念が吹き飛んでしまうからな。喧嘩もこれでイチコロである。
まあ、そんな訳で緊張の共同作業も終わり、お待ちかねのケーキ堪能タイムに突入だ。エフィルとクレアさんの調理力が結集した合作なだけあって、その美味さは計り知れない。おまけに浄化もされてしまうのだから、このケーキに勝てる者は居ないだろう。
「って事で、ドロシーも食べてみてくれないか? きっとイチコロだぞ?」
「何がイチコロなんですか? 折角の日に物騒な言葉を口にしないでください」
「まあまあ、そこは言葉の綾だよ、シーちゃん。僕もシーちゃんに食べてほしいな」
「いただきます!」
リオンの言葉の直後、ドロシーは迷う事なくケーキを頬張った。ドロシーったらホントにドロシー。
「~~~ッ!」
そして、何とも幸せそうな表情を作り出す。もう、ふにゃって感じ。そんな彼女の表情を目にすると、俺とリオンも何だか幸せな気分になってしまう。喧嘩をするのは良い。真剣勝負は尚も良い。けど、最終的にはお互いに笑い合いたいものだ。
「そうすれば、もっと強い状態でまた戦い合えるしな! 素敵な永久機関の完成だ!」
「ケルにい、多分だけど色々と台無しだよ」
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結婚式二日目、その夜。今日の諸々の予定を終えた俺とリオンは、俺の部屋のベッドで仲良く横になっていた。いやあ、やっぱり我が家は落ち着くものだ。今日の“ちょっと待った”は俺が戦った訳じゃないけど、ほどよく疲れた事だし、よく眠れそうである。え? 夜の予定はどうしたのかって? ……だから、言ったじゃないか。今日の諸々の予定は、もう終わったって。まあ、そういう事である。
「リオン、大丈夫か?」
「全然問題ないよ。むしろ、嬉しい気持ちで一杯。えへへ」
そう言ってはにかみ、俺の胸にポスンと頭を乗せるリオン。可愛いの権化か? うん、権化だわ。可愛い、認可します。
「ルミエストの友人達は、披露宴の後に帰ったんだって? 一泊くらいしていけば良かったのにな」
火照った頭と体を冷ます為にも、少しだけ話を逸らす。
「うん、ここまで来るのに予定日数がオーバーしたとかで、直ぐに帰らなくちゃ間に合わないんだって。パーズの転移門を使ってギリギリって言っていたから、本当に危なかったみたい」
「ほ、本当にギリギリのスケジュールだったんだな……」
「雷ちゃんやシャル君は、最後の最後までお祭りを堪能するんだ! って言いながら、転移門前で粘っていたんだけどね。最終的に雷ちゃんはグラハム君に捕まって、シャル君はエドガー君に留年疑惑の話を出されて、大人しく転移門を潜って行ったんだけど」
「うん、そんな疑惑があるのなら、大人しく帰った方が絶対に良いな」
流石に王族で留年は洒落にならないと思う。
「ん? そういやドロシーも披露宴の終わり際には姿がなかったけど、先に部屋に戻ったのか?」
「今夜は屋敷に泊まらないで、クレアさんと一緒に精霊歌亭に行って、そっちで一泊するって。何人か酔い潰れた人を運ぶ必要があったし、あと、えっと…… その、気を遣ってくれたみたいで……」
「あ、ああー……」
何て言うか、気遣い上手である。ドロシー、ありがとう。お陰で諸々が上手くいったよ。
「それじゃ、今日は早目に寝よっか。明日も早いもんね」
「だな」
明日のコレットとの式はデラミスで開催される。規模で言えばシュトラの時と同じくらいのものになるだろう。うーん、今からとっても不安。色々な意味で。それに、あっちも何も考えているのか、いまいち分からないからなぁ。
「………」
「ケルにい、何か心配事?」
「む、分かっちゃうか? リオンに隠し事はできないな」
「あはは、僕はケルにいの妹であり妻なんだもん。そりゃあ分かるよ~。それで、何が不安なの? 明日の“ちょっと待った”の相手の事? 確か、謎の剣士Sって名前しか分からないんだよね?」
「ああ、唯一相手が不明瞭な戦いになるからな。そこも確かに不安要素ではあるんだが…… 他にも気になる事もあるんだよ」
「気になる事?」
「ほら、昨日今日と続いて、アダムスやマリアが式に顔を出していないだろ? 初日から招待しているのに」
「言われてみればそうだね。十権能の人達に、ルキルさんの姿も見ていないや」
「だろ? アダムス達は兎も角として、マリアや久遠とかは、こういったイベントに目がないと思っていたんだが、まさかの全員不参加だからなぁ…… うーん、俺の勘が外れただけか?」
「それか、式よりも優先すべき事がある、とか?」
「優先すべき事……」
それはまだ、俺にとってのちょっとした予感でしかない。それが俺にとって良いものなのか、悪いものなのかも分からない。だが、ううむ。何だかとっても嫌な予感がするんだよなぁ。ワクワクが止まらないんだよなぁ……!
「ケルにい、興奮すると眠れなくなるよ?」
「あ、はい。大人しく寝ます」