第335話 パーズ流神前式
第二回目となる“ちょっと待った”は、リオンとアレックスの完全勝利という形で終結した。当初俺が危惧していた早期決着、ある意味でその範疇に収まる結果ではあるのだが、その過程は幾度も予想を裏切られるものになっていた。忖度されたギブアップをドロシー選ぶ訳でもなく、成す術もなくリオン達が蹂躙された訳でもない。ルールの裏をかき、己の関係性を利用し、リオンしか使う事のできない手を生み出し――― ドロシーという神を相手にあらゆる手を尽くし、正面から勝利したのだ。
戦いの最後、ドロシーは親友としてリオンに接し、敗北を認めて自ら斬撃へと飛び込んだ。その瞬間にコレットの『巫女の秘術』が発動。死を逃れると同時に、ドロシーの敗北が決定した。本来の力を使う事ができず、慢心のままに敗北してしまう。それは戦いの中に生きる者にとって耐え難く、非常に辛いものだろう。同じ立場に立ったのなら、恐らく俺は精神的に死ぬ。それくらいに悔しいものなんだ。けど、最後にドロシーは笑っていた。心から感服し、心から祝福していた。親友がここまで自分を想い、考え尽くしてくれた結果がこれなのだから、悔いはないと言った様子だった。
「―――まあ、そういうところが俺とは違っていたんだろうな。そもそもが違う人種って言うか、精神構造の根本が別物って言うか…… 結果自体は満足だけど、それだけの力を持っている責務をもう少し感じてほしいと言いますか」
「何ですか、何が不満なんですか?」
場面は変わり、現在俺達は教会に居る。“ちょっと待った”が終了し、俺とリオンの結婚式が実施される事になったからな、その第一段階である挙式の準備――― と言うか、もう本番だ。本来であれば、まだ随分と早い時間帯ではあるのだが、戦いの噂を聞きつけてなのか、招待客の皆様方も随分と早い到着をしてしまったんだ。まっ、そんな訳で式も早目に開始する事になり、式の本番前、その深呼吸代わりとして、ドロシーにアドバイスをしていたと言う訳だ。うん、ホントに慢心はいかんよ、慢心は。
「戦いの内容がどうであれ、貴方はリオンさんと結婚できるのですから、それで良いじゃないですか」
「それもそうなんだけど…… なあ?」
「ハァ…… 心配せずとも、仮に貴方と戦う事になれば、最初から全力で潰しに行きますよ。ああ、いえ、今日リオンさんから学んだ事を活かすとすれば、開始前から潰す算段をつけておく必要がありますね。リオンさんが対神戦の鬼であったように、その時は対死神戦の神になって差し上げます」
「おっと、それは良い事を聞いた。その約束、絶対だぞ? 良いな?」
「……本当に変態ですね」
いつもであれば遺憾な言葉だが、戦闘における事であれば、それは称賛として受け取っておこう。
「おい、ケルヴィン! そろそろ式を始めるぞ!」
っと、そうこうしているうちに準備が整ったようだ。神父役のウルドさんが、俺を手招きしている。
「はーい! じゃ、行ってくるよ」
「ああ、はい。 ……何故に冒険者が神父?」
別れ際、ドロシーがそんな疑問を口にしていた。ああ、俺も最初にそう思ったよ。神父役ではあるけど、ウルドさんはいつもの格好だし、デラミスの巫女であるコレットが直ぐそこに居るのに、何故? ……なんてさ。けど、これがパーズ流の挙式のやり方らしい。何でも、日頃お世話になっている人に神父役をお願いするのが通例なんだそうだ。パーズでお世話になったランキングを作るとすれば、それはクレアさんとウルドさんがトップに来るだろう。クレアさんは料理方面で忙しいしで、今回はウルドさんにお願いした訳だ。
「ケルにい、遅いよ~」
「悪い悪い、さっきのリオンが格好良かったなって、ついドロシーと盛り上がっちゃってさ。いやはや、俺も驚きの戦い振りだったよ。流石は対神戦の鬼だ」
「それってお嫁さんに言う台詞じゃないよ? まったく、もう」
そう言って、可愛らしく頬を膨らませるリオン。漆黒のウエディングドレスがただでさえ似合っているのに、そんな仕草までされたら、もう、ホントにアレですよ? ……正直直視できなくなってしまうって。
……よし、『胆力』で多少は冷静になれた。最初こそ黒のドレスはどうなんだとも思ったが、実際に着てもらうと大いにアリな事を実感できる。ちなみにリオンがこのドレスを選んだ理由は、純白や赤のドレスは獣王祭の時に、レオンハルトに先を越されてしまったから、なんだそうだ。俺としてはノーカンだと思うんだが、その辺りはリオンの乙女心次第だからな。取り合えず、今度レオンハルトに会ったら一発殴っておこうと思う。アレのせいで白と赤の選択肢が消えたのだから、それくらいの報復はしても良いと思うんだ。
で、いよいよ挙式の時が迫る。ウルドさんの卓越した手腕の下、準備は超高速で整えられていった。既に列席も終えており、横に並ぶ俺とリオンの前には、酒の入った樽ジョッキを持った神父役のウルドさんが――― 待て、なぜに樽ジョッキ?
「じゃ、誓いのジョッキだ。ケルヴィン、飲み干せ」
そう言われ、普段メルが使っていそうなサイズの樽ジョッキ、と言うか、まんま樽を手渡される俺。そう、これこそがパーズの流の神前式、誓いの盃ならぬ誓いのジョッキなのだ。にしても、聞いていたものよりもサイズが大き過ぎる気がするのだが、これは一体何の冗談なんだろうか?
「新郎は酒を一息に飲み干し、今後二人で歩んで行く覚悟をここで示すんだ。ちなみに、酒の量は新郎のレベルに合わせて増えていく仕来りだから、まあ、その…… 男を見せろよ、ケルヴィン……!」
物凄く申し訳なさそうな顔をしているウルドさんに、無慈悲にもそう言われてしまう。な、なるほど、俺にレベルに合わせた結果、最大サイズの樽になったと……
「……オーケー、だが俺はこの展開を読んでいた。リオン、俺の雄姿を見ていてくれ!」
「ケ、ケルにい、頑張って……!」
リオンがドロシーとの戦いを先読みしていたんだ。兄であり夫でもある俺も、負けてはいられない! ジェラールから借りてきたS級の『酒豪』スキル、どうか俺を救ってくれ! 南無三ッ!
「おおっ、本当に樽ごと一気飲みしていやがる!」
「頑張れ、頑張るんだ、ケルヴィン! 俺達が付いているぞ!」
「これが愛のなせる業なのね……!」
「いや、ワシがなした業なんじゃけどね」
ありがたい。パーズの冒険者達の声援が、俺を力強く支えてくれる……! ごく一部だけ違う声も混じっているような気がするけど、それはきっと気のせいだ……! だから、俺、頑張る……!
「―――ぷはぁぁッ! の、飲み干した、ぞ……!」
「「「「「オオオオオオッ!」」」」」
樽酒を飲み干した直後、式場が歓声で揺れ動いた。それはもう、スタジアムの中で叫ばれるような歓声だ。皆、ありがとう、ありがとう……! が、今揺らすのはちょっと待ってほしい。その気持ちは大変ありがたいんだけど、ホントに待ってほしい。アルコールを防ぐ事には成功したが、如何せん量がやばかったんだ。もう腹がタプタプで膨らみまくっていて、うぷ……! クッ、こんな事なら『大食い』のスキルも習得しておくべきだった……! だが、俺はやり遂げたぞってやばいマジで吐きそうああ揺らさないで……!
「流石だぜ、ケルヴィン! では続けて、新婦は新郎に誓いのキスを!」
えっ、いや、だから待ってくれ! ウルドさん、今の俺の姿見えてる? 必死に手で口を押さえ付けて、吐くのを耐えているんですけど!? と言うか、新婦の方からするの!?
「リオン、試練を乗り越えたケルヴィンに、熱いのをかましてやれ! 妻は夫を尻に敷き、されど、やり遂げた仕事分はしっかりと応えてやる! それがパーズ流だ!」
いや何か尻に敷くとかおかしな単語が―――
「「んんっ」」
―――いつの間に俺の手をどけたのだろうか。気が付けば、リオンの顔を直ぐそこにあって、柔らかな感触が口を伝っていた。
「んっ…… フフッ、これがお酒の味なんだね。思ったよりも、甘かったかも」
「……参ったな、まだ疾風迅雷が続いていたのか」
唇を離し、その照れ笑いを目にした瞬間、俺はすっかりと浄化されていた事を認識した。体調も正常な状態に戻っている。まあ、うん…… 不意打ちは狡いって。