第331話 徹底と怠慢
「ではでは、第二回“ちょっと待った”! 試合――― 開始ぃぃぃ!」
リオン&アレックス、ドロシーの間に立ったアンジェが試合開始の合図をする。しかし、今回は実況席や解説席はない。戦場のど真ん中での宣言である。一見危なく思うかもしれないが、既にアンジェは『遮断不可』の状態になっているので、特に問題はなさそうだ。何かノリで合図をしに行ったみたいだけど、ある意味最高の特等席だよな、あそこ。
「アレックス!」
「ウォン!(うん!)」
そんな開始宣言と共に、アレックスがリオンの影の中へと入っていった。影を操作する事を可能とする、アレックスの『這い寄るもの』で何かをするつもりだろうか?
「だろうかって、ケルヴィンもリオンちゃん達の作戦を知らないの? 新郎なのに?」
「もう何の違和感もなく、俺の思考を読んで来やがるのな…… ああ、今回の“ちょっと待った”に関しては、完全にリオン達に任せる事にしているんだ。だからドロシー相手にどう戦うつもりなのかは、俺も全く知らん」
「それ、大丈夫なの? 私が言うのもなんだけど、今のドロシアラちゃんって滅茶苦茶強いよ? ケルヴィンも前に戦った事があるそうだけど、その時とは―――」
「―――比較にならない、だろ? それも重々承知の上だよ」
相手がどんなに戦い辛い相手だろうが、それがどんなに強かろうが、リオンには一切関係のない話だ。家族・親友が敵になったとしても、いざ戦うと決めたリオンの頭からは、情けや容赦といった言葉が封印される。チームを組めば頭数を最大限活かし、相手の心に付け込むような戦術だって躊躇いなく取る事だろう。それが我が家が誇る対人戦の鬼、『黒流星』のリオン・セルシウスなのだ。
一方のドロシーの優位性は、先の通り規格外の力を有している事だろう。持ち前の『時魔法』と『英雄想起』に加え、融合した神柱の各種能力、更には神の名に相応しい身体能力まで持ち合わせている反則っぷり。リオンとアレックスを一度に相手にしたとしても、余裕を持って戦えるほどだと、そう俺は見立てている。
……但し、その優位性を全て投げ捨てる勢いで、ドロシーはリオンに甘い。本当に甘い。我が家にお泊りしに来た短い間で「あっ……」と容易に察せるレベルで、甘々の甘である。開始前に火花を散らし、ちょっとした舌戦での前哨戦ができたのが、俺としては奇跡に思えてしまうほどだ。
今後の展開としては、あらゆる手を尽くして試合に勝とうとするリオンに対し、恐らくドロシーは場外狙い一辺倒だろう。それも、優~しく押し出しての場外だ。リオンに痛い目を見てほしくないと、心の底から思っているからな。『時魔法』による腐食などといった、絵面的に危うい能力も使えないんじゃないだろうか? ……うん、多分使えないだろうなぁ。少なくとも、俺と戦った時のような事は絶対にしない。リオンと戦うという事は、ドロシーにとって、それだけでハンデ戦となり得るのである。この辺りが付け入る隙になると思っているのだが…… さてさて、果たしてドロシーは俺の予想を覆してくれるかな。
「稲妻超電導!」
リオンの全身に、剣に、そして影にまで電気が走り出す。稲妻超電導はパーティの敏捷・反応速度を大きく底上げする補助魔法だ。魔剣カラドボルグの強化にも繋がる、リオンにとっての王道的な展開の一つである。
「な、なあ? リオンの足元にある影、僕には何だかおかしいように見えるんだけど、目の錯覚か何かかな?」
「シャルルの意見に同意するのは癪だが、残念な事に事実のようだ。余にもそう見える」
「ほう、タコ足の如く波打っているでござるな。不可思議でごわす」
「アレもリオンさんの能力なんスかねぇ?」
激しい電撃と足元から伸びる影をそこかしこに走らせ、同時に蠢かせている今のリオンの姿は、神々しくもどこか不気味に映る。動いている影についてはアレックスの仕業なのだが、初見の者には、それさえもリオンが操っているように見えるだろう。つか、学園組はアレックスの力を知らないのか。
「………」
開始早々目立ちまくりのリオンだったが、対するドロシーは静観の構えを貫いている。魔法を唱える様子も、本を開いて能力を読み込む様子もない。もちろん肉体も変身せず、通常のままだ。それ以前にドロシーの表情は、どこか穏やかなようにも見え――― あの、ドロシーさん? 俺が言うのも何だけど、流石に戦意なさ過ぎじゃありません?
一切の行動を起こさないドロシーを、果たしてリオンはどう思っているのだろうか。セルジュやラミちゃんと違って、俺は表情から心を読み取る事はできない。対人戦中のリオン、基本的に無表情だし。
「紫電の巨番犬!」
ただ、淡々と優位性を高めているのは確かだろう。続け様に紫電で構築された巨大な番犬を繰り出し、最早バトルフィールドはリオンのオンステージと化している。
「……シーちゃん、さっきから黙って見ているだけだけど、何もしなくて良いの?」
「当然です。ヒーローの変身中は攻撃をしてはいけない。これは世界共通の常識ですから」
別にリオンはヒーローでも変身中でもなかった訳だが。あ、いや、勇者を英訳するとヒーローだから、そこだけは合っているのか。それでも我が家の方針的には、たとえ相手が変身中であったとしても攻撃しちゃうけどなぁ。隙を見せた方が悪い訳だし。
「~~~♪」
またセルジュが口笛を吹いて――― あっ、さてはドロシーに適当な事を吹き込んだの、お前だな? おいセルジュ、一応の敵であるリオンに塩を送ってどうする。
「そっか。ところでシーちゃん、足元に注意」
「えっ?」
……うん、さっきの変身云々の話もそうだったけど、最早どうツッコミを入れたものかな。リオンの言葉に従い、ドロシーは馬鹿正直に自らの足元へと視線を移動させてしまった。
確かに、リオンから伸びる幾つもの影が、床を這うようにしてドロシーの下へ迫っている。電流を纏った影は途轍もなく速い。但し、これはリオンに指摘されるまでもなく、現状を把握していれば真っ先に予想のつく攻撃だったろう。ドロシーほどの猛者であれば、尚更そうだ。
「さ、流石はリオンさん、忠告がなければ危ないところでした……!」
などとおべっかを言いつつ、後方へと飛び退くドロシー。言うまでもないが、本来の彼女ならばこの程度、視線を向ける事なく躱せるだろう。仮に俺が相手であれば、鼻で笑いながら避けていたと思う。ただ、問題なのはこの後だ。忍び寄る影は床からだけでなく、ドロシーの死角である真上や後方からも迫っている訳だが、これはどうする?
「クッ!? ま、まさか私の死角からも、攻撃を放っていたなんて……!」
何という事だろうか。後方へ跳躍したドロシーは、そのまま影に捕まえられてしまった。複数の影達はギュルルっと高速で雁字搦めになり、ドロシーの拘束に成功し―――
「―――って、普通に捕まるのかよ!?」
「おー、今日のケルヴィン、ツッコミが尖ってんねー」
いや、だっていくら死角からの攻撃であったとしても、何の警戒もなく捕まるとは思わないじゃん!? 融合する前、それこそ対抗戦の時のドロシーだって、もっと何かこう、兎に角やりようがあった筈だぞ!?
「雷金串!」
俺が酷く動揺する一方で、リオンは相変わらず貪欲に勝利を追求していた。影に拘束されたドロシー目掛けて、魔剣カラドボルグより刺突型の斬撃を飛ばし、先ほど魔法で生み出した番犬に攻撃命令を下したのだ。相手が何を思ってどう行動しようと、本当にブレない獣王マインドである。
……あれ? 今日の“ちょっと待った”、ひょっとしてもう終わっちゃう? おい、本気か?