第330話 ノーマーク
言葉の殴り合いによる熾烈な前哨戦が終わってから、五分ほどが経過しただろうか。そろそろ“ちょっと待った”が始まりそうな、そんな雰囲気になりつつある。念の為の最終確認として、俺と交代しないかとリオンに提案してみたが、やはり結果は変わらず…… であった。流石にこれ以上粘っても意味がないので、本日の俺は大人しく、観戦席からの応援に専念させてもらおう。うう、羨ましい……
「うおおお! リオン、頑張るのじゃぞぉぉぉ!」
「うおおおおお! 我らが付いているぞぉぉぉ!」
「ケルヴィーン、何かあそこで変なおっさん達がヤバ目の声援送ってるけどー?」
「……それだけおじさん達も仮孫の事を大切に想っているんだよ、ラミちゃん」
嘘は言っていないし、一応安全な存在だとも伝えておく。え、アレは誰なのかって? うん、連日の興奮でなかなか眠れず今日も不眠であるらしい暗黒騎士と、今日の為に昨日から屋敷に宿泊してスタンバっていた悪魔の義父さん、とでも言っておこうか。取り合えずは騒がしいだけで、本当に害はない筈だと念押し。
しかし、思ったよりも集まったな。さっきドロシーが放ったプレッシャーを外で感じ取ったのか、それを機に次々と観戦者達がここへ足を運び始め、もう鍛錬場の見学席は殆ど埋まった状態だ。リオンとドロシーの友人達、元より屋敷に居た家族と招待客はもちろんの事、完全にノーマークだった者も姿を見せている。
「ん? 何だい何だい、このセルジュさんの顔をジッと見たりして? ひょっとして、私に惚れてしまったのかい?」
その筆頭が見学席の最前列に陣取っている、このセルジュだろう。しかし、今日も今日とて自己評価の高い奴だ。まあ、顔が良いのは確かなんだが。
「新郎を相手に何て事を言ってくれてんだよ、色々と冗談キツイって」
「私の侵入を容易に許してしまった、その浅はかさを恨むんだね。まあ、アンジェやセラにはバレていたと思うけど」
「相変わらずだなぁ…… つか、今日は来てくれたのか。昨日のトライセンの式には来てなかったよな?」
「うんまあ、シュトラちゃんの式にも、正直参加したかったんだけどね。先の激戦を共に駆け抜けた、深~い仲な訳だし。けど、我が心の友であるドロシアラちゃんに、この日の為の特訓に付き合ってくれって、熱烈アピールをされちゃってさ。それってもう、デートの一種みたいなもんじゃん? そんな風に言われたら、私としても断る訳にはいかなくってさ~」
「ドロシーに? ああ、そういやお前、ドロシーが完全体になってからの修行相手になっていたもんな」
「そ! さっきも言ったけど、最早私達は一心同体の仲なんだぜ!」
ペロリと舌を出し、更にはビシッとサムズアップをして見せるセルジュ。うん、本当に親友かどうかは分からないが、お互いに力を認め合っているのは確かなようだ。良きかな良きかな。 ……だが、あの時に相手役を俺から奪った恨みは忘れていないぞ、セルジュよ。いつか必ず、その身体でバトルという代償を払わせてやるからな……!
「ハァ、まーた変な事を考えているみたいだね、ケルヴィン? メルフィーナじゃないけど、私でも心が読めるレベルでバレバレだぜ?」
「うっ……!」
クッ、また心を読めれた!? いくら俺がピュアだからって、どいつもこいつもプライバシーを侵害しないで頂きたい……!
「まっ、そんながめつかなくたって、明日になれば身体で払うさ。うわ、言い方がちょっと危ういね、この台詞」
「お前、どこまで正確に俺の思考を――― って、待て待て。明日って事は、コレットとの式の時にって事か? ……明日の“ちょっと待った”の相手、謎の剣士Sだったよな? やっぱり、それってセルジュの事だったのか?」
「~~~♪」
あ、口笛吹いて誤魔化しやがった! ここまで情報を出しておいて、こいつ……!
「おい、コレットには謎の剣士Sじゃないと否定しておいて、お前―――」
「―――はいはい、残念だけど雑談はここまで。ほら、そろそろ始まるみたいだ」
何だかまた誤魔化された感があるが、鍛錬場の中心に居るリオン達の方を見ると、確かに戦いが始まる雰囲気になっていた。その証拠に先の戦い同様『巫女の秘術』を施す為、急遽デラミスから転移門で駆けつけてくれたコレットが、バトルフィールドから離れようとしている。つうか、一目散に俺の方に近づいて来ている。うーん、どうやら相当にお疲れな様子だ。
「フ、フフッ、今日もまた完璧に仕上げてみせましたとも……!」
「コレット、お疲れ。朝早くから無茶を言ってすまなかった。ほら、メル印の魔力回復薬で喉を潤してくれ」
「メ、メル様印の魔力回復薬、ですか……!? い、頂きましゅッ!」
渾身の秘術を詠唱し、昨日に引き続いて限界寸前のコレット。が、メルの回復薬を目にした途端、その目の色を変えてこれを奪取。これは私のものだと言わんばかりに、一気に飲み干すのであった。
「んぐんぐんぐんぐッ……! ぷぅはぁっ! へ、へへっ、やはりメル様の薬は効きますねぇ。心身の疲れが一気に吹き飛んで、気分はすっかり夢見心地ですよぉ……! ケ、ケルヴィン様、もう一本、もう一本キメたいですぅ……!」
「おい、言い方」
効果覿面なのは良いんだけどさ、危ない薬を使う風には言わないでほしいかな。回復しただけの筈なのに、瞳がトランス状態になっててちょいと怖い。
「いつの時代もそうなのかもしれないけど、コレットもやっぱりデラミスの巫女なんだよねぇ……」
可愛い女の子であれば誰であろうと吸い寄せられる、あのセルジュさんも若干引き気味だ。俺とセルジュに恐怖を感じさせるとは…… 流石だな、コレット。
「えへへ、それほどでも~」
「うん、コレットまで俺の心を勝手に読まないでくれないか? まあ、コレットやメルなら別に良いんだけどさ…… ともあれ、いよいよバトルスタートだな」
「ねね、今日の“ちょっと待った”はどんなルールでやるん? 対抗戦みたいな感じ?」
「あ、それはセルジュさんも聞きたいかな? 昨日のは殆ど昇格式と同じだったそうだけど」
ちゃっかりとコレットが俺の席の隣に座った後、ラミちゃんとセルジュからそんな質問をされる。
「ん? ああ、今日のもルール自体はそれらと同じだよ。コレットの秘術が発動したら負け、舞台はないけど、秘術の外に出たら場外扱いで負け。違いを挙げるとすれば、地下だから昨日ほど戦場が広くないってところかな。天井の高さに併せて結界を張ってもらったから、本当に見えている範囲でしか動けない。ま、それでも模擬戦をやる場所として建造されているから、広さは十分確保されていると思うけど」
「ふんふん、なるほどなるほど。順当かつ王道なルールだね。ドロシアラちゃんの力を考えると少~しばかり狭いかもだけど、ケルヴィンの言う通り、それも許容範囲だ」
「うんうん、私もそー思う。 ……けど、リーちゃんの横にアレックスが居るのは何でー?」
ラミちゃんが指摘した通り、リオンの横には床にちょこんと座るアレックスの姿があった。しかも、口に得物を銜えた状態で、である。これから自分も戦うのだと、そう言わんばかりの格好と言えるだろう。まあ、実際そうなんだけど。
「ルール決めをするに際して、他の神柱と融合しまくったドロシーと一人で戦うのは、いくら何でもリオンが不利だって意見が出てさ。その救済策として、アレックスがリオン側に付く事になった。要は2対1の戦いだな」
ちなみにその意見を出したのは、意外にもリオン本人だったりする。獣王の教えを受け、対人戦の鬼となったリオンであるが、最近はシュトラの影響も受けているのか、状況を見てそれくらいの交渉もするようになったんだよな。今回の場合は相手がドロシーだし、彼女がリオンのお願いを断れる筈もなく――― って、そんな流れだ。いやはや、実力的にはドロシーの方が格段に優れている筈なんだが、この戦いにおいては色々とリオン有利に進みそうだ。