第329話 垂涎もの
ドロシーより“ちょっと待った”を宣言された俺達は、早速屋敷の地下鍛錬場へと向かう事に。道すがら、メイドのエリィ達にもこれからドロシーと戦う事を伝え、現在屋敷に滞在している者達にも伝達するよう、指示を出す。早朝ではあるが、結婚のこれからを占う大事なイベントだ。直ぐに全員駆けつけてくれる事だろう。
―――ザッザッザッ!
ほら、早くも大勢の足音が聞こえてきた。さて、一番最初に来てくれたのは、一体誰で―――
「リーちゃん、おひさー! メイドちゃんに聞いたよー、これからバトるんだって? バイブス爆上げでいっけぇー! ここで負けるとか、ぜってぇなしっしょ!」
「うむ、拙者達が付いているでおじゃるよ! じゃが、ドロシー殿にも頑張ってほしい! これぞ青春で候!」
「リオンとドロシーの戦いか。正直、どちらが勝つかの予想は難しいな。両者とも実力の次元が、余らとは違い過ぎる」
「あっれぇ? 尊大なエドガー様ともあろう御方が、随分と弱気な発言をされるのですね~?」
「き、貴様、シャルル! エドガー様を侮辱する気かぁ!?」
「アクスよ、言わせておけ。しかし、シャルルよ? その口振りから察するに、貴様には勝負の行方が分かるとでも?」
「ククッ、そうともさ! 女の子達の最大の理解者たるこのシャルル・バッカニアには、未来が見えている! 状況が二転三転した結果、リオンとドロシーが何やかんやで僕に惚れてしまう、そんな光り輝く未来がね!」
「エドガー様、それ以上耳を貸したら駄目ッス。聞くだけ時間の無駄、それどころか耳が腐るッス」
―――制服姿の若人達が、何か一杯来た。お、おかしいな? ルミエストの生徒がうちに宿泊していたって話は、全く聞いていないんだが…… いや、それよりもだ、たった今、シャルル・バッカニアを明確な敵として認識した。直ぐにでも行動を起こしたいんだが、良いかな? 良いよね? 止める理由はない筈だ。
「ケルにい、ステイだよ」
「わん!」
ステイ、了解した!
「皆、もう到着したんだね! 移動時間が予定よりも遅れてて、到着は午後になるかもって、そんな念話を雷ちゃんから受けていたから、心配してたよ!」
ちなみに雷竜王とグラハムには、緊急連絡用の分身体クロトを渡している。今回はそれで連絡を取り合っていたようだ。
「然り、そうなる予定だったのでごわすが、ラミ殿の機転で事なきを得たんでござるよ」
「そ! 私がガチっちゃった!」
雷竜王もといラミの話を聞くに、道の途中でラミが竜の姿に変身、友人代表メンバーであるこの面子を背に乗せて、パーズに急行して来たんだそうだ。雷竜王の足の速さ、いや、この場合は飛ぶ速さか。兎も角、その速度は竜王内でも随一と聞く。この人数を乗せているとは言え、そんな彼女が本気を出してぶっ飛んで来れば、確かに大陸間の移動なんて一瞬だろう。言うなれば、さっきの竜車の完全な上位互換である。
「しかし本当であれば、もっとスムーズに事は進んでいた筈なのだ。学園とパーズを繋ぐ転移門を使えば、当日に出発しても十分に間に合ったのだからな」
「ああ、言われてみれば確かにそうだな。エドガーの権限があれば、学園の使用許可くらいは取れそうなもんだし、パーズの使用許可だって事前に連絡さえしてくれれば、こっちで手配する事もできたぞ?」
「いやあ、それがッスねぇ……」
エドガーの部下兼同級生であるペロナが、事のあらましを説明してくれた。何でもシャルルが、移動は時間を掛けてこそ! 旅は道連れ世は情け、馬車旅船旅は絶対に楽しい! ……と、そんな熱弁を展開して、皆を説得して回ったんだと言う。そこでとんでもない根性を出されてしまい、結局皆が折れて、その提案に乗る事になったんだが――― まあ、この辺りでお察しではあるが、計画は杜撰、更には寄り道が多過ぎと、到着が遅れる要因が大量にあったんだとか。
「道中、これは不味いと計画を急いで修正したんスけど、時既に遅しって感じで…… けどまあ、シャルルが行く先行く先で女性に振られてビンタされまくる光景は、見ていて最高の娯楽ではあったッスね。できる事なら、あの名場面の数々を記録に残したかったッス」
「「「それはそう」」」
「いやいやいや、皆、酷くないかい!?」
……何となくだけど、シャルルの扱われ方が分かってきた気がする。前に会った時は呪いに関する才覚を感じ取り、結構ワクワクもしたんだが、やはりそれ以外の面が残念極まっている様子だ。つか、アレでもどこかの国の王族って聞くし、普通にその国の行く末が心配になってしまう。
「じゃがまあ、そんな寄り道のお陰で土産も沢山買えたぜよ! リオン殿、ケルヴィン殿、落ち着いたら後でお渡しするでござるよ」
「えっ、お土産!? わーい!」
「おお、それは楽しみだな。この戦いが終わったら、ありがたく頂戴するよ」
「ねえねえ、クーちゃんはまだ来てないん? 私らよりも先に学園を出発してたから、もう到着してるっしょ? リーちゃんにもだけど、居残り組の学園の皆からきゃぱいくらいメッセ預かっててさー」
「ところでケルヴィンさん、ここのメイドさんって口説いても大丈夫かな? いやね、ここへ来る間も何やら熱い視線を感じてしまって、このまま黙っているのもある意味失礼じゃないかなと―――」
「―――あの、皆さん?」
シャルルの言葉を遮ったのは、ドロシーの無機質な声であった。しかし、そこに感情がない訳ではない。むしろ、あり過ぎる。怒気を含んだ凄まじいプレッシャーとでも言うんだろうか? 当然、鍛錬場内の喧噪は途端に静まり、皆の注目もドロシーの方へと向かっていく。
「今、その話って必要なのでしょうか? これから私とリオンさん、真剣勝負をする事になっているんですけど? その結果次第でリオンさんの式が御破算になってしまう、そんな重要な戦いに臨もうとしているんですけど?」
「そ、それは……」
「す、すまぬでござる……」
ド、ドロシーがお怒りモードだ。顔は鉄仮面そのもので全く微動だにしていないが、とってもピキピキいっていらっしゃる。うわぁ、俺が戦いたかったなぁ……!
「特にシャルル、この大切な日の神聖な場所で、一体何をしようとしているんです? ひょっとして、ナンパですか? 確かに、まだ式をやるかどうかの確定はしていません。が、曲がりなりにも新郎新婦の家であり、仮の結婚式会場でもあるこの場で、あろう事かナンパをしようとしていたんですか? 貴方はここへ何をしに来たのです? 自分が愚かだとは思わないのですか? 何で私とリオンさんが貴方に惚れないといけないのですか? そもそも、何で貴方は生きているのですか? ねえ、ねえ、答えてくださいよ?」
次々と飛び出す、シャルルへ対する罵詈雑言。自業自得とは言え、ここまで集中砲火されると、ちょっと可哀想ではある。 ……いや、呪いに塗れた言葉を豪速球で投げられた方が、今後のシャルルの為になるのか? こう、良い具合に呪いのエキスパートへの道が開かれたりしないだろうか? 彼ほどの一点集中型の才能の持ち主なら、それもまたアリな気がする。
「いやちょっと!? 未だかつてないくらいに僕への当たりが強くないかい!? あと、何で学園を卒業したドロシーが制服を!? 似合っていて良いね! まさか、僕の為のサービスだったり!?」
……すげぇな。あの状態のドロシーを相手に、真正面から立ち向かっていやがる。なんつうポジティブさなんだろうか。その代償と言うべきか、今にもドロシーが『時魔法』をぶっ放しそうになってるけど。
「シーちゃん」
と、そこへリオンが割って入って来た。シャルル、辛うじて命を繋ぐ。
「ごめん。僕もちょっと浮ついていたかも。でも安心してほしいな。戦いが始まったら、もうシーちゃんの事しか見ないから」
「……リオンさん、凄い自信ですね。ですが、本当に良いのですか? 今の私の力は、対抗戦の時とは全くの別物、勝機はないに等しいと思いますよ?」
「そんなの、やってみないと分からないよ。僕、こう見えても対人戦にはちょっと自信があるんだ」
「対人戦、ですか。果たしてそれは、対神戦にも通ずるのでしょうか?」
ああっ、リオンとドロシーの視線がッ! バチバチと火花を散らしているッッ! 良いなぁ、親友同士の本気のバトルとか、垂涎ものだなぁ……!
「なあ、ペロナ。ケルヴィンさんも何やら様子がおかしい気がするのだが……」
「気にしたら負けッス」